冷徹侯爵の契約妻ですが、ざまぁの準備はできています

鍛高譚

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2-7 契約条項の再確認

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2-7 契約条項の再確認

 客間へ入ると、秘書が書類鞄から複数の紙束を取り出し、テーブルの上に整然と並べた。
 そこには、すでにサインを交わした婚姻契約の要約、挙式当日の流れ、クロウフォード家へ移った後の生活規定――冷たく事務的な文面が並んでいる。

 ルシアーナが目を通している間に、ヴィクトルが低い声で口を開いた。

 「まず、挙式当日の予定だが――変更はない。昼前に礼拝堂へ集合し、簡素な式を執り行う。招待客は極めて少数。証人が数名立ち会うだけだ。その後、馬車で本邸へ移動し、夕刻には新居に落ち着く」

 淡々と読み上げられるその声には、人間らしい温度が一切なかった。
 ルシアーナは心の中で苦笑しながらも、穏やかに「承知しました」と答える。
 予定に異論はない。ただ――

 (母と妹は来られるのかしら……?)

 “ほぼなし”という言い方が引っかかったが、今はまだ確かめるタイミングではない。

 ひととおり読み上げ終えたところで、秘書が書類をまとめ直し、さらに厳しい文言を付け加える。

 「ルシアーナ・フィオレット様。挙式後は侯爵家の妻として公務に出る機会もございます。クロウフォード家の名誉を損なう言動は厳禁です。また、家の財政事情や内部事情を口外することも固く禁じられています。
 これらに違反した場合、契約は即時破棄となり――フィオレット家には全負債の一括返済を義務づけます」

 その言葉に、ルシアーナはわずかに息をのんだ。
 やはりこれは“白い結婚”。
 破れば家ごと沈む。逃げ場のない契約。

 それでも、彼女は気丈に顔を上げた。

 「重々承知しております。……ですが、ひとつお願いがあります」

 その瞬間、ヴィクトルの灰色の瞳がようやくわずかに動く。興味……とまではいかなくても、聞く姿勢にはなったようだ。

 「何だ?」

 「挙式当日、母と妹だけは参列させていただけませんか。派手な披露宴は不要ですし、招待客も最小で構いません。でも……家族だけは、娘の門出を見届ける権利があると思うのです」

 母フロランスと妹マリアナの参列――それは唯一、どうしても譲れない願いだった。
 拒まれれば諦めるしかないが、黙って飲み込むにはあまりにも重い。
 ルシアーナの声は静かだが、芯の強さが宿っていた。

 客間には沈黙が落ちる。
 秘書が手を止め、ヴィクトルの判断を待つ。
 やがて、彼は短く息を吐き、低く答えた。

 「……構わない。ただし人数は極力抑えろ。余計な者を呼んで騒ぎ立てられるのは困る。――結婚式は形式だけでいい。無駄に祝福を求めるな」

 冷たい声音。
 まるで「幻想を見るな」と釘を刺すような言葉だった。

 だが、家族の参列は許された。
 ルシアーナは胸をなで下ろし、「ありがとうございます」と丁寧に頭を下げる。

 ヴィクトルはその礼に返答することもなく、興味を失ったように視線をそらした。

 ――ただ、その一瞬の横顔に、微かな疲労の影が差したようにも見えた。
 ルシアーナは首をかしげるが、その理由を考える間もなく話は次へ進んでいくのだった。
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