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24話
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噂の新たな形と、絡み合う想い
結局、その日のうちにユリウスは帰り、貴婦人たちも茶会の終わりとともに帰路についた。
わたしは形式的に玄関先で皆を見送ったが、内心はぼんやりとしていた。――レオンとの溝が深まったのをはっきりと感じる。
夜になっても彼はわたしの前に姿を見せない。使用人が用意した夕食も、レオンは先に執務室で済ませたらしく、わたしのほうには挨拶すらない。
わたしは悶々としたまま、独りで部屋に戻った。ここ最近、少しずつ近づいたと思っていたのに、また一気に離れてしまったような感覚がある。
そんな夜更け。
わたしは偶然、通りかかった廊下の隅で、侍女たちがひそひそ話を交わしているのを耳にする。
「……でも、今日の公爵様は本当に恐ろしかったわ。ユリウス様という商人をまるで追い返すように……」
「そうね。奥様が呼んだわけでもないのに、あんなに怒るなんて。でも、これでまた“公爵様は奥様を大事にしていない”なんて噂が広がりそう……」
「むしろ、嫉妬しているようにも見えたわよ。奥様に近づく男性を許さないって感じで……。でも、そんなの奥様だって困るわよね」
わたしは足音を忍ばせてその場を通り過ぎる。
彼女たちは悪気があって話しているわけではない。だが、どちらにせよ噂はまた別の形で広がるかもしれない。**「公爵様が奥様を怒鳴りつけ、商人も追い返した」**などと。
わたしは天を仰ぎたくなる。――これでは、せっかくの茶会で誤解を解こうとした努力が、水の泡かもしれない。
大きくため息をつき、自室のドアを開けて中へ入る。
そこには、本来ならわたし専用の空間が広がっているはずなのに、どうにも落ち着かない。この胸の中に渦巻く寂しさは、どう処理すればいいのだろう。
レオンを責めたい気持ちがある一方で、心のどこかで「わたしだって悪かったのかもしれない」と思ってしまう。もし先にわたしがレオンに“ユリウスが来るかもしれない”と一言伝えておけば、あそこまで怒りはしなかったのだろうか。
――わからない。
ただ、今のわたしたちの関係は明らかに歪んでいる。互いに干渉しないはずなのに、いつしか心だけが干渉し合い、ぶつかり合っている。
その夜は眠りも浅く、どんな体勢で横になっても眠れず、ずっと月の光を見つめていた。
---
白い結婚の先にある迷い
翌日。
レオンは早朝から仕事に出かけたらしく、朝食の席にも姿を見せなかった。使用人に聞いても、帰宅の時間はわからないという。
まるでわたしと顔を合わせるのを避けているようにも感じられる。いや、彼は本当に忙しいのかもしれないが、それでも一抹の寂しさを拭えない。
わたしは庭のバラ園を散策しながら、ふと一輪のバラを手に取った。手のひらに伝わる棘の痛みが、心の痛みと重なる。
――どうしてこんなことになったんだろう。
わたしの希望通り、干渉しない白い結婚をするはずだった。自由に生きられると喜んでいたはずなのに、いつの間にかレオンの些細な気遣いや優しさに心を揺らされ、今では彼の言動に一喜一憂してしまう。
口では互いに「干渉しない」と言っても、実際は感情を抑えきれない。とくにレオンの態度は、嫉妬とも取れるし、単なる“家の体面”を守るための怒りとも取れる。
しかし、あのとき執務室で言いかけた言葉……「少しだけ……いや、何でもない」という曖昧なフレーズが、わたしの胸を締め付ける。あれは一体何だったのだろう。もしあの言葉の続きを聞けていれば、今ごろ状況は変わっていたのだろうか。
答えは見つからないまま、時間だけが過ぎていく。
わたしはバラの花をそっと胸元に抱き、目を閉じる。
いつか、この歪んだ関係がはっきりと“解消”される日は来るのだろうか。あるいは“本当の夫婦”になれないまま、形だけを保ち続けるのだろうか。
頭を振っても、考えがまとまらない。
ただ一つだけ言えるのは、白い結婚などという建前では、もうどうにもならない感情がわたしの中で渦巻いているということ。
――このままではいられない。
かといって、レオンの心がどこに向かっているのかも掴めない。
そのもどかしさこそが、わたしを深い迷いへと誘い、さらに大きな運命の波に呑み込まれていく引き金になる……そんな予感を抱きながら、わたしは曇り空を見上げるしかなかった。
結局、その日のうちにユリウスは帰り、貴婦人たちも茶会の終わりとともに帰路についた。
わたしは形式的に玄関先で皆を見送ったが、内心はぼんやりとしていた。――レオンとの溝が深まったのをはっきりと感じる。
夜になっても彼はわたしの前に姿を見せない。使用人が用意した夕食も、レオンは先に執務室で済ませたらしく、わたしのほうには挨拶すらない。
わたしは悶々としたまま、独りで部屋に戻った。ここ最近、少しずつ近づいたと思っていたのに、また一気に離れてしまったような感覚がある。
そんな夜更け。
わたしは偶然、通りかかった廊下の隅で、侍女たちがひそひそ話を交わしているのを耳にする。
「……でも、今日の公爵様は本当に恐ろしかったわ。ユリウス様という商人をまるで追い返すように……」
「そうね。奥様が呼んだわけでもないのに、あんなに怒るなんて。でも、これでまた“公爵様は奥様を大事にしていない”なんて噂が広がりそう……」
「むしろ、嫉妬しているようにも見えたわよ。奥様に近づく男性を許さないって感じで……。でも、そんなの奥様だって困るわよね」
わたしは足音を忍ばせてその場を通り過ぎる。
彼女たちは悪気があって話しているわけではない。だが、どちらにせよ噂はまた別の形で広がるかもしれない。**「公爵様が奥様を怒鳴りつけ、商人も追い返した」**などと。
わたしは天を仰ぎたくなる。――これでは、せっかくの茶会で誤解を解こうとした努力が、水の泡かもしれない。
大きくため息をつき、自室のドアを開けて中へ入る。
そこには、本来ならわたし専用の空間が広がっているはずなのに、どうにも落ち着かない。この胸の中に渦巻く寂しさは、どう処理すればいいのだろう。
レオンを責めたい気持ちがある一方で、心のどこかで「わたしだって悪かったのかもしれない」と思ってしまう。もし先にわたしがレオンに“ユリウスが来るかもしれない”と一言伝えておけば、あそこまで怒りはしなかったのだろうか。
――わからない。
ただ、今のわたしたちの関係は明らかに歪んでいる。互いに干渉しないはずなのに、いつしか心だけが干渉し合い、ぶつかり合っている。
その夜は眠りも浅く、どんな体勢で横になっても眠れず、ずっと月の光を見つめていた。
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白い結婚の先にある迷い
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レオンは早朝から仕事に出かけたらしく、朝食の席にも姿を見せなかった。使用人に聞いても、帰宅の時間はわからないという。
まるでわたしと顔を合わせるのを避けているようにも感じられる。いや、彼は本当に忙しいのかもしれないが、それでも一抹の寂しさを拭えない。
わたしは庭のバラ園を散策しながら、ふと一輪のバラを手に取った。手のひらに伝わる棘の痛みが、心の痛みと重なる。
――どうしてこんなことになったんだろう。
わたしの希望通り、干渉しない白い結婚をするはずだった。自由に生きられると喜んでいたはずなのに、いつの間にかレオンの些細な気遣いや優しさに心を揺らされ、今では彼の言動に一喜一憂してしまう。
口では互いに「干渉しない」と言っても、実際は感情を抑えきれない。とくにレオンの態度は、嫉妬とも取れるし、単なる“家の体面”を守るための怒りとも取れる。
しかし、あのとき執務室で言いかけた言葉……「少しだけ……いや、何でもない」という曖昧なフレーズが、わたしの胸を締め付ける。あれは一体何だったのだろう。もしあの言葉の続きを聞けていれば、今ごろ状況は変わっていたのだろうか。
答えは見つからないまま、時間だけが過ぎていく。
わたしはバラの花をそっと胸元に抱き、目を閉じる。
いつか、この歪んだ関係がはっきりと“解消”される日は来るのだろうか。あるいは“本当の夫婦”になれないまま、形だけを保ち続けるのだろうか。
頭を振っても、考えがまとまらない。
ただ一つだけ言えるのは、白い結婚などという建前では、もうどうにもならない感情がわたしの中で渦巻いているということ。
――このままではいられない。
かといって、レオンの心がどこに向かっているのかも掴めない。
そのもどかしさこそが、わたしを深い迷いへと誘い、さらに大きな運命の波に呑み込まれていく引き金になる……そんな予感を抱きながら、わたしは曇り空を見上げるしかなかった。
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