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30話
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カトリーヌ邸への潜入と、衝撃の発覚
使用人を最小限に絞り、顔を知られにくい従者だけを連れて、私は密かに王都の伯爵街区へ向かった。
目的地はもちろんカトリーヌ・ヴェルナール伯爵令嬢の屋敷。彼女の家は私の実家リシェール侯爵家よりも小規模だが、伯爵としてそれなりの権威を持ち、市街地の好立地に邸宅を構えている。
もしカトリーヌがユリウスに何らかの圧力をかけ、あるいは取引先を操って商売を潰したとするならば、その証拠や手がかりがこの屋敷に残っているかもしれない。
ただし、いきなり伯爵邸の門を叩いても、素直にカトリーヌが会ってくれるとは思えない。そこで私は馬車を少し離れた場所に止め、あえて徒歩で周囲を探ることにした。
人生初の“潜入捜査”のような気分だが、それを自覚する余裕もない。とにかく、ユリウスの居場所や行方不明の原因を突き止めるため、何か糸口が欲しかった。
伯爵邸の裏手に回り、塀の外から中の様子を伺う。厳重な警備とは言い難いが、カトリーヌの屋敷にも当然使用人がいて、裏門の近くに人影がちらほら見える。
——どうしたものか。
私は塀の影に身を潜め、どう動けばいいか頭を巡らせる。夜中ならともかく、昼間の堂々たる潛入は無謀に近いかもしれない。
そのとき、裏門が開き、使用人と思しき男が顔を出した。手には大きな袋を抱え、何やらゴミ捨て場へ運んでいるようだ。
チャンスかも……。
私は思いきって、その男の背後から声をかける。驚いて振り向いた彼は、まさか伯爵邸の裏手に公爵夫人が立っているなどとは夢にも思わなかっただろう。
「ごめんなさい、少しお話を伺いたくて。あなた、カトリーヌ様の屋敷の使用人さんよね?」
「は、はい……ど、どちら様……?」
「私はグランツ公爵家のエマールと申します」
自分で名乗りを上げた瞬間、男性使用人は目を丸くした。
当然だ。貴族の令嬢、それも公爵夫人がこんなところで声をかけるなど普通にあり得ない。
「し、失礼ですが……ここで何を?」
「少しカトリーヌ様のことでお聞きしたいことがあって。……私がここに来たことは内密にしてもらえますか?」
使用人の男は、ぎこちなく頷く。
私は怖がらせないように、穏やかな声で続ける。
「あなたなら、カトリーヌ様が最近どんな方とお会いしているのか、ご存じないかしら? とくに商人関係の人とか、何か怪しげな取引をしていない?」
「そ、それは……私たちは詳しいことは知りませんが……。最近、カトリーヌ様はしきりに“公爵家をどうにかしないといけない”などと仰っていて。何やら書類を持ち出したり、貴族の関係者や商会の人と会合を重ねているようですが」
やっぱり。
私の勘は当たった。カトリーヌが商会関係者と通じてユリウスを締め出した可能性が高い。
さらに、男は言葉を続ける。
「つい先日も、“公爵夫人が愛人を囲っている証拠を見つけてやる”と興奮なさっていました。具体的にどうするおつもりなのかは、私にはわかりませんが……」
「……やっぱりね。ありがとう。それだけ教えてくれれば十分」
私は礼を言い、そっと裏門を離れる。使用人の男は恐る恐るこちらを見やりながらも、誰かに気づかれるのを怖れて急いで屋敷の中へ戻っていった。
どうやらカトリーヌは本気で私を陥れるつもりのようだ。
ユリウスが失踪したという噂も、彼女が裏で糸を引き、行方をくらませるよう圧力をかけているのかもしれない。
このまま放っておけば、“公爵夫人=不倫”という汚名を着せられ、それどころかユリウスが何らかの危害に遭う可能性さえある。
私は何とか彼を探し出して保護しなくては。どうすればいい?
使える手はもう限られている。レオンに相談しても、先日のように「やめろ」と言われるかもしれない。あるいは私がユリウスを庇おうとするたび、余計に彼の逆鱗に触れるだけかもしれない。
——だけど、もう私一人で立ち向かうのは無理だ。実際、カトリーヌが画策している陰謀に対抗するには、それなりの“権力”が必要になる。
私は迷った末、馬車に戻りながら、たった一人の味方を頼る決断をした。
それは私の実家、リシェール侯爵家。
父か母に協力を仰ぎ、ユリウスを探す手立てを打てないか相談してみるしかない。たとえレオンが嫌がったとしても、私の実家を動かせば多少の影響力が使えるかもしれない。
今さら親を頼るのは気が進まないが、背に腹は代えられない。
早急に手を打たなくては——ユリウスの身に本当の危険が降りかかる前に。
使用人を最小限に絞り、顔を知られにくい従者だけを連れて、私は密かに王都の伯爵街区へ向かった。
目的地はもちろんカトリーヌ・ヴェルナール伯爵令嬢の屋敷。彼女の家は私の実家リシェール侯爵家よりも小規模だが、伯爵としてそれなりの権威を持ち、市街地の好立地に邸宅を構えている。
もしカトリーヌがユリウスに何らかの圧力をかけ、あるいは取引先を操って商売を潰したとするならば、その証拠や手がかりがこの屋敷に残っているかもしれない。
ただし、いきなり伯爵邸の門を叩いても、素直にカトリーヌが会ってくれるとは思えない。そこで私は馬車を少し離れた場所に止め、あえて徒歩で周囲を探ることにした。
人生初の“潜入捜査”のような気分だが、それを自覚する余裕もない。とにかく、ユリウスの居場所や行方不明の原因を突き止めるため、何か糸口が欲しかった。
伯爵邸の裏手に回り、塀の外から中の様子を伺う。厳重な警備とは言い難いが、カトリーヌの屋敷にも当然使用人がいて、裏門の近くに人影がちらほら見える。
——どうしたものか。
私は塀の影に身を潜め、どう動けばいいか頭を巡らせる。夜中ならともかく、昼間の堂々たる潛入は無謀に近いかもしれない。
そのとき、裏門が開き、使用人と思しき男が顔を出した。手には大きな袋を抱え、何やらゴミ捨て場へ運んでいるようだ。
チャンスかも……。
私は思いきって、その男の背後から声をかける。驚いて振り向いた彼は、まさか伯爵邸の裏手に公爵夫人が立っているなどとは夢にも思わなかっただろう。
「ごめんなさい、少しお話を伺いたくて。あなた、カトリーヌ様の屋敷の使用人さんよね?」
「は、はい……ど、どちら様……?」
「私はグランツ公爵家のエマールと申します」
自分で名乗りを上げた瞬間、男性使用人は目を丸くした。
当然だ。貴族の令嬢、それも公爵夫人がこんなところで声をかけるなど普通にあり得ない。
「し、失礼ですが……ここで何を?」
「少しカトリーヌ様のことでお聞きしたいことがあって。……私がここに来たことは内密にしてもらえますか?」
使用人の男は、ぎこちなく頷く。
私は怖がらせないように、穏やかな声で続ける。
「あなたなら、カトリーヌ様が最近どんな方とお会いしているのか、ご存じないかしら? とくに商人関係の人とか、何か怪しげな取引をしていない?」
「そ、それは……私たちは詳しいことは知りませんが……。最近、カトリーヌ様はしきりに“公爵家をどうにかしないといけない”などと仰っていて。何やら書類を持ち出したり、貴族の関係者や商会の人と会合を重ねているようですが」
やっぱり。
私の勘は当たった。カトリーヌが商会関係者と通じてユリウスを締め出した可能性が高い。
さらに、男は言葉を続ける。
「つい先日も、“公爵夫人が愛人を囲っている証拠を見つけてやる”と興奮なさっていました。具体的にどうするおつもりなのかは、私にはわかりませんが……」
「……やっぱりね。ありがとう。それだけ教えてくれれば十分」
私は礼を言い、そっと裏門を離れる。使用人の男は恐る恐るこちらを見やりながらも、誰かに気づかれるのを怖れて急いで屋敷の中へ戻っていった。
どうやらカトリーヌは本気で私を陥れるつもりのようだ。
ユリウスが失踪したという噂も、彼女が裏で糸を引き、行方をくらませるよう圧力をかけているのかもしれない。
このまま放っておけば、“公爵夫人=不倫”という汚名を着せられ、それどころかユリウスが何らかの危害に遭う可能性さえある。
私は何とか彼を探し出して保護しなくては。どうすればいい?
使える手はもう限られている。レオンに相談しても、先日のように「やめろ」と言われるかもしれない。あるいは私がユリウスを庇おうとするたび、余計に彼の逆鱗に触れるだけかもしれない。
——だけど、もう私一人で立ち向かうのは無理だ。実際、カトリーヌが画策している陰謀に対抗するには、それなりの“権力”が必要になる。
私は迷った末、馬車に戻りながら、たった一人の味方を頼る決断をした。
それは私の実家、リシェール侯爵家。
父か母に協力を仰ぎ、ユリウスを探す手立てを打てないか相談してみるしかない。たとえレオンが嫌がったとしても、私の実家を動かせば多少の影響力が使えるかもしれない。
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