婚約破棄された幼い公爵令嬢、目覚めたら絶世の美女でした

鍛高譚

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第2章:陰謀の序曲と公爵令嬢の決意

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 そして迎えた審議当日――。
 王宮の奥深くに設けられた小さな大広間。その中央には、王家の紋章をあしらった円形の机が据えられており、その周囲に王族や高官、そして裁定を行う評定官たちが控えている。その光景は、まるで公開裁判のようでもあるが、実際には「非公開の秘密審議」という扱いだ。ごく限られた人物しか傍聴を許されない。
 エルフィンベルク公爵家からは、ルドルフ公爵、マリア夫人、そしてシルフィーネ本人とラグナル法務顧問が出席している。グラント侯爵家からは、ライオネルが中心として現れ、祖父にあたるグラント侯爵本人、そして取り巻きの数名が同席している。さらにアメリアの姿もある。彼女はライオネルの腕を取るように隣に立ち、挑発的な笑みをシルフィーネに向けていた。
 王家の代表としては、国王の血縁であるロドリゲス公爵が出席し、その他数名の貴族も立ち会う形となっている。国王本人は公務多忙を理由に欠席し、弟であるロドリゲス公爵に一任したようだ。
 この審議で問題となるのは、主に二点だ。
 第一に「本件の婚約破棄の責任はどちら側にあるのか」。
 第二に「責任がある側は、どのような賠償や処分を負うべきか」。
 シルフィーネやエルフィンベルク家が求めるのは「ライオネルの一方的な破棄」であり、賠償責任はグラント侯爵家にあるという判断。逆に、ライオネル側が主張するのは「シルフィーネが婚約を拒んだ」という歪曲した事実認定と、それに伴う“エルフィンベルク家の賠償”だ。

 審議が始まり、まずはライオネルが持参した書面や証拠を提示する。一部は書簡の抜粋で、シルフィーネがいかに「子供らしさ」にコンプレックスを抱えていたかを示すような内容が引き合いに出される。あるいは、ライオネル宛てに「結婚に不安がある」と綴った手紙が読み上げられ、これを根拠に「シルフィーネが婚約を拒絶した」と解釈しているのだという。
 しかし、実際に読み上げられた文面は、シルフィーネが「自身の未熟さを反省し、ライオネルとの結婚に向け努力したい」という内容。普通に読めば「拒否」ではなく「頑張る意思」を表明しているとしか思えないのだが、ライオネル側は都合よく切り取って解釈を歪めている。

「シルフィーネ令嬢は、自身が子供っぽいことを理由に婚約を諦めたいという旨をにおわせる手紙をライオネル様に送っています。この事実からも、婚約破棄の責任は彼女にあると言わざるを得ません」

 ライオネルの代理人を名乗る弁士がそう言い放つと、隣のアメリアがあからさまに勝ち誇ったような顔をした。ロドリゲス公爵も神妙な表情で書簡に目を落とし、「ふむ……」とうなずく仕草を見せる。

(なんて……なんて滅茶苦茶な……!)

 シルフィーネは唇を噛みしめる。あの手紙は確かにライオネルに送ったものだが、本来の文意はまるで逆だ。そもそも、これはごくプライベートな手紙であり、公の場で全文が読み上げられるとは思っていなかった。
 ふと視線を上げれば、ライオネルがニヤニヤと嘲笑しているのが見える。明らかに「引っ掛かったな」という表情だ。
 しかし、シルフィーネは動揺を抑え、背筋を伸ばした。両親やラグナル顧問、さらには助力を申し出てくれた貴族令嬢たちの思いがあるのだから、ここで折れるわけにはいかない。

「失礼ですが、その手紙の抜粋では真意が伝わらないかもしれません。全文をここで読ませていただけませんか?」

 ラグナル顧問が冷静に提案する。すると、ライオネル側は「全文は非常に私的な内容なので……」と渋る素振りを見せる。
 ここですかさずシルフィーネが口を開く。

「私からもお願い致します。あの手紙を私が書いたのは事実です。けれど、私が書いた文面を部分的に切り取られてしまうのは本意ではありません。どうか、一字一句余さずお読みください」

 ライオネルはバツが悪そうに一瞬目を伏せるが、すぐに開き直ったように肩をすくめると、全文を読み上げることに同意した。
 それを聞き、ロドリゲス公爵が証拠として提示された手紙の現物を確認しながら読み上げる。実際には長い文章だが、その要旨はこうだ。

――「私はまだ幼く、貴方の求める理想の女性像からは程遠いかもしれません。ですが、どうか私に時間をください。もっと勉強をし、貴方のお役に立てる女性になりたいと思っています。もし、私が未熟でご迷惑をおかけするようであれば、何なりとお申し付けください。貴方の望みを知りたいのです」――

 要するに、これを素直に読めば「自分に至らないところがあることは自覚しているが、結婚へ向け努力したい」という内容だ。どこにも「結婚は嫌だ」などとは書かれていない。逆に「貴方の望みを教えてほしい」とライオネルに尋ねているのだから、積極的に歩み寄ろうとしていた証拠と言えるだろう。
 読み終えたロドリゲス公爵は、怪訝そうにライオネル側を見やった。

「……これは、確かに“貴方との結婚を拒否”という意思表示ではないように聞こえますが、いかがかね」

「い、いえ、これは……その……」

 ライオネルの代理人は口ごもる。ライオネル本人も「まあ、真意は受け取り方次第だろう」と強弁を試みるが、傍から見れば明らかに形勢が悪くなった。
 こうして、一つ目の“証拠”はシルフィーネに有利な方向へ転がる。それでも、彼らはまだ色々と画策しているはずだ。アメリアが不満そうな顔でシルフィーネを睨む姿が印象的だった。

 次に争点となるのは「王宮の大広間で、誰がどのように婚約破棄を宣言したか」。ここでも、ライオネル側は「シルフィーネが拒絶の意を示したから、やむなく表面化した」と主張する。しかし、それを聞いた途端、ラグナル顧問が用意していた証人――数名の貴族が証言を行うと申し出た。

「私もあの場におりましたが、ライオネル様の方から“子供っぽい女は嫌だ”とおっしゃったのは事実です。それを聞いて、シルフィーネ令嬢はむしろ穏やかに対応しており、婚約破棄を望んでいるようには見えませんでした」

「私も同感です。シルフィーネ令嬢は、初めて聞かされたような顔をしており、酷く驚いた様子でした。それでも感情を乱さずに受け止めておられました」

 こうした証言がいくつも重なり、ライオネル側の言い分は徐々に苦しくなる。ロドリゲス公爵も難しい顔をしながら、「これは少々、私が聞いていた話と食い違いがあるようだ」と呟いた。
 ライオネルとアメリアは目で合図を送り合い、何とか巻き返そうとしている様子だが、証言者たちがこの場に揃っている以上、下手な言い逃れは難しい。
 最後に、シルフィーネ本人が穏やかに口を開き、こう締めくくった。

「私は、ライオネル様を尊敬していました。ですから、手紙にも書いたように、私が未熟で至らないところがあれば努力したいとお伝えしていました。それにもかかわらず、ライオネル様は“子供は嫌だ”とおっしゃり、一方的に婚約破棄を宣言されました。……正直なところ、悲しかったです。しかし、私に結婚を拒む気持ちなど、一度もありませんでした」

 その言葉には偽りがない。少なくとも、過去のシルフィーネはライオネルに対し、結婚を楽しみにしていた部分すらある。彼の裏切り行為に心を痛めながらも、こうして公の場で真実を語る姿は、周囲に「公爵令嬢としての誇り」と「健気な少女らしさ」を印象付けた。

 こうして、審議はひとまずエルフィンベルク家に有利に運びつつあった。ロドリゲス公爵をはじめ、評定官たちも「ライオネル側の主張には不備が多すぎる」という認識を持ち始めている。
 もっとも、これですぐに決着がつくわけではない。ライオネルの背後には、まだ何かしらの切り札がある可能性があるし、ローゼリック家の不透明な資金の流れなど、解明されていない謎も残っている。
 しかし、とにもかくにも、この場はシルフィーネにとっての大きな一勝と言えよう。
 彼女が王宮の廊下を歩きながら、そのことに胸を撫で下ろそうとした時――アメリアが追いかけてきて、嫌な笑みを浮かべたまま耳打ちしてきた。

「やるじゃない、シルフィーネ。あんな子供のくせに、意外と歯向かってくるのね。でも、これで終わりだと思わないでちょうだい。私とライオネル様が本気になれば、あなたなんかすぐに奈落の底に落としてあげるんだから。覚悟しておきなさい」

 それは、小声ながらもはっきりとした脅迫だった。シルフィーネは思わず身を強張らせる。周囲には人影があるものの、アメリアはまるでそんなことを意に介さず、毒を吐くように言葉を続ける。

「大丈夫よ、すぐに分からせてあげる。あなたを潰すくらい、私たちには造作もないことなんだから」

 言い終えるや否や、アメリアは翻ってライオネルのもとへ戻っていく。シルフィーネは一瞬、恐怖と怒りが入り混じった感情に揺れそうになるが、ぐっと堪え、深呼吸をした。
 (負けられない……。こんな言葉に屈するわけにはいかない。私は私の道を守り、エルフィンベルク家の名誉を守るために戦うのだから)
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