婚約破棄された幼い公爵令嬢、目覚めたら絶世の美女でした

鍛高譚

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第4章:審判の光と闇の罠

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 王都の空は、うっすらと灰色の雲を漂わせていた。朝日が昇るとともに、何かが起こりそうな不穏な気配が漂っている。

 今日は、第二回審議の日。つまり、グラント侯爵家とエルフィンベルク公爵家の「婚約破棄」に関する問題が、再び王家のもとで裁かれる運命の日でもある。



 シルフィーネ・エルフィンベルクは、自室の大きな鏡の前で、ゆっくりと髪を整えていた。いつもよりも気品を強調した髪型にしつつ、顔周りは華美になりすぎない程度にまとめている。ドレスは淡い紺色――公爵家の紋章を思わせる深い色合いで、胸元と袖口には上質なレースが施されていた。



 彼女がこうして装いに気を遣うのは、単に「綺麗に見せたいから」というだけではない。今日の審議は、エルフィンベルク家の名誉を左右し、ひいては国の行く末にも影響を与える可能性を秘めている。少しでも“弱そう”とか“子供っぽい”という印象を払拭し、堂々とした姿を見せる必要があるのだ。



(準備はできた。あとは最後まで気を抜かずに臨むだけ)



 そう自分に言い聞かせるシルフィーネの胸には、ほんの少しの不安が混ざり合っている。アメリアの言葉が脳裏をよぎるからだ――「あなたにはそれ相応の覚悟をしてもらうわ」

 ライオネルやロドリゲス公爵が、どのような策を用意しているか分からない。しかし、自分はもう逃げないと決めた。大切な家族や使用人、そして公爵家を守るためにも、ここで敗北するわけにはいかない。



 支度を整え終わると、扉の向こうで控えていたフロランス夫人が声をかけてくる。かつての乳母であり、いまも娘同然にシルフィーネを大事に思ってくれている女性だ。



「お嬢様、いよいよですね。……大丈夫ですか?」



「ええ、ありがとう、フロランス。怖いけれど、やるしかないわ。父様と母様が待っているでしょうから、一緒に行きましょう」



 フロランス夫人は小さく微笑み、「あなたが無事に帰ってくることを祈っております」と静かに告げる。こうして、シルフィーネは護衛の女騎士たちを伴いながら、公爵家の玄関ホールへと降りていった。



 ルドルフ公爵とマリア夫人は、既に応接室で待っていた。公爵は渋い面持ちで腕を組み、夫人は落ち着かない様子で紅茶を啜っている。二人とも、娘が入ってくるとすぐに立ち上がり、その姿を見て安心したような表情を浮かべた。



「シルフィーネ、今日はどうか気を張って臨んでくれ。向こうはありとあらゆる手を使ってくるだろう。だが、私たちには“あの証拠”がある。しっかりと突きつければ、ライオネルとローゼリック家の裏取引を明るみに出せるはずだ」



「もちろんです、父様。私も心の準備はできています」



 父の励ましにシルフィーネは力強く応じる。隣にいるマリア夫人が、「あなたなら大丈夫。私は信じてるわ」とそっと娘の手を握った。

 今日の審議も非公開扱いではあるが、前回よりも多くの高官や貴族が“観察役”として出席しそうだという噂だ。ライオネルとロドリゲス公爵が用意した策略が何であれ、下手をすれば公爵家が窮地に立たされる。だが、ここで勝負を避けては意味がない。



「では、出発しましょう。王宮の書簡には、正午までに集まるよう書かれていたし、遅刻などして“印象”を悪くしては元も子もないわ」



 マリア夫人の声に、ルドルフ公爵やシルフィーネも同意のうなずきを返す。大きく息を吸って吐き、心を落ち着ける。

 こうして、護衛を伴ったエルフィンベルク公爵家の馬車は、王宮へ向けて静かに出立した。曇り空からうっすらと差し込む光が、今日という日をどんな未来へ導くのか――まだ誰にも分からない。
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