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5章
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しおりを挟むライオネルが去ってから数日後。シルフィーネの体調はさらに回復し、散策の距離も広がっていた。ある日、ルドルフ公爵とマリア夫人から真剣な面持ちで「話がある」と告げられ、書斎に呼ばれる。いつになく両親の表情が硬いため、彼女は少し緊張する。
書斎の大きな机には、大量の書簡や書類が並び、ラグナル・ヴァイセラー法務顧問の姿もあった。彼らはそれらの書類を脇に置き、シルフィーネが椅子に座るのを待ってから、そっと口を開く。
「シルフィーネ、まだ体調は万全ではないと思うが……少し重大な話がある。実は、ノルディア王国から“王太子との縁談”が正式に打診されているのだ」
ノルディア王国――ここから遠く離れた北の大国であり、以前からこの国とも同盟関係の調整が進められていたと聞く。シルフィーネは一瞬、「どうして私にそんな話が」と困惑を浮かべるが、ルドルフ公爵は続けて説明する。
「国王陛下が、今回の事件で功績をあげたエルフィンベルク家に注目していてな。お前が意識不明の間に、ノルディア王国とも貴族間の婚姻で同盟強化を図ろう、という話が持ち上がったそうだ。だが、お前が目覚めぬままでは進められず、宙ぶらりんになっていた案件が今になって正式に動き出した」
政略結婚――。大貴族であるエルフィンベルク家の令嬢なら、十分に想定し得る将来だ。だが、あまりに急な話に戸惑いを禁じ得ない。ライオネルとの婚約破棄騒動が完全に片付いたと思ったら、今度は異国の王太子との縁談だという。
「相手は、ノルディア王国の第一王太子エドワルド殿下。王家からの信頼も厚く、国民にも人気があると聞く。年齢は二十を少し越えたくらい。現国王の正統な後継者だそうだ」
ラグナル顧問が補足する。どうやらかなり格式の高い相手だ。シルフィーネにすれば、“子供扱い”されてきた過去を考えると、とても現実味がない話だが、国同士の思惑が絡むならそうそう拒否できない面もある。
「もちろん、最終的に決めるのはお前自身だ。政略結婚とはいえ、無理矢理にとは言われていない。ただ、ノルディア側は“できればエルフィンベルク令嬢と結婚を前提にした交流を深めたい”と強く要望していてな。お前が嫌なら断ることも可能だが……」
ルドルフ公爵が歯切れ悪く言葉を濁す。エルフィンベルク家は王国内でも重要な地位を占めており、今回の事件の後処理で株を上げた。しかし、同時に周辺諸国との外交を円滑に進めるための“駒”として、シルフィーネを期待する声が出ても不思議ではない。
「私が……ノルディア王国の王太子妃に……?」
シルフィーネは呆然と口にする。ライオネルとの因縁に終止符を打ったばかりで、今度は遠い国へ嫁ぐ可能性が出てくるとは想像もしなかった。
しかし、彼女の中にまったく抵抗がないわけではない。恋愛の感情抜きにしても、政略結婚がもたらす負担は大きいし、自分自身の未来の選択肢が狭まるようにも感じる。とはいえ、このままエルフィンベルク家に留まっても、いつかはどこかの貴族や王族と縁談が持ち上がる運命かもしれない。
「……実際、ノルディア王太子エドワルド殿下は評判が悪くないようだ。噂によれば、容姿もよく、温厚で聡明。すでに国内外からも“名君になるだろう”と期待をかけられている」
マリア夫人がやや明るい口調で言うが、シルフィーネは胸の内で複雑な思いに揺れている。ライオネルの一件で懲りているというのもあるが、“政略結婚”という言葉にはどうしても切なさを感じてしまう。
けれども、同時に今の自分には“子供扱いされる外見”がない。長い眠りから目覚めた姿は、いつか自分が憧れていた大人の女性そのもの。であれば、もう昔のように虐げられる立場ではないはずだ。お互いを尊重する関係であれば、政略結婚からでも幸せを築けるかもしれない――そんな淡い可能性も頭をよぎる。
「お父様、お母様……少し時間をいただけますか。私、正直なところ、まだ心の整理がついていないんです。体も完全には回復していませんし」
「もちろんだ。無理に急かすわけではない。王宮にも“結論まで少し時間が欲しい”と伝えておくから、焦る必要はないぞ」
ルドルフ公爵が柔らかな目で娘を見つめ、マリア夫人も「あなたの気持ちを一番に考えてほしいわ」と笑う。
こうして、シルフィーネは自らの意思で“未来”を考える時間を手に入れた。ライオネルとの呪縛を断ち切ったばかりで、再び“結婚”という選択肢を突きつけられる。どう受け止めるかは、これから次第だ。
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