白い結婚のはずが、騎士様の独占欲が強すぎます! すれ違いから始まる溺愛逆転劇

鍛高譚

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第9話 元婚約者ライナルト再登場/冷たい提案

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第9話 元婚約者ライナルト再登場/冷たい提案

午後の畑作業もひと段落し、子どもたちは汗だくのまま屋内に戻っていった。
リオナは最後に小さな雑草を抜きながら、夕日に照らされて黄金色に輝く土を見つめる。

(ここまで綺麗になるなんて……みんな、本当によく頑張りましたわ)

そのときだった。

孤児院の前に、馬車が止まる音が響く。

リオナは顔を上げる。
辺境の孤児院に馬車が来ることが珍しいため、胸には自然と警戒が走った。

馬車の扉が開き、長身の青年が降り立った。

栗色の柔らかな髪。
王都貴族らしい高価な衣服。
整った顔に浮かぶ、どこか冷たい笑み。

リオナの喉が小さく震えた。

「……ライナルト殿下」

王都で彼女の婚約を一方的に破棄し、
そのうえ、理由も説明せずに放り出すように“辺境の孤児院送り”を言い渡した張本人。

リオナの元婚約者である。

ライナルトは軽く顎を上げ、リオナを値踏みするような視線を向ける。

「久しいな、リオナ。想像以上に……田舎の空気が似合っているようだ」

その言葉に、カイルが眉をひそめて歩み寄ってきた。

「おい、誰だこいつは」

「騎士団長か。粗野な場所では、こういう男でも団長を名乗れるらしい」

「なんだと?」

鋭く睨みつけるカイルを手で制し、リオナは一歩前に出た。

「カイル団長、わたくしが対応いたしますわ」

そして、元婚約者へ向き直る。

「わたくしに何のご用でしょうか、殿下」

ライナルトはゆっくりと歩み寄り、しかし距離は一歩分だけ保った。

「単刀直入に言おう。リオナ、そなた……戻ってこないか?」

「…………戻る?」

思わず聞き返してしまった。

ライナルトはため息をつくように肩をすくめた。

「王宮で決まったことだ。そなたが王都を離れたあと、我が婚約者候補として推挙されていた二人が、いずれも不適格と判断されてな……。急ぎ、別の候補を立てる必要がある」

「……つまり、婚約者が必要だからと?」

「察しが良いな。そなたは育ちも容姿も申し分ない。少々勝気だが、悪くはない。再び婚約者に戻すことを、そなたに許可してやってもよい、という話だ」

許可してやる――。

まるで物を返却するような物言い。

カイルが剣の柄に手をかける。

「おい、てめえ。人を何だと思って……」

「カイル団長、落ち着いてくださいまし」

リオナは静かに言った。
しかし、その声は少し震えていた。

(わたくしを……一度捨てておきながら、都合が悪くなったら“戻れ”と?)

ライナルトは続ける。

「そなたが辺境で泥まみれになっているとは想像もしなかったが……まあ良い。戻れば、元どおりの生活に戻れる。考える余地は十分にあるだろう?」

リオナは目を閉じ、ゆっくりと深呼吸した。

怒りでも悲しみでもなく――冷たく静かな感情。

(なぜ今さら……わたくしが必要だというの?
そして……わたくしを送ったこの孤児院の惨状を、あなたは知らないのでしょう)

リオナは一歩踏み出し、毅然と顔を上げた。

「殿下、申し訳ございませんが……お断りいたします」

ライナルトの表情が固まる。

「……断る?」

「はい。わたくしは、もうあなたの元へ戻るつもりはございません。わたくしの居場所は――ここです。子どもたちと、孤児院と、助けてくださる皆さまと共に生きていくと決めました」

ライナルトはゆっくりと目を細め、嘲笑を浮かべた。

「こんな荒れ果てた施設で? そなたが?」

「ええ。殿下が見ていらっしゃるのは廃墟の表面だけ。ここには、“救う価値のある子どもたち”がいるのです」

「……愚かだな」

ライナルトは皮肉な笑みを浮かべ、軽く指を鳴らした。

従者が前に出て、箱を差し出す。

「これは何ですの?」

「そなたが戻るための“準備金”だ。足りないなら追加してもいい。そなたは昔から金の管理が得意だったな。利用すればいい」

――まるで、金で動く女だと言わんばかり。

カイルが怒気を露わにする。

「てめえ……リオナを侮辱してんのか!」

だがリオナは、従者が差し出した箱に手を触れず、静かな声で答えた。

「殿下。わたくしは金で振り戻されるほど、軽い女ではございません」

ライナルトの表情が、驚愕に揺れた。

リオナは深々と礼をし、それ以上近づくことはしなかった。

「――どうぞお帰りくださいませ。わたくしには、ここで守らなければならないものがあります」

沈黙。

風が吹き、土の匂いが漂う。

そしてライナルトは、吐き捨てるように言った。

「後悔するぞ、リオナ」

「いいえ。わたくしはもう、後悔しませんわ」

ライナルトは冷たい目を向け、馬車に戻った。
従者が扉を閉め、馬車は荒れた道を走り去っていく。

その背中を、リオナは一度も振り返らなかった。

カイルがゆっくりと歩み寄り、険しい声で言う。

「……あんな奴、相手にする必要ねえ。お前はここで十分やれてる」

リオナは微笑み、しかしその目には強い光を宿していた。

「ありがとうございます、団長。でも……あれでよかったのです」

「後悔は?」

「ありませんわ。わたくしは――もう捨てられた人間ではありません」

風が静かに吹き抜け、畑の土が夕陽に照らされて輝く。

そこにはもう、
弱く捨てられるだけの令嬢はいなかった。

あの日、孤児院を見た瞬間に芽生えた“守りたい”という気持ちが、
今のリオナを強くしていた。

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