『身分も知らずに婚約破棄した王子、外交問題になりました』

鍛高譚

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18話

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第5章-2:本人は現れず、執事が対応

翌朝。

館の一室にて、エルマーは早朝の光を受けながら、深く息を吐いていた。

昨日の仮契約から一晩。

心はざわついて眠れず、結局夜明けと同時に起き出してしまった。


彼は、備えられた執務用の小書斎に座っていた。

机には昨晩、バルドから渡された契約書の正式写しと、書きかけの謝罪文。

幾度も書き直したその紙の山が、彼の苦悩を如実に物語っていた。


「……文章ひとつ満足に書けない俺が、王子名乗ってたとか笑えるな」

独りごちたその声は、自嘲に満ちていた。


そこへ、ノックの音が響く。

「エルマー殿下、失礼いたします」

入ってきたのは、老執事バルド。


「姫からのご伝言をお伝えに参りました」

エルマーは顔を上げ、深く頷く。


「……来ていただけるのか?」


バルドはわずかに微笑みながら、首を横に振った。


「申し訳ありませんが、本日も姫はご多忙につき、直接のご面会は難しいとのことです」


「……そうか」

心のどこかで、うすうす予感していた。

それでも、“今日こそ”と信じていた自分がいた。


「ですが姫より、“誠意を見極める最終段階”に入ったとのお言葉もいただいております」


「……最終段階?」

バルドは手にしていた封筒を差し出した。


「こちらは、姫が昨夜記された手紙です。殿下に直接お読みいただきたいとのことでした」


エルマーは受け取り、ゆっくりと封を切る。

中には、丁寧な筆致で書かれた数行の文。


『謝罪とは、言葉の美しさではなく、行動と覚悟の深さに宿ると、私は信じています。
あなたがこの邸を手にし、そこに住むと決めたとき——
私は初めて、あなたを“向き合うに値する相手”と認めましょう。』


読み終えた瞬間、手が微かに震えていた。

クレハの文面は、どこまでも冷静で理知的だった。

だが、その裏には確かな怒りと、期待が見え隠れしていた。


「……俺が“この館に住む”覚悟を見せるってことか」


「はい。姫は“ただ買い取る”のではなく、“責任をもってそこに住まうこと”を条件として望まれております」


「……冗談だろ……」

エルマーは天井を仰いだ。


だが、すぐに自分の言葉に苦笑する。

「違うな。これこそが、姫の“本気”だ」


ユリウスが背後から声をかける。

「殿下。今までの殿下であれば、この条件に怒ったか、逃げたか、どちらかだったでしょう」


「……そうだな」

「ですが、今の殿下は違う」


エルマーは苦笑しながら立ち上がり、窓の外を見やる。

そこには、昨日自分のものになったとは思えないほどの壮麗な庭園が広がっていた。


「住む、か……」


この館を“買う”ということは、確かに財力で解決できる。

だが“住まう”となると、それは“居場所を得る”ことと同義だ。

そしてこの場所は、かつて自分が侮辱した相手が築き、誇りとしてきた邸宅。


それを継ぐということは、自らの過去すら受け入れ、そこに立つという覚悟だ。


「よし、わかった。
……ここに住もう」


エルマーは静かに言った。


「今日から、この屋敷は俺の城だ。そしてその事実に、責任を持つ」


バルドは深く一礼した。

「姫にそのままお伝えいたします。
明日の昼、姫は殿下に“初めての面会”の機会を設けると申しておられます」


「……ようやく、直接……会えるんだな」


その時、エルマーの目には迷いはなかった。

かつての彼であれば、身分をかさに着て誰かに責任を押しつけていた。

だが今の彼は、己の行動を省み、正面から向き合う覚悟を固めていた。


王子という称号ではなく、一人の人間として。

ようやく、謝罪の“本番”が近づいていた。
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