『身分も知らずに婚約破棄した王子、外交問題になりました』

鍛高譚

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24話

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第6章-4:風の噂と、ひとり残された男

都の外れ、旧貴族街の片隅にひっそりと佇む館がある。

一時は、ラファール王国の王女――クレハ・アルフェリア・ラファールの“仮の住まい”として、政界・社交界でも注目の的だったその邸宅は、今や静寂に包まれていた。

庭に咲き乱れていた花々も、手入れされぬまま少しずつ枯れ、噴水も水を湛えることなく苔むしている。

そして、その屋敷に、ただ一人住まう男がいた。


エルマー・フォン・アインヘリヤル。

かつてはアインヘリヤル王国の第二王子。

今は、王族の名を剥奪され、ただの“元王子”として、静かに暮らしていた。


「……今日は、風が強いな」

彼は広間の窓辺に腰掛け、庭の木々が揺れる音に耳を傾けていた。

毎日が同じだった。

朝は簡素な食事。
昼は館内の掃除と、庭の散策。
夜は読書。

誰も来ず、誰も訪ねてこない。

だが、それで良かった。

ここは、自分の“罪”を風化させないための場所。

愚かだった過去を繰り返さぬよう、自分で選んだ隠遁の日々。


「……もうすぐ春、か」

冬枯れの庭に、わずかな緑が芽吹き始めているのが見えた。

その時だった。

扉をノックする音が響いた。

珍しいことだった。

この邸に客など、もう何ヶ月もなかった。


「失礼します、殿下……いえ、エルマー様」

顔を覗かせたのは、王宮でかつて書記官を務めていた男だった。

彼は、やや気まずそうに扉を閉め、懐から一通の便箋を取り出す。

「最近の報せでして。……これは“ただの噂”ですが」


エルマーは、黙って便箋を受け取る。


“ラファール王国、王女クレハ・アルフェリア、正式にアステラ公国の第一王子との婚約を発表”


それは、簡潔な文面だった。

でも、それで充分だった。


「……そうか」

彼は静かに便箋を折り畳み、机の上に置いた。

顔には、怒りも、焦りもなかった。

ただ、少しだけ目を閉じた。


「お悔やみを……とは申しませんが、何かお言葉でも……?」

書記官が尋ねる。


「いや……」

エルマーは首を横に振った。

「もう、彼女は俺にとって遠い人だ。
……王女として、責任を全うしただけの人間。
そして俺は、彼女に見切られて当然の男だった」


かつての彼ならば、噂に動揺し、何か行動を起こそうとしたかもしれない。

だが今の彼には、それをする権利も理由もなかった。


「俺は……ただ、失敗を学ぶだけの存在だ」

エルマーはゆっくりと立ち上がり、書棚から一冊の本を取った。

読みかけのままになっていた、政治学の古書。

その表紙には、彼が学生時代、クレハと討論を交わした記憶が刻まれている。


「教えてくれたんだ、彼女は。
言葉じゃない。態度で、姿勢で」


春の風が、再び窓から吹き込む。

エルマーはその風を、まるで過去の自分を清めるように、黙って受け入れた。


書記官が、そっと会釈して退出する。

そして館には、再び静寂が戻った。


彼は本を開き、ページをめくる。

過去を悔い、未来を築くには遅すぎるかもしれない。

けれどせめて、“愚かだった自分”を忘れないために。


「……反省だけなら猿でもできる。
そうだったな、クレハ」

呟く声は、誰にも届かない。

けれどそれは、彼にとって確かな節目だった。

誰の王子でもない、ただのエルマーとして。

彼は今日も、ひとり、静かに生きていた。


承知しました。以下に、この物語にふさわしいエピローグをご用意しました。


エピローグ:春の向こうに

アインヘリヤル王国の都にも、やがて春が訪れた。

街路樹のつぼみは一斉に花を咲かせ、市場には陽気な笑い声が戻る。けれど、どれほど季節がめぐろうと、王宮の一角にある古びた記録室の棚の奥には、ひっそりと一冊の報告書が眠っていた。

『アインヘリヤル王国とラファール王国、友好外交報告』

そこには、かつて学園での留学を通じて観察された、第二王子・エルマーの資質と態度が記録されていた。

「王子としての資質は未熟。だが、人としての変化は認められる余地あり」

その一文には、ほんのわずかにインクのにじみがあった。誰の手によるものかは、もはや誰も知らない。

時は流れ、ラファール王国とアインヘリヤル王国は、一時の断絶を経て、再び緩やかな交渉を始めていた。

けれど、王女クレハが再びこの地を訪れることはない。

彼女は今や、アステラ公国の第一王子妃として、各国の王室とも渡り合う存在になっていた。彼女の名は外交の場で語られ、政務と慈善に力を注ぐ気高き王妃として人々に讃えられている。

そして、都の片隅――

古い屋敷の小さな書斎で、男が一人、今日も本を読みながらペンを走らせる。

それは、かつて王子と呼ばれた男が、誰に命じられるでもなく綴っている記録。

自らの失敗、傲慢さ、後悔、そして学び。

誰に読まれることもなく、それでも書き続ける。

まるで、自分の存在をひとつずつ清算するかのように。

「彼女に届く言葉ではない。けれど――」

彼は小さく笑った。

「自分には必要だったんだ。ようやく、ほんの少しだけ“まっとうな人間”になれた気がする」

外では春風が吹いている。

窓辺には新しいつぼみが芽吹いていた。

そして静かに幕が下りる。

これは、とある国の、名を失った王子の物語。

そして、もう二度と交わらない、二つの人生の物語。
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