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2章隣国の公爵に拾われる
2-6静かな夜と、熱い想い
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そんなある夜、スカーレットは再び図書室で読書をしていた。ろうそくの灯と魔導ランプの青白い光が書棚を照らし、窓の外には静寂の森が広がる。もう既に寝る時間ではあるが、彼女は眠れぬ夜を紛らわせようと本に没頭していた。
と、そのとき、重厚なドアがノックもなく開く。入ってきたのはゼインだった。珍しく少し肩を上下させ、息が乱れているように見える。まるで、何か急ぎの用事を終えてきた直後のようだ。
「こんな遅い時間まで起きているのか? 明かりがついていたから寄ってみたが……」
「あ……公爵様。申し訳ありません、いつの間にかこんな時間になっていて。お邪魔でしたらすぐに――」
「いや、邪魔ではない。俺も少しばかり頭を冷やしたくてな。……仕事が終わらないのさ」
ゼインは大きく息を吐く。彼の銀髪はいつもよりやや乱れており、その鋭い瞳には疲労が見え隠れしていた。それでも堂々たる雰囲気は変わらないのだから、やはりただ者ではない。
「公爵様ほどの実力者でも、仕事が山積みなんですね……。私でお手伝いできることがあれば、仰ってください」
「はは……ありがたいが、これは軍事関連の書類だからお前には見せられない。まあ、気持ちだけ受け取っておくさ」
ゼインはソファに腰を下ろし、こちらを見上げるようにスカーレットに視線を投げる。彼の瞳は、夜の闇を湛えながらも、微妙に揺らぐ何かを秘めているようだった。
「……なあ、スカーレット。お前はどうしてそこまで平静でいられる? 婚約を破棄され、追放同然になって……普通なら、もっと荒んでもおかしくないはずだ」
「平静……そう見えますか?」
スカーレットは自嘲気味に笑う。内心では、何度も涙を流してきた。孤独と絶望に押しつぶされそうになった夜だってある。それでも、この館では涙を見せまいと心に決めているのだ。ここで醜態を晒してしまえば、ゼインの厚意に甘えている自分が情けなく思えてしまうから。
「……実際は、私だって辛いですよ。両親のことが心配で、でも王都に戻れなくて。あの平民の女性――アメリアに何をされたのかもわからない。無実を証明する手段もない。……でも、嘆いているだけじゃ何も変わらないじゃないですか」
「それは……まあ、そうだな」
ゼインの目が小さく揺れる。スカーレットは言葉を続ける。
「私が今ここで泣き叫んでも、アルバート様やアメリアが改心して罪を白状してくれるわけじゃない。だったら、今は私にできること――せめて自分を保つことに集中しているほうがいい、そう思うんです。いつか正義が明らかになる日が来ると信じて……」
「……強いな、お前は」
その言葉に、スカーレットは首を振る。
「違います。私は強くなんてありません。でも、ゼイン様をはじめ、ここにいる皆さんが普通に接してくださるからこそ、なんとか自分を見失わずにいられる。誰一人として、私を“悪役”なんて呼ばないし、蔑んだりしないから……」
声が少し震えた。心の奥底に溜まっていた感謝と悲しみが、夜という静寂の中で溶け出しそうになる。すると、ゼインはそっと立ち上がり、スカーレットのそばに近づいた。
「スカーレット。もし辛いときは、泣いてもいい。誰かに頼るのは恥ではない。お前が泣いたところで、俺たちはお前を弱いとは思わん。……俺だって、何もかも一人で背負ってきたわけじゃないさ」
その言葉に、スカーレットはハッとする。凛々しく完璧な印象のゼインが“自分も一人ではなかった”という真実。それに気づいた瞬間、心の奥に残っていたわだかまりが溶けていくようだった。
「……ありがとうございます。――本当に、ありがとうございます」
静かな図書室に、スカーレットの小さな声が溶ける。夜の帳に包まれながら、二人はしばし言葉もなく立ち尽くした。穏やかで、けれどどこか熱を帯びた空気が、ゆらりと漂っている。
(この人がいてくれて良かった。今、私がここにいることは偶然だけど、きっと“運命”だと感じる。もしこのまま私が彼の好意に甘えることを許されるのなら――)
そう思わずにはいられないほど、ゼインの存在はスカーレットにとって大きくなりつつあった。しかしそれは同時に、かつて婚約者であったアルバートの影を薄れさせるようでもあり、自分でも気づかないうちに心の一部が“新たな道”を模索し始めているのかもしれない。
まだ、はっきりとした答えは出せない。けれど、こうして強くて優しい公爵に支えられながら、スカーレットは少しずつ、前を向く勇気を取り戻していくのだった。
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