婚約継続中なのに逃亡?元悪役令嬢、勘違いで癒しカフェ開店中

しずく葉

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⒑ 春の香りと、静かな出会い

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 穏光の森に、春のやわらかな光が差し込む朝。
 クラリッサは、森の奥へと続く小道を、ゆっくり歩いていた。籠を片手に、ハーブの様子を見に来たのだ。

 春とはいえ、森の実りはまだほんの序章。けれど、小さな芽や白い花を見つけるたびに、心がほころぶ。

 そんな時だった。
 ひときわ茂みの深い木陰から、がさりと葉の音がした。

「……誰か、いらっしゃいますの?」

 クラリッサが声をかけると、驚いたように小さな影が飛び出した。
 くしゃっとした髪、すこし大きめのシャツを着た、まだ幼さの残る少年だった。

「あっ、ごめんなさいっ!」

 少年は目を見開いたまま、後ずさるようにして口を開いた。

「ぼ、僕……学校の帰りで……」

 その言葉に、クラリッサは小さく首を傾げる。
 時間的にも、少年の様子からしても、帰り道というには少し違和感がある。

 だが、クラリッサはそれを咎めず、やわらかな笑みを浮かべた。

「そうでしたの。では、少しだけご一緒にハーブを摘んでいきませんか?」

「え……いいの?」

 少年の目がふわりとゆるんだ。

「もちろんですわ。」

「うん……! じゃあ、僕も手伝うよ!」

 クラリッサは籠を差し出し、少年と並んで静かにハーブを摘み始めた。
 その様子を見ていたのか、どこからともなくルアが姿を現し、トノの足元にちょこんと座り込んだ。

 少年は驚きつつも、そっと手を伸ばす。
 ルアは逃げることもなく、そのまま目を細めてじっとしていた。

「……この子、名前あるの?」

「ルアと申しますの。気ままですが……人のぬくもりが好きなんですの。」

「そっか……僕のこと、気に入ってくれたのかな」

 クラリッサはにこりと微笑んだ。



 カフェに戻ったクラリッサは、摘んできたハーブを丁寧に洗い、水気を切って小鍋にそっと入れた。

 牛乳と蜂蜜、そしてほんの少しのカモミールとミント――。ゆっくり温めながら、やさしい香りが店内に広がっていく。

 続けて、森の木の実をたっぷりと練り込んだスコーンをオーブンに入れ、焼き上がりを待つあいだ、トノはカフェの一角に座ってルアと遊んでいた。
 
「お待たせしましたわ」

 クラリッサは、小さなランチプレートに焼きたてのスコーンと、蜂蜜のホットミルクを乗せて運んできた。
 カップからは、ほんのりと湯気が立ちのぼり、甘くてやさしい香りが漂っている。

「こちらは、カモミールとミントを加えた蜂蜜ミルクですの。心をすうっと落ち着かせて、あたためてくれますのよ」

「……ありがとう」

 少年は両手でカップを包み込むように持ち、そっと口をつけた。
 目を細め、ふわりと安堵の吐息をこぼす。

「なんか……ぽかぽかする……」

「ええ、そういう時にぴったりですわ」

 スコーンを一口かじると、くるみとベリーの香ばしい甘さが口いっぱいに広がった。



* * *



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