異世界ニートを生贄に。

ハマハマ

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2「始まりのあと」

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 父のメモを読み終えて、タロウが一言呟いてからの沈黙が続いております。

 それはそうでしょう。
 家でゴロゴロしてたら急に異世界に連れて来られて生贄にします、って言われたら誰でもそうですよね。

 うーん、参りました。

 チラリとタロウの表情を覗きます。
呆然としていた顔が、何か意を決した表情になったかと思った刹那、ダッといきなり扉にダッシュするタロウ。

 あ、逃げる。

 とりあえず逃してはまずいでしょう。
 あっという間にタロウの前に回り込む。ダンピールは伊達ではないです。

「とにかく! お茶のおかわり! どうですかタロウさん!」

 あうあう言いながらもコクコクと頷くタロウ。
 すみません、びっくりしますよね。

 温かいお茶を入れ直して飲みます。
 落ち着きますね。
 タロウもソワソワしてはいるが走って逃げ出すそぶりはない様です。
 逃げられないの悟ったでしょうからね。
 可愛そうに。

 しかし父のメモ、タロウの拉致にもびっくりですが、ファネル様の寿命がやばいというのも驚きです。
 五英雄の結界のおかげで1/4になった今も、昔と変わらずに機能しているこの世界。結界がなくなれば昏き世界の塵となるのが容易に想像できます。

「なぁヴァンさん」
「はい」
「俺は、生贄にされて死ぬのか?」
 青白い顔に悲壮感が漂う。

 そうですよね。
 そう思いますよね、あのメモじゃ。
 ここはちゃんと説明しなければ。

「いえ、そんな事はありませ、
「でも生贄なんだろ?」

 若干食い気味です。

「正直に言えば生贄と言えなくもないです。が、死ぬ、殺す、という事はあり得ません」

 疑いの目をこちらに向けられます。
 それはそうですよね。何の説明もなしで拉致して生贄、ですもんね。
 与えられた少ない情報と、この世界の現実を元に話を組み立てます。

「どちらかと言えば逆です。生命および生活の保証は間違いないです。この世界の総力を挙げての保証と言っても過言ではありません」

「……ほぅ? それもっと詳しく」

 上手に興味を引いた様ですね。
 これは結構チョロいかもしれません。

「先ほど説明した七十年前の昏き世界から来た神との戦いに参加された五人の英雄たちですが、それぞれがこの世界を守る為の結界の礎として、それぞれ自らの結界を維持できる範囲内で暮らしておられます」

「ふむ」

「暮らしぶりは皆様それぞれ異なりますが、皆様の衣食住についてはこの世界の、理性ある生きとし生けるもの全てで賄っています。ここまでよろしいですか?」
「よろしいです」

 タロウが落ち着きを取り戻したのが手に取るように分かります。というより目が輝いていますね。

「ここからがメモにあった『生贄』と書かれた部分ですが」
「お、おぅよ。どんとこい」

 一気に怯えが見て取れます。素直な男です。

「人族の勇者ファネル様の後任になる、という事は恐らくタロウさんが結界の礎となる、という事。それは即ち、次の後任が現れるか又は悪くすれば一生、結界を維持できる範囲から出られないという事です」

 流れる沈黙。

 ですよね。
 まだせいぜい二十歳そこそこで家から出られない生活を強いられるのは厳しいと思います。
 でも黙って連れて行くのは気が引けますし……

「ちょっと質問」
「どうぞ」
「その、結界を維持できる範囲、ってどれくらいっすか?」
「魔力量にもよると思いますが、父が選んだタロウさんなので、ファネル様と同程度の魔力量があると考えれば、ファネル様のお屋敷の端から端までは大丈夫かと」
「お屋敷ってどのくらいの大きさ?」
「そうですね、確か、この教会が……五つは入るくらいだったでしょうか」

 教会内をぐるり見渡すタロウ。
 大きすぎず小さすぎずのこの教会。
 それでも大人二十人ほどなら余裕を持って大の字で寝られる広さ。

「……広すぎー!」

 そこそこ大声で叫び立ち上がるタロウ。びっくりしました。

「結界を維持できる範囲、広すぎー!」

 両手を高く突き上げて叫びます。

「全然余裕じゃないっすか! 良いやん良いやん! 生贄どんとこい!」

 え、喜んでるんですか?

「あのー、タロウさん?」
「なんすかヴァンさん」
「喜んでる様に見えるんですが……」
「喜んでるんだから喜んでる様に見えるでしょう」

 さも当然、という様に頷くタロウ。

「家から出られませんよ?」
「日本でも必要が無ければ家から出ませんでした」
「散歩とか、魚釣りとか、できませんよ?」
「元々しないし平気っす」
「誰かに会いたくなっても会いに行けませんよ?」
「この世界に知り合いはいないっす。日本にもほとんどいなかったけど」

 なんだかよく分からないが鉄のように硬い意思が感じられますね。

「元の世界に戻りたいとか、思いません?」
「日本に戻っても六畳の1Kで引きこもってたんで広くなって良いっす」

 ロクジョーのワンケーの意味は分かりませんが、これはもう説得成功で良さそうです。
 説得というか説明しただけですが。

「では簡単なものしかできませんが食事の用意を致します。今後の事は食事しながら相談しましょう。タロウさんは準備できるまでどうしてますか?」
「え? あ? 手伝いましょうか?」
「手伝って頂くほど手の込んだ料理はできませんよ。男の一人暮らしですからね」

 うーん、と考え込むタロウ。

「邪魔でなければ色々質問しても良いっすか?」
「もちろん結構ですよ」

 二人揃って教会を出、戸締りをして教会のすぐ隣の自宅に向かいます。

「へー。古いけどこじんまりした良い家っすね」

 褒めているのか貶しているのか分かりにくい感想ですね。

「元々は母が一人で住んでいた家なんで相当古いですよ。もう百年は経つんじゃないでしょうか」
「なるほどお母さんが。あの赤目のブラムさんの奥さんっすね。で、今はどちらに?」
「亡くなりました。もう三十年ほど前になります」

 悪いこと言ってしまった感のタロウ。生き物は死ぬものなんだから気にする必要ないんですが。

「あれ、三十年前って……、アンタいくつ?」

 びっくりしてアンタになってますよ。

「言いませんでしたか? 八十歳ちょっとです」
「ヴァンさんおじーちゃんじゃん!」

 本日二回目のおじーちゃんじゃん頂きました。良いですけどね、別に。

「まじすかー。十七、八かと思ってたっす」

 台所に立って料理を始めます。

「ところでタロウさんはいくつなんです?」
「俺すか? 二十五っす」
「無職だと言っておられましたね」
「働いた事さえないっす」

 いっそ清々しさすら湛えてそんな事を言うタロウ。
 良いんですかそれで。

「学校出て働こうと思ったんすけど、ちょうど親が二人とも事故で揃って死んじまって、遺産とか賠償金が転がり込んできたんすよ。そしたら働く気なくなっちゃって」

 薫製肉を刻みながら相槌を打ちます。

「正直なところ、気持ちは分からなくもないですね」
「でしょ!」

 鍋に水をはり火を点けました。

「ちょっ! まっ! ヴァンさんヴァンさん! 今どうやったん!?」

 またタロウの語尾が変化しましたね。
どうも興奮するとおかしな言葉遣いになるようです。

「普通に火をつけましたけど?」
「いやいやいや、普通はこう、カチカチカチってやって点けるやん!?」

 ちょっとまた何言ってるか分からない。

「俺のいた世界で火を点けるのはライターとかマッチとか、料理する時はコンロとか使うんすよ」
「あぁ、マッチならこちらにもありますよ。燐を使った道具ですよね」

 マッチなら知っています。高価なんで使った事はないですけれど。
 でも、はっきり言って必要ないですし。

「でもそんな高価なもの使わなくても、ホラ、こうすれば簡単ですよ」

 人差し指を上に向けて、その先に小さい火を灯して見せます。

「ね?」
「ね? じゃねぇー!」

 またそこそこ大きな声でタロウが叫びます。びっくりしました。

「それどうやってんの!?」
「いや、どうもこうも魔力を使って火を起こしたとしか説明のしようが……」
「それって魔法!?」

 タロウの興奮が止まないです。
 今夜は本当に賑やかな夜ですね。

「そうですね、魔法ですね」
「魔法キター!」

 魔法でそんなに興奮します?

「タロウさん?」
「呼び捨てで良いっす!  ヴァンさんめっちゃ歳上だし魔法使えるし!」
「そうですか。じゃあタロウ?」
「なんすかヴァンさん」

 大事な事なんで深呼吸して心を鎮めます。

 さらに一拍開けます。

「もしかして魔法使えない?」
「もちろん!」

 親指を立てて良い笑顔で答えました。

 ……この人、結界張れるんですか?
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