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第二章

第三十四話 すり替えられた二つ名

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 暖かなというより、やや汗ばむような強い日差しが降り注いでいる。

 しかし本格的な夏とは違い、吹き抜ける風は涼しい。

 街の中心部の裏手にて馬車を降りると、露店の方へキースと共に歩き出す。

 キースは勝手知ったるというように、サクサク道を進んで行った。

 広場には何かを焼く香ばしい匂いや、その場で食べられる軽食を取り扱う店が立ち並んでいた。


「アイリスは嫌いなものはある?」

「いいえ、特にはないです」


 食べたことも見たこともないそれらが並ぶさまは、まるでお祭りのよう。

 なんだか見ているだけで楽しいし、わくわくする。


「じゃ、適当に買ってくるから待っていてくれ」

 そう言うと、串焼きにサンドイッチのようなものをテキパキとキースは買いに行く。

 両手いっぱいに荷物を持つ姿に、私は慌てて駆け寄った。

 するとキースに瓶に入ったサイダーのようなものを持たされる。


「こんなにいっぱい買って、さすがに食べきれなくないですか」

「いや、俺はこれでも足りないと思うんだが」

「えええ」


 すでに食べ物だけで、三種類を二個ずつ、飲み物も二本ある状態だ。

 これ以上はさすがに無理があるでしょう。

 さっきプリンだって一個食べたばっかりだし。


「絶対に足ります。もし足りなかったら、あとで追加すればいいじゃないですか」

「んー。ま、そうだな。とにかくあっちで座って食べよう」


 子どものような無邪気な笑顔に、私もつられて笑う。

 この方といると、自然に笑顔が作れている気がする。


「さあ、お姫さまこちらへどうぞ」

「もう。そんな調子のいいことを」

「あははは。さ、座って」


 荷物をベンチに置いたキースは自分のハンカチを取り出し、ベンチの上に敷いた。

 私は言われるまま座ると、手に持っていたジュースをキースが一本受け取る。

 そしてその代わりとして、トレーに乗せられた串焼きを一本差し出した。

 これって、さすがにこのままかぶりつくのは令嬢としてだめじゃないかしら。

 でも、それならどうやって食べるっていうのか。

 ん-。いきなり難易度が高すぎるわね。

 隣を見れば、キースはそんなことなど気にせずに食べ始める。

 王族が気にしないのだから、まあいいか。

 私はこれ以上考えるのを諦め、普通に食べ始めた。

 何の肉かは分からないソレは、塩がよく効いていた。


「おいしい」

「だろう?」

  
 私が気にすることなく食べている様がよほどうれしいのか、今まで以上に上機嫌だ。


「グレンたちが行くような店じゃなくてすまない。俺はこういう方が本当は好きなんだ。だから一度、アイリスにも食べてもらいたかった」

「私もかしこまった店より、こういう方のが手軽ですし、何も考えなくてもいいので好きですよ」


 そうこれは本音。

 マナーとかなんとか。

 確かに令嬢としての知識もあり、きちんと優雅に食べることは出来る。

 しかしどうしても形式ばった食べ方は、疲れてしまうのよね。


「氷の美姫の意外な一面を俺だけが知っているというのは、悪くないもんだな」

「氷の美姫? 氷の姫君とは言われたことがありますけど。美姫だなんて、そんな」


 氷の姫君という私が笑わないことを揶揄されたものだ。 

 ある意味、つけた人のネーミングセンスはすごいわよね。

 確かに愛想もないし、全然笑わないし。

 前までは、本当にひどかったって自分でも自覚あるもの。

 でもそれにしても、いつの間にそんな美姫になんてすり替わっているなんて。

 自分で言い出したとか思われたら、それこそ恥ずかしいからやめて欲しいわ。


「んんん? 前からいろんな貴族が噂していた君の二つ名だよ。氷のように冷たく見えて、その実優しく、孤高で美しいという。あれ、違ったのかい?」

「いえいえ、私が知っているのはただの氷の姫君でしたよ。笑わないし、誰に対しても冷たいっていう」


 なんとなく似ているようで、少し違う二つ名。

 捉える人によって印象が違うとか、そんな感じのものなのかな。

 でも、なんかそれにしてはちょっと違う気もする。


「アイリスの捉え方だと、ずいぶん卑屈というか、悪意を感じるな。そんなこと、誰が言ってたんだ」


 そう。キースが言うように、確かに悪意を感じる。

 真逆というか、なんというか。

 確かに愛想がなかったから、そんなもんなのだろうと今までは気にしたことはなかったけど。

 あの頃はそんな風に罵られるほど、貴族の中で目立った存在でもなかったのに。


「誰が……」


 確か言われるようになったのは、私が夜会へ参加するようになってすぐだ。

 元々、ああいう場では苦手だった。

 しかも自分のすべてにコンプレックスを持っていたし。

 女の人が扇子越しにヒソヒソ話す姿も、まるで値踏みをするかのような男の人からの視線も、私には耐えられなかった。

 だからいつも簡単な挨拶だけ済まし、そそくさと帰ってしまってたっけ。

 確かその頃、後から帰ってきたチェリーに言われたのよね。


『姉ぇさまの愛想が悪いから、他の方たちから氷の姫君なんて呼ばれていましたよ。もっと、愛想よくしないと』


 そうだ。

 私はチェリーが言ったことを、そのまま鵜呑みにしてたんだ。

 そう思うと、腑に落ちる部分と同時に怒りが私の中に影を落とした。
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