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第三章

第三十九話 思わぬ反撃

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「姉ぇさま!」


 軽いノックの後、チェリーがいつも通り勝手に私の部屋へ入って来た。

 私は急いで布団の中にリンを隠す。

 そしてため息交じりに、起き上がった。

 部屋に鍵がないっていうのは、本当に困るわね。

 もし、この子にリンが見つかってしまったら。

 絶対に、リンがあの時の人形だって気づかれてしまう。

 過去と繋がることになることは、何としても隠し通さないと。


「チェリー、部屋に入る時はまず、相手の許可を得てからにしなさいといつも言っているでしょう。侯爵夫人ともなる人が、そんな風ではきっと困るわ」


 小言を言われたチェリーは、大して気にする様子もなく、部屋のソファへと腰かけた。

 ベッドの縁に座ってた私も、仕方なくソファへ移動する。


「こんな遅い時間に一体どうしたの? 今、侍女にお茶でも持ってこさせるから、待っていて」


 はっきり言って、2人きりになるのは避けたい。

 いつボロが出てしまうとも限らないから。

 それに、二人だけの空間など苦痛でしかないし。


「お茶なんていらないわ、さっき部屋で飲んだから平気よ。それより姉ぇさま、今日はどこへ行ってらしたの?」


 ソファー腰かけながら、チェリーは自分の髪をくるくるといじる。

 なんでそんなことを聞くの?

 もしかして、市街へ出た時にすれ違ったのかしら。

 でもそうだとすると、逆に嘘をつくと後々面倒ね。
  

「今日……。今日はキース殿下の市内視察に同行させていただき、冒険者ギルドへお邪魔させてもらったわ。でも、それがどうかしたの?」

 
 冒険者ギルドがあるのは、市街地でも一番奥の方にある。
 
 普通は貴族が出入りするような場所ではなく、庶民のエリア側だ。
  
 衣装合わせだと言っていたから、貴族ご用達のお店だけだと思っていたのに。

 どこかですれ違っていたなんて、運がないわね。

 
「やっぱり……。姉ぇさまが権力に興味があるなんて、わたし知らなかったわ」


 権力。権力って……。

 それはキースのことを指しているのだと分かる。

 だけど、キースのことなど何も知らないくせに。

 キースが王族だからという理由でそのひと括りにされたことに、無性に腹が立つ。

 どれだけこの国を思っていて、どんな風に過ごしているのか。

 そんなことなど、チェリーは気にしないのでしょうね。


「殿下は、この国の雇用や貧困について考えられているのよ。それを権力だなんて。それに、私は仕事を探すために殿下を紹介していただいたと、この前もちゃんと言ったはずだけど」

「でも結局姉ぇさまは、玉の輿狙いなんでしょ?」

「チェリー、あなた」

「わたしより高い地位の方に見初められて、姉ぇさまはさぞ満足なことでしょうね」


 怒りが、すっと降りてくる。

 ああ、そういうことか。

 自分の婚約者よりも高い地位の人間と私がくっつくのが、嫌なんだ。

 私のことをいつまでも見下していたいから。


「チェリー」


 グレンのことを想っていないのなら、婚約など辞めてしまえばいいじゃない。

 私を悪役令嬢に仕立ててまで、手に入れたくせに。

 ホントに何様なの?

 そう言いかけて、なんとか押しとどまる。

 昼間に、キースに言われたことを思い出したから。

 もし仮に、チェリーが私に憧れて嫉妬から言っているのだとしたら。

 褒めろって、キースにも言われたっけ。

 褒めても嫌味にしか聞こえなさそうだけど。

 でも、それでもいいか。

 だって嫌味言いたいし。


「チェリー、あなたもしかしてマリッジブルーなの?」

「は?」

「あなたはこの国の次期宰相となる人の妻になるのよ。すてきな方に見染められたのはあなたでしょう。社交界でもあなたはいつも花で、注目の的だった。みんなが口々にあなたのことを花の妖精のようだと言っていたわ。私だってそう思っている。このふわふわした奇麗な髪も瞳も、あなたよりかわいらしい子なんて社交界にはいないでしょう」

「姉ぇさま?」

「私はあなたと違って人付き合いが苦手だし、顔もキツイし、社交界では不名誉な二つ名を付けられたわ。あなたのように、かわいく振る舞うことが出来ればいいんだけど……」


 言葉を言い終える前に、チェリーがテーブルをドンとたたき立ち上がる。

 あまりに大きな音にチェリーの顔を見る。

 すると、チェリーはまるで苦虫をかみ潰したような顔をしていた。

 これでも十分褒めたつもりだったのに、やっぱり嫌味に聞こえたのかな。

 それとも、いつもと違う切り返しが気に食わなかったとか。

 どちらにしても、私にはその答えを持ち合わせてはいない。


「もう結構です。よく分かりましたわ、姉ぇさま」

「よく分かったと言われても……。待ちなさい、チェリー」


 んー。何が分かったというのだろう。

 しかし、チェリーの目から伝わってくるのは今まで以上の敵意でしかない。

 チェリーはこの部屋に来た時のように、大きな音を立てながらドアを閉めて出て行った。


「あーあ、なんか怒らせてしまったわね」

「たまにはいいんだリン」
 

 布団から、もぞもぞとリンが這い出してくる。

 たしかに望んだ結果とはちょっと違うけど、撃退したことには変わりないか。


「そーね。ま、たまにはいいわよね」

「大丈夫だリン」


 私たちは顔を合わせ、ただクスクスと笑った。
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