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014 見て見ぬふり

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 長い廊下を抜け、中庭から奥へと入ると急に視界が開ける。
 騎士団の詰所と練習をするための広場には、何人かの騎士たちが汗を流していた。

 こんな奥まった場所にあるのに、観客が結構いるものなのね。
 先程の令嬢たちといい、騎士たちはかなり人気があるようで離れて見ている観客が数名いた。

 しかし彼女たちは私を見るなり、そそくさと帰り支度を始める。
 そんな姿を見ると、お目当てがなんとなく分かる気がした。

「ミレイヌ!? どうしたんだい、こんなところまで」
「ごきげんよう、ランド様」

 そして彼女たちのお目当てなランドが、驚いたように私に駆け寄ってきた。

 彼女たちではなくても、ランドは良い男だと思う。
 身分も侯爵と申し分ないし、この度の戦禍でもかなりの活躍を見せ、陛下から直々に勲章ももらった。

 でもそれ以上に、線は細いのに程よくついた筋肉と私よりも綺麗な顔立ち。
 そして何よりこの声がいいのよね。低くもなく、かといって高すぎるわけでもない優しい声。

 この声を聞くだけで、思わず笑みがこぼれてしまう。

「君が王宮まで来るなんてびっくりしたよ……」
「ふふふ。今朝ぶりですね。まったく大げさですよ、ランド様。今日は騎士団の方たちに差し入れをお持ちしたんですの」
「差し入れ?」
「ええ。毎日大変そうですし、今の時期は暑いですからね。汗をかかれた皆様にぴったりのものが出来たので」

 そう。風があるとはいえ、最近はかなり暑い。
 こんな中での訓練なんて、本当に頭が下がるわ。

 私なんてここまで歩いてきただけで、汗が出てるたいうのに。

「ランド様、これを……」

 私はそう言いながら、籠に入れたビネガーの瓶を渡した。
 他の物はシェナに持ってもらってるとはいえ、重かったー。
 もうこれ一週間分の運動しちゃったでしょ、私。

「ミレイヌ、これはなんだい?」

 ランドは受け取った瓶を少し上に上げながら、それを眺めていた。
 光を浴びた果実酢の瓶はキラキラと耀きながら、中の果実が揺れる。

「私が作った果実酢ですわ。少し甘くてさっぱりしていて、とても飲みやすいんですの」
「果実酢? お酢ってビネガーのことだよね。あんなものが飲めるのかい?」

 お酢という言葉に、ランド以外にもやや集まりつつあった騎士たちが引いているのがわかった。
 まぁ、説明だけならそうでしょうね。

 この世界ではビネガーは料理用でしかないもの。
 しかも酸っぱいあのイメージしかないから、それを飲むっていうのは理解が追い付かないと思うわ。

 実際一緒に作っていたうちの料理人たちだって、一番初めに飲むときはかなりおっかなびっくりしてたし。

 いきなり、しかも料理人でもない私が作ったものなんて怖いだろうなぁというのは分かるわ。

「ええ。ちゃんと料理長たちにも好評だったので、お持ちしたんです。シェナ」
「ミレイヌ様」

 シェナは一旦籠を近くにあった台の上に載せたあと、入っていたトレーを取り出す。
 そしてその上にグラスを並べた。

 あー。思ったより人数がいたから、グラス足りないかもしれないわね。
 でも好き嫌いもあるだろうし、無理強いする気もないから飲まない人は飲まないでいいかな。

 あくまで目的はランド様への好感度アップ、からの~初夜を目指すんだもん。
 ダイエットは……早々すぐに効果なんて出ないからね!

 自分で自分に言い聞かせているうちに悲しくなってきた現実を、見て見ないフリすることにした。
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