父を殺した男

美杉日和。(旧美杉。)

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 棺桶の中には父を殺して成り代わった男が入っていた。
 色白い顔。
 病気でやせ細った体。


「なんでこんなになるまで言わなかったのよ、馬鹿」


 私の瞳から涙がこぼれ落ちる。
 ここには私以外誰もいない。
 この人を知る人も、慕う人も。


「これで本当に最後なんだね」


 そう最後の別れ。
 彼は父を殺して成り代わった男だ。

 私は小学校の頃、母親に捨てられた。
 親戚の家をたらい回しにされ、行き場のなくなった私は父を探した。

 ようやく父の名を見つけ会いに行くと、彼がいた。
 彼は自分は私の父ではないと言う。
 私の父を数年前に殺し、戸籍のなかった自分が成り代わったのだと。

 にわかには信じられない話だった。
 しかし彼は秘密を知った以上は帰せないと、私を監禁した。
 そう監禁。

 ご飯を与え、風呂に入れ、一緒に寝る。
 そして学校へ行くのを見送り、自分は仕事に行く。
 彼が暇な時は一緒にゲームで遊び、クリスマスには小さなプレゼントをくれた。

 決して裕福ではない、それでいて奇妙な生活。
 私はどこで暮らしてきた時よりも、幸せで、まともな人間としての生活を送ることが出来た。


「知ってたよ、私はずっと知ってた。でも知ってて、付き合ってあげたんだから感謝してよね」


 彼が自分の本当の父親だということは、もうずっと前から知っていた。
 知っていて、彼の嘘に付き合っていたのだ。

 元々、母と離婚する時に私を置いて行ってしまった自責の念から、娘に憎まれる役を演じていたんだと、なんとなく分かっていた。
 でも彼がそうしたいなら、私も最後まで付き合おう。
 誰よりも優しくしてくれた父の願いを、私も叶えたかったから。


「だから、ね。最後だから、もういいよね。……大好きだったよ、お父さん。ずっと傍にいてくれてありがとう。私をここまで育ててくれてありがとう。もう演じなくてもいいんだよ。だからゆっくり休んでね」


 父を殺した男。
 父を殺した男に監禁されるその娘。

 私たちは今やっとその役を降りることができるのだから。
 
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