この恋は実らない。

美杉日和。(旧美杉。)

文字の大きさ
7 / 9

007 それは同情か

 強く掴まれた手首が痛い。
 振りほどこうにも、コンラッドの力は思っていたよりも強かった。

「離して下さい。こんなことをして何になるというのですか」
「お前が婚約を戻すというまで、離さないぞ」
「何度も言いますが、婚約は家と家とのモノ。私だけではどうにもならないことなど分かっているでしょう」
「それでもだ!」

 どこまでも自分勝手な人。
 本当にムカムカしてくる。

「お前のせいで俺の人生は台無しだ。貴族籍からも外されて、今どれだけ惨めな生活を送っているか」
「自分が蒔いた種でしょう」
「うるさい!」

 コンラッドはそう言いながら、大きく手を振り上げた。
 
 殴られる。
 そう感じた私は、思わず目を瞑る。

 しかしその瞬間は訪れることなく、むしろ何かが倒れ込む大きな音で目を開けた。

 目の前にいたのは、コンラッドではなく、なぜかルドウィックだった。
 
 状況が理解できない私は、音がした方を見る。

 そこには蹴倒されたように倒れ込むコンラッドが、地面に転がっていた。

「ルドウィック様?」
「大丈夫か?」

 彼は倒れ込むコンラッドなど知らぬというふうに、掴まれていた私の手首を擦ってくれる。

 一体、何がどうなってしまったというの。
 どうしてルドウィックがうちに?

 いくつもの疑問だけが浮かんでいく。

 私とコンラッドの騒ぎを聞きつけた誰かが人を呼びにいったとしても、この人がここにいるという意味が分からない。

「あの……どうして?」
「いってぇぇぇ、なんだお前は! なんでおれの婚約者の手を握っているんだ!」

 砂にまみれながら、頭を押さえコンラッドがのそりと起き上がる。

「もう婚約者ではないだろう。しかもお前はこの公爵家から出入り禁止にされているはずでは?」

 見たこともないような冷たい視線で、ルドウィックがコンラッドを見下していた。
 
 しかし怯むことのないコンラッドは、ルドウィックに食ってかかる。

「おれはわざわざアリスティーネの婚約者として戻ってやっただけだ。部外者に何を言われる筋合いもない」

 コンラッドの言葉を、ルドウィックは鼻でただ笑った。
 
「戻って、ね……。悪いが、今はもう彼女は俺の婚約者なんだ」
「は⁉」

 今までで一番間の抜けた顔を、コンラッドはしていた。

 いやそれよりも、彼の言ったことはどういう意味なの。
 今、婚約者だと言ったわよね。

 しかも彼女というのは、私のことという意味でしょう。

「ルドウィック様、あの」
「先ほど公爵にお願いして、あなたとの婚約を申し込んできたところなんだ。本当はちゃんと言うつもりだったのだが、こんな馬鹿がいるとは思わず、こんな形になってしまってすまない」

 ややシュンとした表情をしながらも、どこまでもルドウィックの顔は優しかった。

 まさか彼が私に婚約を申し込むだなんて。
 誰がこんな展開を予想できただろう。

 ああでも、あの日……中庭でうちに雇用してもらいたいなんて冗談を言っていたっけ。

 もしかしたら王女殿下に何か言われたのかしら。

 殿下は私のことをとても大切に思ってくれていたし、同情したのかもしれない。

 そして殿下のことが好きなルドウィックは、殿下の願いを聞き届けようとしたとか?

 なんだかそう考えると、どこかしっくりくるものがあった。

 だけどそれ以上に、また胸が重苦しい。

 前以上に嫌な感情が、自分の中を支配していくのが分かった。

「とにかく今すぐここから立ち去り、二度と顔を見せるな。さもなくば、貴族への傷害事件として突き出すぞ」
「おれは、おれはただアリスティーネのために」
「そういう考えは結構です。どうぞお引き取りを」

 きっぱりと言い放てば、コンラッドは下唇を噛みしめながら元来た道を走り出して行った。
感想 0

あなたにおすすめの小説

片思いの貴方に何度も告白したけど断られ続けてきた

アリス
恋愛
幼馴染で学生の頃から、ずっと好きだった人。 高校生くらいから何十回も告白した。 全て「好きなの」 「ごめん、断る」 その繰り返しだった。 だけど彼は優しいから、時々、ご飯を食べに行ったり、デートはしてくれる。 紛らわしいと思う。 彼に好きな人がいるわけではない。 まだそれなら諦めがつく。 彼はカイル=クレシア23歳 イケメンでモテる。 私はアリア=ナターシャ20歳 普通で人には可愛い方だと言われた。 そんなある日 私が20歳になった時だった。 両親が見合い話を持ってきた。 最後の告白をしようと思った。 ダメなら見合いをすると言った。 その見合い相手に溺愛される。

夏の眼差し

通木遼平
恋愛
 伯爵令嬢であるティナの婚約者とティナの妹が恋仲になり、ティナは婚約を解消することになる。婚約者に対して特に思い入れはなかったが、姉妹の婚約のすげ替えについての噂と勝手なことばかり言う妹に気疲れしたティナは、昔から彼女を気にかけてくれていたイライザ夫人の紹介で夫人の孫娘リネットの話し相手として雇われることになった。  家から離れ、リネット共に穏やかな日々を過ごすティナは、リネットの従兄であるセオドアと出会う。 ※他サイトにも掲載しています

図書塔で恋した貴方は、親友の寝室で過ごす 〜留学中に不貞を働いた二人へ。身分目当ての貴方たちは勝手に没落してください〜

恋せよ恋
恋愛
偶然の出会いから親友となったティファニーとマーガレット。 伯爵家嫡子ティファニーは、男爵令嬢マーガレットの紹介で、 彼女の幼馴染のジャスティン子爵家次男と真剣な恋に落ちる。 三歳年上の婚約者のいるマーガレットは、二人を見つめて思う。 「あら、ジャスティンって、カッコ良かったのね。失敗したかも」 そこで、優秀なティファニーが隣国へと留学中の半年間、 ジャスティンを誘惑し、背徳の関係に溺れていく。 そんな親友+婚約者未満の恋人+優秀な伯爵令嬢の物語。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

婚約破棄の帰り道

春月もも
恋愛
婚約破棄を宣言されたその日、彼女はただ静かに頷いた。 拍手の中を背筋を伸ばして歩き、令嬢としての役目をひとつ終える。 やがて醜聞にまみれ、「傷物」「行き遅れ」と囁かれながらも、 薔薇と風だけを相手に庭でお茶を飲む日々。 気品だけを残して、心はゆっくりと枯れていく。 ――そんな彼女の前に現れたのは、 かつて身分違いで諦めた幼馴染、隣国の若き王だった。 「迎えに来た」 静かな破滅の先に訪れる、軍を率いた一途な求婚。 これは、声を荒げずにすべてを覆す、上品な逆転劇。

傷物令嬢エリーズ・セルネの遺書

砂礫レキ
恋愛
『余計な真似をして……傷物の女などただの穀潰しでは無いか!』 通り魔から子供を庇い刺された女性漫画家は自分が美しい貴族令嬢になってることに気付く。彼女の名前はエリーズ・セルネで今度コミカライズを担当する筈だった人気小説のヒロインだった。婚約者の王子と聖女を庇い背中に傷を負ったエリーズは傷物として婚約破棄されてしまう。そして父である公爵に何年も傷物女と罵倒されその間に聖女と第二王子は婚約する。そして心を病んだエリーズはその後隣国の王太子に救い出され幸せになるのだ。しかし王太子が来るまで待ちきれないエリーズは自らの死を偽装し家を出ることを決意する。

第三王女の婚約

MIRICO
恋愛
第三王女エリアーヌは王宮で『いない者』として扱われていた。 メイドからはバカにされ、兄や姉からは会うたび嫌味を言われて、見下される。 そんなある日、姉の結婚パーティに参加しろと、王から突然命令された。 姉のお古のドレスと靴でのパーティ出席に、メイドは嘲笑う。 パーティに参加すれば、三度も離婚した男との婚約発表が待っていた。 その婚約に、エリアーヌは静かに微笑んだ。 短いお話です。

旦那様は、義妹の味方をしたことを心から後悔されているみたいですね♪

睡蓮
恋愛
マリーナとの婚約関係を築いていたクルーゲル伯爵、しかし彼はマリーナにとって義妹にあたるリオーネラとの関係を深めてしまい、その果てに子どもを作ってしまう。伯爵はマリーナを捨ててリオーネラを正式な婚約者にするよう動こうとするものの、その行いこそが自分たちを破滅に導く第一歩となってしまうのだった…。

三度裏切られた私が、四度目で「離婚」を選ぶまで

狛犬
恋愛
三度、夫に裏切られた。 一度目は信じた。 二度目は耐えた。 三度目は――すべてを失った。 そして私は、屋上から身を投げた。 ……はずだった。 目を覚ますと、そこは過去。 すべてが壊れる前の、まだ何も起きていない時間。 ――四度目の人生。 これまでの三度、私は同じ選択を繰り返し、 同じように裏切られ、すべてを失ってきた。 だから今度は、もう決めている。 「もう、陸翔はいらない」 愛していた。 けれど、もう疲れた。 今度こそ―― 自分を守るために、家族を守るために、 私は、自分から手を放す。 これは、三度裏切られた女が、 四度目の人生で「選び直す」物語。