上 下
12 / 12

012

しおりを挟む

 城を出て小一時間ほど馬車を走らせると、道は市街地から山道へと入って行った。木々が生い茂り、思い出したくもない記憶が甦ってくる。私は外を見ないように、馬車の窓のカーテンを引いた。

 小刻みに震える手を自分で擦りながら、深呼吸をする。

 まだほんの少ししか走っていなのに、本当にダメね。このままあと半日は馬車なのに大丈夫かしら。落ち着かないというか、心細い……。

 私一人のこの空間が、こんなにも寂しいものだったなんて思いもしなかったわ。でもそれも、慣れていかないといけないのよね。もう私は嫁ぐ身。王女でもなんでもなくなるし、護衛騎士だって……。

 不意に、誰かの大きな声が辺りに響いた。何を言ってるのか聞き取れないままに、馬車がガタガタと止まる。予定では、次の街に着くまでは休憩の予定はないはずなのに。


「なにが……おきたの……」


 怖くて、カーテンを開ける勇気はない。私は咄嗟に、馬車のドアに手をかけた。押さえたところで、力のない私の力ではどうにもならないことは分かっている。しかしそうでもしなければ、居ても立っても居られなかった。

 怖い。怖い。どうしたらいいの。シリル……シリル……。


「ああ」


 力強くドアが開き、そこに手をかけていた私はそのまま馬車から落ちそうになる。


「きゃぁぁぁ」


 ぎゅっと目を瞑ると、私は誰かに抱き止められた。それは大きな温かい手だった。ゆっくりと目を開けると、そこには私が一番会いたくて、でも求めてはいけない人の顔があった。

 どこか焦ったようなシリルの顔。


「私は都合の良い夢でも見ているのかしら」

「いいえ。むしろ、逆です。攫いに来ました、ルチア様。もう約束でもなく、ただあなたを渡したくない」

「やっぱり都合の良い夢だわ。私の知っているシリルは、いつだって私を子ども扱いして相手にはしてくれないのよ?」

「違います」


 シリルが大きく首を横に振る。


「あなたを助けて、あなたが側にいて欲しいと言われ、その約束さえあれば、永遠にルチア様の側にいれると思っていた。しかし、あなたはどんどん美しく成長していく。そして第一王女様たちが輿入れしていく姿にルチア様を重ねた。このまま今度は、ルチア様を自分が見送るのかと」

「……馬鹿ね。ホントに大嫌いよ」


 そう、大好きよ。誰よりも。


「これは恋心ではなく一時のもので、あなたもいつか夢から覚めてしまうと。そう思うことで、自分が傷付かぬように予防線を張っていました。だからルチア様から離れれば、きっとこんな醜い気持ちを捨てれると思った。ルチア様のことをずっと愛していたから」


 ポロポロと音もなく涙が溢れる。もうずっと、ずっと前から私とシリルの思いは一緒だったのだ。


「あの手紙を見た時、あなたが輿入れすると聞いた時、誰にも渡したくないと思ってしまった。今更なのは分かっています。わたしの意気地がないせいであなたを傷つけてきたことも。それでも……」


 シリルが言葉を言い終える前に、シリルの胸に顔を埋める。どれだけ遠回りをしたとしても、ここにいられるのならばそんなに幸せなことはない。

 私がずっと欲しかったもの。欲しかった言葉。


「では、約束して? もう一度、あの時のように」


 あの日の約束は、一度違えてしまったから。もう一度二人でここから……。


「いついかなる時も、わたしはあなたの側にあり、魂朽ちる時まであなたを護ります、ルチア様」

「ええ、約束よ。ずっと、ずっと側にいて。私はシリスでないとダメなの。あなただけずっと傍にいて欲しいのよ」


 こんなにも嬉しい涙を流したコトは初めてではないだろうか。ぽかぽかと温かな胸の中が、シリスへの想いで埋まっていく。

 シリルが私の手を取り、口づけをする。あれほどまでに私を支配していた胸の痛みが、嘘のように消えていった。


「攫ってもよろしいですか?」

「敬語と様付けをを辞めるなら、考えてあげてもいいわ」

「……ルチア、こちらへ」


 シリルに抱き抱えられながら、馬に乗せられる。


「とりあえず、俺の家へ向かいます。国王と王太子には、そこから許しを乞う予定です」


 そう言いながら、シリルがゆっくりと馬を走り出させた。


「お兄様にお別れをした時に、馬車に乗る前にどうしても欲しいものがある時は、外堀から埋めないとダメだよと、こっそり言われたのよ」


 兄はもしかしたら、こうなることも分かっていたのかもしれない。


「外堀ですか?」

「ええ」

「よく分からないのですが、そう言えば輿入れ先はどこだったんですか? 相手にも話を付けに行かないと」

「それは大丈夫じゃないかしら。今から行くわけだし」

「え。どういうことですか?」


 全く状況の読み込めないシリルが、声をあげた。こんな素っとん狂な顔をするシリルは初めて見たかもしれない。
それがなんだかとても楽しい。


「私もさっき馬車の中で、お相手の名前を確認したのよ。私のお相手は、ガルシア辺境伯」

「なっ! まさか、後妻っていうのは」

「シリルが攫いに来てくれなかったら、私はあなたの継母だったということね」

「それは外堀というのか、嫌がらせの域に近い気が……」

「うふふふふ」


 あの日見た恐ろしい森の面影はもうない。

 シリルの胸に寄り添いながらも、私はちゃんと前を見ることが出来たから。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

テン
2023.03.10 テン

少し切なくでも幸せな気持ちに慣れてすごく面白かったです!最終話、途中でシリルがシリスになってる誤字だけ少し気になりました!素敵なお話ありがとうございました♪

解除
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

推理小説にポリコレとコンプライアンスを重視しろって言われても

ミステリー / 連載中 24h.ポイント:1,022pt お気に入り:3

残念な配信者たち

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:896pt お気に入り:2

ホラー小話

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:683pt お気に入り:11

あなたに恋した私はもういない

恋愛 / 完結 24h.ポイント:262pt お気に入り:3,042

そんなに妹が良いのなら婚約者の座は妹に譲ります

恋愛 / 完結 24h.ポイント:85pt お気に入り:3,254

異世界に転生したのでとりあえず好き勝手生きる事にしました

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,661pt お気に入り:5,668

邪神が願いを叶えます(嫌がらせで)

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:1,365pt お気に入り:5

科学部部長の野望と阻止するM子

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:704pt お気に入り:3

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。