求眠堂の夢食さん

和吉

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さよなら悪夢

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「どうにかするって、どうやって・・・・」
「それはお前次第だ、どうしたい?」
「はぁ?どうしたいって」

 夢の中に入ってきたとか、あのクソ野郎をどうにかするとか何を言ってるんだこの人は。いつもと違う環境で寝たから、夢が変になっちまったのか?こんな事をしている間にもクソ野郎はこっちに来てるし!

「ちょ、まずは逃げます!!」

 俺は取りあえず店主さんの手を取って少しでもクソ野郎から離れるために夕焼けに染まる街中を走り出した。もう訳が分からない!いきなり現れたり変な事を言ったりとこの店主さんは俺の頭を混乱させる。頭を整理するには時間が欲しい走ればあいつの脚は遅いから暫くの間は時間を稼げるだろう。

「おいおい、逃げるのかよ」
「当たり前でしょ!あいつに捕まったら殺されますよ!」
「急な運動は流石に体が・・・・!」

 店主さんは突然走り出した俺に驚いたみたいだが、そんなの構ってなんかいられない。取りあえずあいつと距離を離さなければ!息を上げている店主さんの手を引っ張り俺は誰も居らず車も通らない都会の道を走っていく。耳に届くのは自分達の足音と、店主さんが吐く荒い息。

「はぁはぁ、もう・・・限界・・・!」

 店主さんは俺から手を放し道のど真ん中で立ち止まってしまった。少しの間走ったけれどまだ十分距離を離せていない。

「速く逃げないとすぐ追いつかれますよ!」
「現役高校生の体力について行けると思うなよ・・・・!」

 店主さんは膝に手を付き、体で息をしなが汗をかき、辛そうにしている。いきなり走って疲れるのは分かるけど、ここで立ち止まった追いつかれてしまう。大きく息を吸い息を整えた店主さんは膝から手を離し、ダルそうに立つと

「てか、なんで逃げるんだよ」
「いや、逃げる気は無かったんだけどあんたがいきなり来たから!てか、本当に何で居るんだよ!」
「いや、それに付いては説明しただろ?」
「あんな状況で色々言われたって理解できる訳ないだろ!」
「そんな叫ばなくても聞こえてるって」
「ぬぅあああ、夢なのに頭いてぇ!」

 ダルそうに答える店主さんに少しイライラしていると、店主さんの後ろの先に黒いものが見えた。

「くそっ来たし!」
「あ、本当だ」
「逃げますよ!」
「だから、逃げる必要ないって言ってるだろ」

 後ろを振り返り化け物が近づいてきているのに、何てことの無いみたい話し続ける店主さん。さっきも言ってたけどこの人は本当に何を言ってるんだ?

「あぁもう逃げる気が無いならもういいです!俺だけ逃げますから!」
「悪夢をどうにかしたいんだろ?」

 この人はあいつの恐ろしさを知らないから、逃げようとしないんだ。どうせ店主さんは夢の中の存在なんだから、置いていったってかまわないはずだ。俺は殺人鬼が来る反対方向に逃げようとすると、すかさず店主さんが手を掴んできた。

「ちょ!何するんだよ!」
「だから、この悪夢をどうにかしたいんだろ?なら、逃げちゃいけねーんだよ」
「は?意味わからない!!」

 悪夢をどうにかしたいとは言ったけど、それと殺人鬼から逃げないって何の関係性があるんだよ!前にも一回試したことあるけど、そのまま殺されて終わりだったんだぞ!

「夢って言うのは不思議なものでな。夢に現れる風景や事象はその人が持っている記憶や無意識から発生しているとも言われてるんだ。だけど、本当の事はまだ誰にも分かっていない。夢って言うのは曖昧で確かな物であるという矛盾を抱えてるんだ」
「ちょ、話してる場合かよ!!」

 店主が淡々と話している間にもあいつはこっちに迫ってきている。

「何が言いたいかっていうと、夢というのは見ている本人が生み出しているもんなんだ。だから、やろうと思えばなんだって出来る。その力が君にはあるんだ」
「は?力?そんな中二病みたいなこと」
「夢はな、ある程度の制御が可能なんだよ。寝る前に見たい夢を思い浮かべて寝ればその夢を見れる可能性が上がるし夢の中ではどんな事でも出来る。空を飛んだり、大統領になったり女の子にモテモテになったりな」
「だから、何の話を」
「つまり、この悪夢をどうにかする力を持っているんだ。お前はね」

 そう言うと店主さんは、掴んでいた手を引っ張り俺を殺人鬼と対面するように立たせると俺の後ろに立つ。

「ちょっ!?」

 俺はされるがまままに殺人鬼の方を見ると、さっきよりも確実に近付いてきているクソ野郎。そして、しっかりと見てしまったことによって繰り返された恐怖が蘇ってくる。

怖い、また殺される、もう嫌だ、何で俺がこんな目に

 何度も何度も殺された記憶が蘇り、体は震え足は竦み歯合わなくなってくる。もう慣れたと思ってたが、改めて対面すると恐怖が心の底から湧き上がり、まともな思考が出来なくなってくる。もうまともに立ってられないと、座り込みそうになった時、肩に何かが触れた。

「しっかりしろ、お前はここの神様なんだあいつなんてどうってことも無いさ」

 店主さんが肩に手を回し、ケラケラと笑いながら俺を元気づけてくれた。殺人鬼が迫ってきているのに、ケラケラと笑う店主さんに俺は呆気にとられ恐怖が薄れ改めて殺人鬼を見据える。

「よし、その調子だ。ここは夢の世界であることをしっかりと自覚しろ、自分はこの王だと思い込むんだ。どんな事でも出来るってな」
「思い込む・・・・」
「ここは夢の世界、思いの力が景色と現象として現れるんだ」

 ここは夢、ここは夢、俺はなんだって出来る・・・・本当に?これが現実だったら?いや、そんなはずは無い、ここが夢じゃ無かったら何だって言うんだ。本当に俺は何でも出来るのか?今まで何度も殺されてきたのに?

 思い込めと言われたが余計な考えが、頭を埋め尽くしていく。考えに集中できず苦戦していると、ふっと店で嗅いだあの落ち着く優しい匂いがした。その匂いを感じた後不思議と思考は落ち着き体からは力が抜け

「よし、その調子だ」

 色々な考えに頭が埋め尽くされていたが、思考が晴れた今ではどうして俺は怯えていたんだろうと疑問を覚えるほどに冷静に事態を受け止められていた。近づいて来る殺人鬼が何処か他人事のように思え、自分がこの世界から浮いているようなそんな感覚になる。

「そのまま、自分が見たい景色を思い浮かべるんだ」

 見たい景色・・・・そういえば、学校で見た桜綺麗だったな・・・・その頃から、悪夢に苦しめられてたからゆっくり見る機会が無かったから見てみたいな。

 そう思うと、俺と店主を取り囲んでいる真っ黒な町並みは泡が弾けるかのように、キラキラとした粒子を出しながら徐々に消え失せていきその後ろから、俺が思い浮かべた学校の景色が浮かび上がってくる。世界を塗りつぶそうに現れた現実離れした景色にあぁここは本当に夢なんだと、改めて実感した。

「お、最初見た時は不気味な学校だと思ったが、昼間は綺麗なもんじゃねーか」

 景色は完全に学校へと変わり、その中心にはかすかな黒い靄のようなものが残っていた。

「あれは、悪夢の残滓だな。完全に世界が変わったって言うのに、残滓が残るなんて強い悪夢だったんだな。よく頑張ったよお前は」

 そう言って俺の頭を乱暴に撫でる店主さん。頑張ったと言ってくれたこと、苦しかったことを分かってくれたこと、そして俺を苦しめていた悪夢が消えてくれたことに自然と涙が零れてきた。

「よしよし、頑張ったな。悪夢の残滓は俺が片付けてやるからな」

店主さんはそう言うと、ボフンと漫画のような効果音と煙を出す

「え?片付けるって・・・・はぁ!!??」

 店主さんは、店の前に置いてあったよく分からない動物をゆるキャラにしたような可愛らしい姿に変わってしまった。あまりの衝撃に涙は引っ込み、俺の腰ぐらいはある黒と白が分かれている少し鼻の長い動物に驚いていると

「そんな驚かなくたっていいだろ?」
「喋った!?」
「夢だから喋るんだよ」
「いや、え?」

 謎の生き物は店主さんの声で話すと、テクテクと悪夢の残滓に近付き大きく息を吸い込むような仕草をすると、悪夢の残滓は謎の生物の口に吸いこまれ綺麗さっぱり消えてしまった。

「にっが!後でなんか口直し買った方が良いな」
「え?食べたんすか!?」
「おう」
「お腹壊しますよ!?」
「いや、壊さねーよ」

 もう色々な事が一度に起こり過ぎて訳が分からない!俺は一体何を言ってるんだ!?もっと言う事があっただろう!
 処理能力が追い付かず、訳が分からないことを言う自分にツッコミを入れていると

「これで悪夢はもう大丈夫だ。それじゃあ俺はお先にここから出るとするぜ」
「え!?は!?説明なし!?」
「目が覚めたら此処の事は覚えてないんだし、説明するだけ無駄だろ。悪夢が消えた夢の世界を楽しめよ~」
「ちょ!!!」

 混乱する俺を置いてボフンと消えてしまった店主さん。俺は、訳が分からず折角の綺麗な景色を楽しめず桜の木の下で頭を悩ましていると、段々あたりの景色が薄れていき目覚めの時が来た。

 アラームの音で起きた俺はアラームを止め、久々に感じる爽やかな寝起きを噛みしめながらベットから立ち上ろうとすると、扉がノックされ

「お客様、お時間になりました。お目覚めでしょうか?」

 店主さんの声がしたので俺は急いで立ち上がりと扉を開け

「おはようございます。お目覚めは」
「あの夢の世界って一体どうなってるんですか!!それに店主さんのあの姿って一体何なんですか!?もしかしてエイリアン?説明してください!」
「一体何のことを言ってるのでしょうか・・・・なにか変な夢を見たようですね?」
「夢ですけど、あの夢は何なんですか!」

 食い気味に質問する俺を笑顔で流そうとする店主さんに俺は、自分が持っているある特異体質の事を打ち明けた。

「俺、夢の中の出来事全部覚えてますから!」
「は?」

 俺の言葉を聞いた店主さんは、繕っていたすまし顔が崩れ盛大に顔を顰めることになった。
 
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