求眠堂の夢食さん

和吉

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父、求眠堂に来たる

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 何事も無く学校を終えた俺は一旦家に帰り、準備万全で待っていた父と一緒に求眠堂の前に立っていた。

「随分裏路地にある店なんだな」
「店主さんが言うには立地は良いみたいだよ」
「そうなのか・・・・それにしても」

 父さんは店全体を見ながら

「かなり年期の入ってる店だな。代々続いてる店なのか?」
「いや、店主さんがこの家を買って店を始めたらしいよ」
「それは凄いな。中々に大きな店のようだしこんな場所でも都内だ。良い値段がするはずだ。店主さんはかなり歳を重ねてるのか?」
「いや、見た目は30代だけど23歳だって」
「お前それ本人に言うなよ、失礼だからな」

 もう言って強烈なお仕置きをされたので手遅れだったり。

「都内にもまあまあ古い家は残ってたりするけど、ここら辺だとほぼ無いだろうな・・・・昔は何をやっていたのか気になるな」
「そうなの?」
「東京空襲によって古くから続く家の多くは燃えてしまったが、それでも残っていた建物っていうのは意外とあるんだ。俺達が住んでる周辺は殆ど無いがここから外に出ると結構あるぞ」
「へ~知らなかった」
「こんなに立派な日本家屋で商家だと、もしかすると座敷童が居るかもしれないな」
「何それ?」

 座敷?わらし?父さんが言った言葉が分からず首を傾げると父さんは活き活きと答えてくれた。

「座敷童っていうのは、日本に古くから伝わる妖怪の事で、商家に住み付きその家に幸運をもたらすと言われているんだ。座敷童は古くからある日本家屋を好み特に奥座敷を好むって言われている妖怪だな」
「へ~良い妖怪なんだ」
「子供の前に時折現れ遊び相手にもなってくれると言う良い妖怪だ。だが、住み付いた家の当主が欲に溺れ家業に対する努力を怠ると座敷童は出て行ってしまい家は没落してしまうんだ」
「うへぇ・・・・」
「だから、座敷童が住み付いた家は座敷童が出て行かないように常に努力を続けていかないといけないんだ」

 住み付かれたら幸運だけど捨てられたら家が没落するってかなりのハイリスクハイリターンって感じするな。

「座敷童の姿は子供の姿をしていてその性別は男女ともに存在する。一部地域では神のように崇められ、畏怖の存在にもなってるんだ。そして、座敷童の好物は小豆で住み付かれた家は小豆を捧げて感謝を示すんだ」
「へ~さっき子供の遊び相手になってくれるって言ってたけど子供は見えるの?」
「昔から子供というのは純粋の存在と言われ7歳になるまで神に近いと言われてるんだ。まあこの話は近代に入ってからの表現で、昔は7歳になるまで子供が死なないことが珍しく儚い存在だったから死に近く神の元へ帰ってしまうから神の子だったり、7歳になるまでどんな罪も無罪という話が元になってたりするんだが」
「父さん、その話は後でまずは中に入ろう」

 父さんは俺の質問に対しては嫌がる事無く答えてくれるが、自分が好きな物である妖怪については偶に暴走するかのように話し続けてしまう。俺が注意すると父さんは後頭部を撫でながら

「すまんすまん、つまりは子供には妖怪を見る力があるって言われてるんだ。そして大人になるとその力は消えてしまう。まぁ妖怪たちが選んで姿を現してるって可能性があるけどな」
「そうなんだ。父さんは座敷童についても調べたことあるの?」
「あぁ勿論あるぞ」

 子供には見る力があって大人には無い。もしくは妖怪が姿を見せる人を選んでる。どっちが本当の事なんだろう、後で夢食さんに聞いてみようかな。

「そろそろ、店に入らない?」
「あ、すまん確かにそうだな。立派な獏の像だな」

 父さんは獏の木彫りをじっくりと見た後、戸に手を掛け開けると中から白檀の匂いが香ってきた。

「白檀か、良い匂いだ」

 そう言うと中に入った父さんの後に続き中に入るといつも通りの場所に夢食さんはお茶を飲んでいた。俺達が入ってきたことに気付くと立ち上がり草履を履くと俺達の元まで歩いてくる。

「いらっしゃいませ、私はこの求眠堂の店主をしている夢食秋と申します。お父様のことは朧月君からお話は伺っております。ようこそお越しくださいました」
「あぁ急に来てしまい申し訳ない」
「いえいえ、いつでも歓迎いたします。お話の為に奥に部屋をご用意させていただきましたがどうなされますか?」
「用意して頂いたのは有り難いですが今日は店内を詳しく見させて頂きたいと思っておりまして」
「さようでございますか、それでは私がご案内させて頂きますね」
「お願いします」

 父さんが畏まっているところを見ると少し不思議な気分になるが普段の雑な姿を見てるからだろうか夢食さんの畏まっている姿を見るとギャップで風邪をひきそうだ。

「それでは、まずこの店についての説明を。この店は眠りに関する悩みを抱える人達の悩みを解決し安らかな睡眠を提供することを生業としております」
「失礼ですがそれは仕事になるのでしょうか?」
「現代において多くの人が睡眠について悩み苦しんでいます。もはや睡眠の悩みを一度でも抱えたことが無い人の方が珍しいほどです。ですからお客様が居なくなるという事は無いですね」
「なるほど・・・・」
「と言ってもこのお店は大規模に宣伝をしている訳ではありませんから、生活できる程のお客様が来る程度ですので忙しくは無いのです。ですので朧月君には好きな時にシフトに入って貰っているんです。個人経営ですから、自由が利きますからね」
「それでシフトが自由になってるんですか」
「そうなんです。すみません、説明の途中でしたね。この店では安らかな眠りに入れるようにアロマやお香を使って心をリラックスさせる手法をとっています。そしてアロマに関する商品も購入できるようにしてあります」

 夢食さんは俺と父さんを棚の方へ案内すると、棚一面に並んでいる乾燥ハーブとアロマオイルそしてお香などを見せながら説明していく。

「アロマですか・・・・」
「宜しければお好みの香りを選ばせて頂きますがどうなされますか?」
「少し興味がありますが、今日は遠慮しておきます」
「そうですか、ここの紹介はこれぐらいですので次は奥にご案内しますね」

 そう言って夢食さんは店の奥へ案内するために歩きだしたが、父さんは部屋の中央で立ち止まり地球儀のような置物を見ながら

「店主殿、この太極図は一体何処で?」

 店主さんはその声に振り返ると俺達の元に寄ると

「よくそれが太極図だとお分かりになられましたね」
「ぱっと見では分かりませんでしたが、台座に太極図のマークが刻まれていましたから」
「これは、知人に頂いた太陽系八惑星の天体運動と太極図を合わせた物なんです」
「こんな精密な物・・・・初めて見ました。これはどちらで手に入れたんですか?」
「自分もこれと同じものを見たことがありませんね。これは知人から譲り受けた物で知人に聞こうにも、もう連絡が取れなくなってしまったので詳しくは分からないんです」
「そうなんですか・・・・いや、すみません。知人にこういった物を収集し研究している者が居まして」
「そうなんですか、流石は朧月様交友関係が広いのですね」
「いや、太極図は自分の研究にも関わってきますから」

 父さんはこの置物を見てこれが何なのかを理解したみたいだが、しっかりとした説明をしてくれないので俺はちんぷんかんぷんだ。

「父さん、太極図って何?」
「太極図っていうのは・・・・簡単に言う森羅万象は陽と陰のバランスによって成り立っているというのを現した図で、覚もアニメとかで見たことがあるんじゃないか?これは陰陽術としても使われている物なんだが」

 父さんが指さした図形を見てみると勾玉みたいなものが混ざり合うように丸い絵を成している絵は確かに見覚えがある。

「あ~なんか見たことがある。てか、父さんは何で知ってるの?」
「陰陽術というのは妖怪とも関りがあるから俺も少し勉強したんだ」
「へ~」
「すまない、案内を中断させてしまった」
「いえいえ構いません、それではこちらにどうぞ」

 父さんは軽く頭を下げ謝ると、夢食さんは笑いながら店の奥へと俺達を案内してくれた。
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