求眠堂の夢食さん

和吉

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昨日の黒猫さん

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 次の日学校が終わって求眠堂に行くと珍しく店の掛札が休業中になっていた。

「あれ、可笑しいな」

 店が休みの場合は必ず夢食さんから連絡が来るようになっている。今日ここに来るまでに、連絡を見て休みでは無いということを確認してはいたけど急に用事が出来たのかともう一度携帯を確認してみるが連絡はない。電話をしてみようかなと思ったが、扉が開き夢食さんが出て来た。

「よう、すまん混乱したよな。ちょっと客が居てな中に入って良いぞ」

 夢食さんに従い店の中に入ると、夢食いさんがいつも作業をしている机の上に黒い生き物が行儀良く座っていた。その生き物はとても良く見覚えがある。

「昨日の黒猫さんですか?」
「えぇ昨日ぶりですね」
「そういえば、今日来ると言ってましたね」

 黒猫はニコリと笑いながら、夢で聞いたのと同じ声で答えた。現実の世界で猫がニャーと言わず人間の言葉を話すのは大分奇妙な感覚だが、黒猫の尻尾が変わらず二股に分かれているので妖怪はこういうものなのだと自分を納得させた。

「本当は、物を渡したらさっさと帰ってもらおうかと思ってたんだが、どうしても会いたいって言いやがるから休業中にしてあったんだよ」
「あぁなるほど」

 確かに店の中に猫が居るんじゃ、お客さんは中には入れられないよな。

「良いじゃないですか少しぐらい、どうせお客も少ないのですから」
「うっせぇ」
「現実で会ってみても、尻尾以外本当に猫にしか見えないですね」
「そうですね、私達猫又は見た目はほぼ猫でしかありませんね」
「見た目に惑わされるなよ、そいつ500年は生きてる猫だからな」
「500年!?」

 前足を器用に使い顔を毛づくろいする姿に癒されていたが、驚きの年数を聞き大きな声を出してしまった。

「えぇ、私達猫又は長生きですからね。私もまだ猫又の中だ若い方なんですよ」
「そうなんですか・・・・」
「長生きしてる故に結構小賢しく狡猾だから気を付けろよ」
「ふふふ、相変わらず手厳しいですね。私は人間の味方ですよ、人間を食べたこともありませんし」
「夢に忍び込んだやつが何言ってるんだが」
「ふふ」

 ニッコリと笑う黒猫に嫌そうな顔をしながら夢食さんは何時もの場所に座ると俺も一緒に座らせてもらった。そして、夢食さんは奥から煮干しとロールケーキを持ってくると、煮干しを黒猫にロールケーキを俺と自分の前に置いた。

「あら、どうも頂きます」
「ありがとうございます」

 顔や態度では嫌がってる素振りをするけど、こういう所が色々な妖怪に好かれている所なんだろうな。

「実際に会ってみると、少し印象が違いますね」
「そうですか?」
「えぇ、私が話しても特に動揺すること無かったようですしそこそこ肝が据わっているようですね」
「まぁ二回目ですから」
「夢で会ったとしても、普通は現実では無しかけられたら動揺するものですよ」
「そうなんですか」

 既に夢の中で会っているし、生きている年数には驚いたが喋ることや二股には驚くようなことはしなかった。だけど、二回目なら大体そんな感じになる人が多いと思うけどな~

「夢は想像の世界ですから、現実では受け止められない人が大多数なのですよ」
「なるほど・・・・」
「驚く様を期待していたのですが残念です」
「えぇ・・・・」

 残念そうに耳を伏せながら体を丸める黒猫さん。なんだが夢食さんに似た物を感じるような・・・・やっぱり似た者同士は惹かれ合うのか?

「人間の驚く様は見ていて面白いのですよ。前に道行く人に突然話し掛けてみたら腰を抜かして驚いてそれはそれは面白かったのですがね」
「そんな事繰り返してると陰陽師に睨まれるぞ」
「少しの戯れ程度ですよ。これで睨むような陰陽師は心が狭すぎます」

 プイっと拗ねたように顔を背ける姿は猫のように愛らしい姿だが、500歳以上がやっていると考えるとちょと・・・・

「最近の陰陽師はかなりの慎重派だって言うからな~他と比べれば少し都内の陰陽師は厳しい方だがある程度は大目に見てくれるだろ?」
「それが最近面倒なのが増えたのです」
「そうなのか」
「だから最近は悪戯を抑え気味でして、彼で遊ぼうと思ったのですが反応が面白く無くて不満です!」
「人で遊ばないでください・・・・」

 つまらないからって俺を脅かして遊ぶのは止めて頂きたい。猫じゃらしとかで遊ぶとかであれば喜んで一緒に遊ばせてもらいますけどね。

「うちの従業員で遊ぶな。遊んでくれる人間は大勢いるだろ?」
「まぁ普通に遊んでくれる人なら沢山いますけど、妖怪として遊んでくれる方が良いんです」
「こいつ、化かしても見破るから面白くないぞ」
「え?そうなのですか」

 夢食さんの言葉に黒猫さんは目をまん丸と開くと、霧のように姿を消してしまった。急に帰ってしまったのかと思って、夢食さんを見ると気にした様子を見せずお茶を飲みながら

「見つけろってさ」
「えぇ・・・・」

 どうやら化かすのを見破ると言ったことによって、黒猫さんによる隠れんぼが開始してしまったようだ。夢食さんは俺が化かすのを見破るとか言ってたけど、俺そんな能力あったっけ。見つけられるかな~と思いながら取りあえず見渡してみると、靴棚の上に黒猫さんがさっきと同じように座っていた。

「あ、見つけました。というか、そのままですよね?」

 俺の言葉を聞いた黒猫さんは動画でよく見るフレーメン反応のように口をぱっかりと開きながら驚いた顔をした後ショボショボと耳と尻尾を垂らしながら元の場所に戻ってきた。

「本当に見破られました・・・・」
「え?」
「こいつは芍露の化かしも見破ったんだからお前らじゃ無理だって」
「むぅこれでは脅かしようがありません」
「え??」
「さっきこいつがやった姿を隠す化かしは妖怪が見える奴でも見えなくなるようになるんだ。お前にとっては、アホ面でただ座っているように見えただろうがな」
「え!?」

 ただ座っているように見えたが、本当は姿を隠していて妖怪が見える人間でも普通は見えないようにしていたらしい。それを簡単に見破られてしまい黒猫さんはショックを受けている様だ。

「なんか・・・・すみません」
「いえ、体質なら仕方が無い事です。聞いていたより相当目が良いのですね・・・・」

 明らかに落ち込んで丸まってしまった黒猫さんに居たたまれずどうにかこの雰囲気を変えようかと話題を変えてみる。

「あ~えっと、その~猫って化かす力が本分じゃないですよね?他の妖怪に負けない力だって沢山ありますし!」
「確かに化かすのが本分では無いですけど、あんな簡単に見破られるなんて」
「ほら、猫って人を魅了する特別な力が有るじゃないですか!俺も、その黒猫さんの魅惑の姿に魅了されて簡単に見つけれたんですよ!」
「ほんとに?」
「えぇ、とても素敵なお姿だと思います!」
「なら、良いです!」

 黒猫さんは機嫌を直してくれたようで胸を張りながらお座りの姿に戻る。

良かった~何とかフォロー出来たかな?また地雷を踏まないようにすぐに話の話題を変えよう!

「それで今日は求眠堂に何の用事があったんですか?確か、何か貰いに来ると言ってたような」
「あぁそれはね」
「マタタビを貰いに来たんだよ」

 夢食さんがロールケーキを食べながら答えてくれた。

「マタタビってあのマタタビですか?」

 マタタビと言えば猫の大好きなもので、匂いを嗅ぐとデロンデロンの酔っぱらいのようになるものとして有名だ。某ゲームでも、お手伝いさんはマタタビを食らってよぱらった様子を見せていた覚えがある。

「そ、そのマタタビ」
「好物だからですか?」
「好物なのは違いありませんが、マタタビは虫除けになるのですよ。これからの時期蚊など迷惑な虫が増えますので虫除け用に毎年求眠堂から頂いてるのです」
「その対価として俺は猫達から色々な噂話を貰ってるんだよ。猫の話は早いからな」
「なるほど・・・・」

 マタタビにそんな効果があるとは知らなかった。その後も黒猫さんと色々な話をしていると、ふと玄関に小さな気配を感じた。

「あれ?」
「あぁ、あまりにも遅いので迎えが来てしまったみたいですね」
「大事にされてるな」

 俺達は共に入り口まで行き扉を開けると、そこには黒猫さんより少し丸いが健康的な毛並みをしている三毛猫が座っていた。実際に会ってみると、黒猫さんと似た雰囲気だが重みを感じるというか、深みを感じる。

「遅いので心配で来てしまいました」
「すみません、つい話が弾んでしまいました」
「いえ、無事なら良いのです。夢食殿、今年も感謝します。貴方が噂の従業員ですね」
「あ、初めまして」
「ご丁寧な挨拶をどうも」
「あぁ長い間話してしまってすまなかったな」
「いえいえ、それでは」

 そう言って三毛猫さんは黒猫を連れて素早く路地へと消えて行ってしまった。

「あの三毛猫さんなんて言うんでしょう・・・・凄く古い・・・・年期を感じるって言うんですかね?」
「お、やっぱり良い勘してるな。ここら辺だとあの三毛猫が一番古株なんだよ」
「そうなんですね」

 つまり最低でも500年以上は生きている猫って言う事か・・・・黒猫さんよりだいぶ重みを感じたから1000年とかいってるじゃないか?

「ほら、猫も居なくなったことだし店やるぞ」
「あ、はい!」
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