もち

藍色碧

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友達

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その友達は丸くて白くて柔らかくて、もちもちしている。

いつも僕の膝に乗ってはポヨンポヨン跳ねている。とっても可愛くて見てるだけでも癒される。僕が学校から帰って来る時も、洗濯をする時も、食器を洗う時もいつも側にいてくれる。この子は僕の友達だ。

ボウルの中にあんこをたっぷり入れてその中に入れてあげると嬉しそうに食べてくれる。
食べてるかどうか分からないけど、あんこが
減っているからきっとそうだろう。

僕がお風呂に入る時も一緒に入ろうとして来る。「溶けちゃうよ」と言ってもついてくる
足に引っ付いてきてはベタベタする。お風呂上がりはやめてほしい。けど、やられたらやられたで、可愛さに負けて許してしまう。

寝る時も当然一緒だ。この子は何故だか布団の毛などがつかない。どうしてつかないの?
と聞いてもバフバフ布団の上で跳ねるだけで
喋らない。いや、喋れないのかな?
たまにはお話をしてみたい

今は夏でとても暑い。クーラーは壊れてて使えないから仕方なく扇風機を使っている。
扇風機の前で2人してよく涼んでいる。
「われわれはうちゅうじんだ~~」
これを言うと、もちはピョンピョンと跳ねる
可愛い

今日は学校が早く終わった。帰り道に友達と遊んでちょっと服が汚れてしまった。それを見た?感じた?もちが僕に擦り寄ってきた。
ちょっとくすぐったい
それで笑ったら、何故か跳ね始めた。
そんなに僕の顔がおかしいのか?と思った

いつものように一緒に布団に寝っ転がっていると、ふと疑問が浮かんできた。この子は一体なんなんだろう、見た目は丸くて白いけど
毛とかは一切ない、ゲームで言うところのスライムみたいだ。触った感触はもちもちと柔らかくお餅にしては柔らかすぎる。
目や耳、鼻、口などの感覚器官は見当たらないし、どこからきたのかも分からない。

この子は僕の記憶がつき始めた頃からいる。
その時は僕も子供で適応能力があったのか分からないが、もちについてなんの疑問も湧かなかった。

僕が4歳の頃、家で走り回っていたら階段から転げ落ちそうになってしまった。そこに丁度
もちが居て、その体で僕を守ってくれたんだ。その時にこう思った。この子と友達になりたいって


そういえばあの時、もちが僕を助けてくれた時少しだけ白い部分が欠けたんだった。びっくりしたけど、その欠けた部分をもう一度同じ場所に戻したらくっついてくれて僕は安心した。戻す前に一瞬もちの中身が見えた。濃い紫色で、多分あれは、あんこだったと思う。

僕は食事の用意をするために盛り付け用の平たいお皿を台所に置いておいた。そこに
ポヨンともちが乗っかって来た。

「、、、、、、」

僕は何を思っていたのだろうか、そのお皿を持って机の上に置いた。

(、、、、、、)

僕はただその姿を眺めていた。皿に乗る。
丸くて白くて柔らかくて、もちもちしている
それを。それはそんな僕を不思議そうに見ていた、と思う。その時は跳ねていなかったから。


眺めて、見つめて、視線を注いで

ぐるるるる~

お腹の音が鳴った。
僕は大好物のステーキを頬張るように、飢え死に寸前のライオンが怪我したシマウマを襲うように、己の口を目一杯開いてそれにかじりついた。

口の中には柔らかい餅の食感が広がっていた。まだ、中身は見えない。もう一口とまた大きな口を開いてその白璧を食い破った。やはり、あんこであった。歯と歯の間でくちゃくちゃと粘っこい質感の音が鳴っている。もう一口、もう一口と顎が外れるほど口を開いて喰らい続けた。

自分は一体何をしているんだ?そう思うことはなかった。ただ無心でかじりついた。
口内に飽和したあんこの体液は口の端から滴り落ちて来る。一滴も残さず啜り、またかじる。この繰り返しだった。その時間は一瞬で終わった。


空の皿を見つめて僕は自分に問いかけた。
"どうして、あれを食べようと思ったのか"
思い出の真相を確かめようとしたから
いや、違う。僕はそんなものに興味はない
じゃあ
三大欲求の一つを満たそうとしたから
それも違う。食べ物は他にもある
では
誰も知らない未知なるものを自分1人だけのものにしようとしたから
これも違う。僕は逆にみんなに見て欲しいとも思っていた。

僕はこの疑問に答えを出さないまま、皿を洗い場に置き扇風機の前に座った。
「われわれはうちゅうじんだ~~」
そう言っても、もう隣で跳ねるものはいない
いつも膝に乗るあの重みも、擦り寄って来る
柔肌も今ではもう触れることも出来ない。
見ることさえできない。

なのになぜ僕は悲しくないんだ。どうして涙が出ないんだ。僕たちは友達だったはずなのに。共に育ってきた家族だったのに。

僕は今一人ぼっちなのに


一度布団に入り天井を眺めた。
多分、僕が何も感じなかったのは食べられてる時あれが何の反応も示さなかったからだ。
跳ねることもなければ、喋ることも、目線で訴えかけることもない。
それ故に、食べ物にしか見れなかった。
生き物には見えなかった。ましてや、友達なんて、それで気づいたのだ。

僕がいつも食べている牛や豚、鳥に魚。それらを食べたとしても悲しさは生まれない。
それが日常で、何の変哲もない生活の
1ページ。そのことに何の違和感も、疑問も持たないで生活していたことを。

それではいけない、日々僕が生きていくためには、誰かの何かの助けが必要となる。
雨風をを凌ぐ家、社会で生きていくための学校、育ててくれる親、思いを共有する友達、
明日も生きていくための食事。
これらは全て"普通"ではない、僕ら全員が持てるものではない。日常に溶け込んでしまい
その存在の有り難さを実感できずにいる。

あれは、そんな僕に今感じている日常の特別さを教えてくれたのかもしれない。
微量の食事に、汚れきった服、崩れ去り直すこともできない家であろうとも、あるだけで
それは有り難いことなのだと、教えてくれていたのかもしれない。

そうだ、僕にはまだ言っていない言葉があった。ベットの上で膝を折り曲げ、手を合わせて
目を瞑る。

「ごちそうさまでした」








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