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魔法使いが異世界に人材派遣を行っている会社で俺はどうなる?

悪魔に呼び止められた俺はどうなる?

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2016年7月23日、奏夢は今日の授業も終わり帰路に就いていた。夏の太陽がアスファルトに陽炎を作っている。
学校からはバスで10分程の所に家があり、奏夢はバスを降り家まで歩いている最中だった。しかし奏夢の頭上に影がかかる。見上げるとそこには大きめの木が生えていた。そこに金髪で夏にも関わらず、黒いコートを着た男が立っている。
それを見た瞬間奏夢は180度回転するとダッシュで今来た道を戻り始めた。しかし、どういうわけか目の前にまた木が見え始め、コートの男が立っているのが見えた。
「おいおい、嘘だろ?!」
そう言って止まるが時すでに遅し、コートの男は奏夢の前に立ってこう告げた。
「お前は余知奏夢だな?」
奏夢はここで否定することに最早否定が意味を持たないことに気付いた。
昨日の夢でも全く同じ事が起きたからだ。勿論足掻けるところは足掻いたつもりだが、結局無駄だった。
「余知奏夢、私と共に来てもらいたい所がある。」
「拒否しても連れていきますよね?」
「解っているなら素直に来てくれると嬉しいんだが」
奏夢は降参したように両手を上げ、ついていく意思表示をした。
「理解が早くて助かるよ。」
そう言ってコートの男は歩き始める。奏夢もそれに続く、この夏の暑い日にコートを着ていることは勿論会ったことも無い人に来てくれと言われてる時点で余り、イヤかなりまずい。
男は裏路地に入り、1つの扉の前に立つ。
そして扉に鍵を挿し込み、扉を開けた。その扉の向こうを見た瞬間奏夢は目を剥いた。とても裏路地にからは想像できないような、豪華な装飾品で彩られていたからだ。
扉の足元からは赤い絨毯が真っ直ぐに伸び、天井にはシャンデリアがぶら下がっている。絨毯の両脇には長椅子が絨毯に背を向ける形で幾つか置かれていた。
男はこれが当たり前、とでもいうかのように歩いて先に行っている。奏夢も暫く驚いていたが我に返り、男についていった。
「余知奏夢、君に聞きたいことがある。」
コートの男が前を向いたまま唐突に話しかけてきた。
「な、何ですか?」
奏夢はまさか話しかけられるとは思わずどもってしまった。
「君は予知夢をよく見るそうだね。」
奏夢としては、何で知ってるの!?といった具合だ。
しかし答えないわけにもいかず、奏夢は何と答えたものかと考えていると
「君のその力は、我々にとって非常に有益でね。」
奏夢は、疑問が頭の八割を占めている中何とか答えをひねり出した。
「えーと、我々とはどちら様の事でしょうか?」
すると、男はクスリと笑い謝った。
「ああ、すまない君はまだ何も知らされていなかったね。ここは俗に言う魔法使い達の会社、とでも言うべき場所なんだ。」
恐らく、この人は心の病気なのではないかと思われても仕方ない。いきなり魔法使いの会社等と言われて納得する方がおかしい。しかし、そうなのではないかなぁと、奏夢も思い始めていた。と言うのもさっきから歩いていると空飛ぶ絨毯に乗ったターバンを頭に巻いたアラブ人だの、水晶に向かってしきりに頭を下げて謝っている人が見えたからだ。もっと酷いのになると、大量の書類を持って歩いている女性が転んでしまいそうになったのだが書類は中を舞わず、中で静止し女性が中から書類を回収しているのを目撃したからだ。流石にこれには絶句してしまった。
「えーと、株式会社ですか?」
なんと間抜けな事を言ってしまったのかと頭をかかえかけたが、男は寧ろ機嫌を良くしたようだった。明るく笑い始めた。
「あっはっはっはっはっは!なるほど!確かに今の会社は株式会社が主流だね。しかし我々は派遣会社でね。しかも異世界に人材派遣を行っているところでね。」
機嫌を損ねなかったのは良かったが、またまた訳のわからない単語が出てきた。異世界?人材派遣?奏夢の魔法使いのイメージとしてはマンガやゲーム、アニメで出てくる感じのを思い浮かべていたが、今の魔法使いは魔導書に向かわずパソコンに向かっているのだろうか?
「奏夢君に聞くが魔法使いはいつ頃この世界に現れたと思う?」
「えーと、平安時代?」
その答えに男は驚いたのか、こちらをふりかえり、
「それも予知夢で解っていたのかい?」
と、聞いてきた。奏夢は首を横に振り、違うと答えた。男はまた前を向いて歩き始め、正解だ、と答えた。
「魔法使いがこの世界に来たのは丁度そのくらいなはずだ。その頃私も主の魔法使いと、この世界に来た。」
その答えに奏夢は驚きよりも、好奇心をそそられた。奏夢は歴史に強い興味を持っていたがその時代の人々の価値観や物の考え方は教科書に載っていない。
「そのときのこの世界はどんな感じでした?」
そう聞かれて、男は奏夢に聞かれるままに答えた。鎌倉幕府の始まりと終わりを、日本の歴史の醍醐味である戦国時代の大名の生きざまをその当時を生きた人から聞けるのだから歴史好きにはたまらない。人は、話せばそれを知っている人とただ知識として知っている人でものすごい差があるのだ。
「さて、そろそろ君を呼んだ理由を言おうか。」
奏夢がある程度満足したのを見計らって、男は奏夢をここに呼んだ理由を話始めた。
「魔法使いはこの世界とは違う場所、この世界の兄弟の様な場所に生まれた種族だ。この世界では機械やIT 技術が発達したが、別の世界では魔法が発達した。そして違う世界に行く技術を見つけたんだ。その力を使ってこの世界に来たんだ。しかしこの世界は外部の侵攻を許す気はないようで、我々は、元の世界に帰る事が出来なくなってしまった。そのような理由で、この世界に根を下ろすことを余儀なくされたんだ。これが私の半生だよ。」
長い話だったので、どこから聞けばいいのか混乱している奏夢だったが聞きたいところから聞いていくことにした。
「随分長生きされてるんですね、魔法使いはかなり長命なんですか?」
その疑問に今気付いたとばかりに、男は自己紹介がまだだったと言った。
「ああ、すまない私の名前はデラクシア、悪魔だよ。」
そう男は、デラクシアはそう名乗った。しかし私は悪魔です、と言われてもピンとこない。何故ならデラクシアは今までの事を除けばかなり歴史に詳しい人にしか見えないからだ。
「全くそうは見えませんが」
その事にデラクシア自信も気づいているようだが、気にするなと手を振った。
「そこでだ、我々魔法使いの派遣会社に就職してほしい。報酬はそこらの会社よりは遥かに弾もう。」
「ちょ、ちょっと待ってください!この会社って異世界に人材派遣をやってるんですよね?そんなことになったら家に帰れなくなってしまいます!」
奏夢は慌てて断ろうとするが、そこにデラクシアは悪魔的に痛いところを突いてきた。
「しかし、君は内心自暴自棄になりかけているのでは無いかね?何故なら進路も決まっていない上に何かの希望があるわけでもない。それなのに周りの友人達はどんどん自分の進路を決めていく。この際ここに入社してしまえば良いだろう。生活は保証されるし、お金は一杯もらえて、進路も決まる。これが君にメリットが無いと言い切れる理由は無いだろう?」
確かにメリットはある。しかしそういうことでないんだと、奏夢は言った。
「けれど、親や友人に心配をかける。そんなことになったら皆に迷惑だ!確かに進路が決まる上にその他の良いこともあるかもしれない。それでも皆に迷惑をかけることは絶対にしたくない!」
そう言って奏夢は精一杯反論した。
「そういう人は今までに数えられないほど会ってきた。君もその分類だね。それでも構わないが君はどうなんだ?今目の前で起こっている科学では証明し得ない奇跡の数々、それを忘れ元の世界に戻れるのか?」
その言葉に奏夢は視線をそらす。
「出来るわけがない。これからも誰にも迷惑を掛けずに生きていきると思っているのかね?人とは迷惑を掛け合って生きている生き物だ。君の人生なのに人に迷惑を掛けない為に生きていくのかね?そんな馬鹿らしい人生など生きる価値が本当にあるのか?」
「それでも、最大限迷惑をかけたくないんだ。そもそも何で俺なんだ!?別の奴で良いじゃないか!」
その答えにデラクシアはその通りだと、頷いた。二人の口論に周りの社員達も、二人を見ている。
「では、仕方ない。強制的に異世界にいってもらうしかない。そうすれば君の人生と考え方も変わるだろう。君のその力が我々にはどうしても必要なんだ。」
その答えに周りの社員達は、ああ、何時ものやり口だと囁きあった。奏夢は入口に向かって走るが、奏夢の周りに魔方陣の様なものがひかり始め、奏夢の姿がかすみ始める。奏夢は何か言おうとするがデラクシアの命令に遮られる。
「では、命令だ。余知奏夢、異世界に行ってきてそこから何か成果を持って帰ってきてくれ。と言うか異世界に行ってこい!そして成果を何が何でも持って帰ってこい!以上だ。」
そこで、家に返してくれ!と、言わず、成果って何!?と聞くところは余知奏夢の性格によるものだろう。奏夢の姿が魔方陣と共に消え、異世界に飛ばされると社員達は何事も無かった様に仕事を再開し始めた。そこに一人の女性がデラクシアの近くに歩み寄る。
「良ろしかったのですか?社長。あの様に強引なやり方で、しかもまだ子供です。」
その女性に振り返りながら、社長デラクシアはだからこそさと、諭す。
「ああいう、子供のうちに様々な知識を持っておけば困ることもないよ。」
そう言ってデラクシアは魔方陣のあった場所を見つめ、小さく呟いた。
「さぁ、頑張れよ若い社員、浅き夢見し魔法使い君♪」



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