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くろねこちゃん

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 ごしごしと頭を拭く少年が玄関に一人。ちなみに血が繋がってない上初対面だ。会ったのはつい数十分前である。

 魔力回収装置にぴったり10時間繋がれた私は、ふらふらになりながら帰路に着いた。
 普通に過ごしていても他人に影響を与えるほど魔力量が多いらしい私は皆の生活のため毎日魔力を搾り取られている。その分給料がいいとはいえ使う機会もないほどに毎日魔力を取られるのだから私の貯金は増えるばかりで一向に減る兆しが見えない。
 魔力がなければ水道が出ることもないし、物を温めることもできないため、いわゆる魔力を持たない人の家には回収された魔力が動力として送られるのだ。ちなみに裕福な魔法使いの家庭も使っている。糞食らえ。
 今日はあいにくの雨で傘をさしながらとぼとぼと歩いていたら、黒猫がぱったりと倒れていた。それを見捨てることもできず持ち帰って玄関に置いたらぼんっと人に変化した。……実にありきたりなファンタジーだ。
 彼がタオルを頭からのけると、ぴょこんと黒い猫耳が立った。ちらっとこちらに視線をやった。
「ホットミルク、いる?」
「……いる」
 猫耳がぴょこんぴょこんと左右に揺れた。

 彼の目の前にコップを置くと、さっと手にとって口をつけた。が、その瞬間コップから口を離した。猫耳がしゅん、と下に垂れ下がる。
 ふうふうとホットミルクを冷ましている。人の姿でも、猫舌は猫舌らしい。
 暫くすると、ちびちびと飲み始めた。
 いや、でも人の時のほうが猫舌は改善されているみたいだ。
「飲まないの」
 気がつくと、彼はじぃっと私のコップを見ていた。心なしか瞳が爛々としている。
「飲むよ。……もしかして、欲しいの?」
「ち、違う」
 ふいっと目を逸らしてまたちびちびと飲み始めた。

「ボク、立ちくらみをよくするんだけど、今日は特に酷くて倒れてたんだ。助かった、ありがとう。なんで人になっちゃったのかは分からないけど」
 飲み終えると、彼は眠そうに目をかきながら玄関へと行った。もう、出て行ってしまうらしい。
「もし、困ったことがあったらいつでも来てね」
 にっと笑うと、彼も笑みをこぼした。出会ってから初めて笑った気がする。
「うん、わかった」

 あれから、数ヶ月経ったが彼は来ていない。それどころか黒猫1匹見かけていない。あの日の出来事は夢か幻だったのかと思えるほどあやふやだ。
 でも、「ありがとう」なんて、久しぶりに言われてすごく嬉しかったから、夢じゃないといいなあと思う。
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