異世界行ったら勇者と魔王が従者になった僕は平和に暮らしたい

ぎんぺい

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二章

第二話 向かう者

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 そういえば、とヘレナに抱かれたまま、無苦朗はふと疑問に思ったことを口にした。

「どうしてハイネさんは最初、ヘレナをむりやり連れていこうとしたんですか?」

 最初、無苦朗は、ハイネのことをヘレナの敵だと思っていた。しかし、その後の様子を見るかぎり、ハイネがとてもヘレナに悪意を持っているようには見えなかった。だからなぜと疑問に思ったのだ。

「それは、でこざいますね……」

 ハイネが言い淀む。その目線は、頻りに無苦朗の顔の上、ヘレナへと向けられていた。

「いえ、僕もそこまで聞きたいわけじゃあないんです。ただちょっと気になっただけで」

 無苦朗はそういって話しを終わらせようとした。あまり話したくない内容なのだろうと思ったからだ。

「ハイネよ安心するがいい。今の我は、少なくともお主が危惧するようなことはせんよ」

 すると、ヘレナが意味深なことをいった。
 それを聞いてか、ハイネは肩を撫で下ろし、何も言わず一礼した。
 無苦朗の疑問がさらに深まったが、二人が納得しているようなのでよしとした。

「で、だ。これからどうするつもりだ魔王」

 その様子を近くから見ていたニコが口を開く。ニコは手頃な大きさの瓦礫に腰をかけていた。

「どう、とは?」
「カッ、とぼけおってからに。天魔四恐に狙われていると分かった以上、何も考えない汝でもあるまいッ」

 ニコはほとんど確信しているようだった。
 無苦朗にとっても、あるのなら是非、知りたいところだった。
 ライラックをなんとか退かせたのはいえ、ヘレナが狙われていることに変わりはないのだから。

「ヘレナ、もしキミに何か考えがあるのなら、僕にも教えてくれないか」

 無苦朗はどんなことでも協力を惜しむつもりはなかった。
「ういひとよの」とヘレナが小さく呟いた。

「え?」

 ヘレナがなんと呟いたのか、無苦朗には分からなかった。

「ニコに考えを悟られるようで、しゃくではあるがの。ムクローに求められては話すのもやぶさかではない。良かろう、教えてやろう我が計画を」
「カカッ! 名前で呼ぶな。汝の考えぐらいこの私には筒抜けよッ!」
「して魔王様、如何するのでございますか?」
「とにかく、我らにとって一番必要なのは時間。そのために我は『アルカディア』に向かおうと思う」

 ヘレナがその名前を出した瞬間、ハイネが目を見開いた。

「アルカディア――あの国へ行くのでありますか⁉」
「あそこが最も条件にあっとるからの」

 驚くハイネに対して、ヘレナは表情を変えず淡々していた。

「アルカディアとはなんなんだい? どこかの国の名前らしいけど」
「簡単に言えばムクロー殿、アルカディアとは妖精の国よ」
「妖精だって!」

 ニコが教えてくれたアルカディアの正体に、今度は無苦朗が驚く番だった。しかし魔族や巨人がいるのだから妖精がいても不思議はないと、気持ちは比較的すぐに落ち着いた。

「あそこの王とは旧知の仲での。向こうも邪険にはするまい」
「しかし、魔王様……」

 ハイネが表情は分からないが、心配そうな声を出す。

「何がそんなに気にかかることがある? それともあそこ以外に何処が適当なところがあるというのかの」
「魔界でございます! 魔界には魔王様の城があるでございます」
「残念ながら今の我があそこに帰ったところで意味はない。それに――」

 ヘレナが話すのをやめる。
 ハイネの目が一瞬、無苦朗を見ると、何かを察したようにハイネも口を紡いだ。

「もしかして、僕のせいかい?」

 何が、とまでは分からなかった。しかし、ふたりのやり取りで自分の存在が彼女らに負担をかけているのではないかと無苦朗は考えた。

「そのような顔をするなムクロー。心配せずとも我はもとより魔界に帰ろうとは思っとらんかったしの」

 ヘレナは無苦朗の頭を自分の前まで持ってくると、優しく微笑んだ。

「すまないヘレナ。なにか変なことを言ってしまったね」
「なに、気にしてはおらぬ」
「カカカッ! それでこそ魔王。そうでなくては面白くないッ」
「……なぜ貴女が喜ぶのでございますか?」
「決まっているッ! 魔王がおれば、こやつを狙う天魔四恐とまた戦えるからよッ!」

 ニコが口の端をつり上げ、その隙間から鋭い八重歯を覗かせた。

「……一瞬で負けたでございましょうに」
「ぬぅッ!」
「ニ、ニコ落ち着くんだっ」

 その一言にニコは眉をひそめ、ハイネへ鋭い眼光を飛ばす。ニコの性格的に喧嘩になるのでは、と思った無苦朗が待ったをかけようとした。
 しかし、ニコは表情を崩すと、カカカッといつもの特徴的な笑い声をあげた。

「たしかにその通り。だからこそ楽しいのではないかッ!」

てっきり怒るものと思っていた無苦朗に、これは意外だった。

「できれば、僕はあまり戦わないようにしたいんだけどな」
「諦めた方がいいの。あやつのあの性格は変わらん」

 死んでもの、と続くヘレナの言葉に、無苦朗はすごい説得力を感じた。

「ああ、でもムクロー殿がどうしてもというのなら我慢しますぞ」

 ニコがしおらしげな仕草をする。
 ニコには悪いが、それは絶対ないだろうなと無苦朗は思った。既に数回、制止を振りきっているわけなのだから仕方なかった。

「うん、ありがとうニコ。そう言ってもらえると僕も嬉しいよ」

 だが、おそらく自分のことを思ってくれての言葉なのだろうから、そこは素直に嬉しく思った。

「なあに、ムクロー殿のためならばこのニコ、どんな敵が来ようとも刹那でかたをつけましょうぞッ!」
「……言ってること滅茶苦茶でございますね」

 ははは、と無苦朗は苦笑いを浮かべた。

「おーいっ!」

 すると、どこぞから声が聞こえてきた。

「どうやら戻ってきたようだの」

 ヘレナが視線を声のした方へと向けた。無苦朗も同じ方を見た。
 ゴーズが腕を振ってこちらへ向かって歩いているところだった。その隣にはメーズもいる。
 彼らふたりは何かを引きずりながらやって来た。

「これはッ⁉」

 その引きずられたものはなんと、無苦朗と分離し、ライラックの技を受けたはずの、あの骨でできた体であった。

「キミたちが探しにいってくれたのか」
「そうだよ。たく、こんなクソ重いもん運ばせやがって」
「いやぁ、本当にあるとはビックリしたぜ」

 骨の体は汚れてはいるが、無苦朗が見るに特に損傷はないようだった。

「馬鹿者ォ! 汝らもっと丁寧に運んでこないカッ!」
「ひええ! すいません!」
「でもよ、この体なんの骨だか知らねえが妙に重いんだぜ! 俺たちだけじゃ持ち運べねえっすよ!」
「そうだよニコ。探して持ってきてくれただけでも僕は感謝してるよ」
「ぬう……」

 ニコが怒気を鎮める。

「というより、探しに行かせたのは我なのだが、我にはなにか感謝はないのかの」
「えっ、キミが彼らに?」

 ヘレナが頷く。

「あの骨装義体がそう簡単に壊れることはあるまいからの」
「そうだったのか……ありがとうヘレナ助かったよ。キミたちもね」

 無苦朗はヘレナの次に、メーズとゴーズのふたりにも感謝を伝える。

「いやいや、じゃあ俺たちはここで」
「けっ、……あばよ」

 ふたりは無苦朗たちに別れを告げると、背を向けた。そのまま歩き去ろうとするふたり。

「ちょっと待つがよい」

 それをヘレナがとめた。
 ギギギと油が切れたように、メーズとゴーズは同時に振り向いた。

「お主らのおかげて、色々と助かった。我からも礼を言おう」
「な、なんだ。そんなこといいんですよ!」
「魔王様の役に立てたことだけでも名誉っすから」

 それだけいうと、ふたりは安堵でふぅ、と息を漏らす。

「ふむふむ、そうか名誉か。――ならばもうひとつ我の頼みごとを聞いてはくれぬか?」
「「えっ」」

 一転、ふたりの顔から汗がふき出してくる。

「ヘレナ、できれば彼らにあまり酷いことはしないでほしいんだけど」
「なあに、このふたりならば喜んで頼まれてくれるだろうの」

 ククク、と喉をならすヘレナに無苦朗は、なによりメーズとゴーズは嫌な予感しか思い浮かばなかった。


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