16 / 26
二章
第二話 向かう者
しおりを挟むそういえば、とヘレナに抱かれたまま、無苦朗はふと疑問に思ったことを口にした。
「どうしてハイネさんは最初、ヘレナをむりやり連れていこうとしたんですか?」
最初、無苦朗は、ハイネのことをヘレナの敵だと思っていた。しかし、その後の様子を見るかぎり、ハイネがとてもヘレナに悪意を持っているようには見えなかった。だからなぜと疑問に思ったのだ。
「それは、でこざいますね……」
ハイネが言い淀む。その目線は、頻りに無苦朗の顔の上、ヘレナへと向けられていた。
「いえ、僕もそこまで聞きたいわけじゃあないんです。ただちょっと気になっただけで」
無苦朗はそういって話しを終わらせようとした。あまり話したくない内容なのだろうと思ったからだ。
「ハイネよ安心するがいい。今の我は、少なくともお主が危惧するようなことはせんよ」
すると、ヘレナが意味深なことをいった。
それを聞いてか、ハイネは肩を撫で下ろし、何も言わず一礼した。
無苦朗の疑問がさらに深まったが、二人が納得しているようなのでよしとした。
「で、だ。これからどうするつもりだ魔王」
その様子を近くから見ていたニコが口を開く。ニコは手頃な大きさの瓦礫に腰をかけていた。
「どう、とは?」
「カッ、とぼけおってからに。天魔四恐に狙われていると分かった以上、何も考えない汝でもあるまいッ」
ニコはほとんど確信しているようだった。
無苦朗にとっても、あるのなら是非、知りたいところだった。
ライラックをなんとか退かせたのはいえ、ヘレナが狙われていることに変わりはないのだから。
「ヘレナ、もしキミに何か考えがあるのなら、僕にも教えてくれないか」
無苦朗はどんなことでも協力を惜しむつもりはなかった。
「ういひとよの」とヘレナが小さく呟いた。
「え?」
ヘレナがなんと呟いたのか、無苦朗には分からなかった。
「ニコに考えを悟られるようで、しゃくではあるがの。ムクローに求められては話すのもやぶさかではない。良かろう、教えてやろう我が計画を」
「カカッ! 名前で呼ぶな。汝の考えぐらいこの私には筒抜けよッ!」
「して魔王様、如何するのでございますか?」
「とにかく、我らにとって一番必要なのは時間。そのために我は『アルカディア』に向かおうと思う」
ヘレナがその名前を出した瞬間、ハイネが目を見開いた。
「アルカディア――あの国へ行くのでありますか⁉」
「あそこが最も条件にあっとるからの」
驚くハイネに対して、ヘレナは表情を変えず淡々していた。
「アルカディアとはなんなんだい? どこかの国の名前らしいけど」
「簡単に言えばムクロー殿、アルカディアとは妖精の国よ」
「妖精だって!」
ニコが教えてくれたアルカディアの正体に、今度は無苦朗が驚く番だった。しかし魔族や巨人がいるのだから妖精がいても不思議はないと、気持ちは比較的すぐに落ち着いた。
「あそこの王とは旧知の仲での。向こうも邪険にはするまい」
「しかし、魔王様……」
ハイネが表情は分からないが、心配そうな声を出す。
「何がそんなに気にかかることがある? それともあそこ以外に何処が適当なところがあるというのかの」
「魔界でございます! 魔界には魔王様の城があるでございます」
「残念ながら今の我があそこに帰ったところで意味はない。それに――」
ヘレナが話すのをやめる。
ハイネの目が一瞬、無苦朗を見ると、何かを察したようにハイネも口を紡いだ。
「もしかして、僕のせいかい?」
何が、とまでは分からなかった。しかし、ふたりのやり取りで自分の存在が彼女らに負担をかけているのではないかと無苦朗は考えた。
「そのような顔をするなムクロー。心配せずとも我はもとより魔界に帰ろうとは思っとらんかったしの」
ヘレナは無苦朗の頭を自分の前まで持ってくると、優しく微笑んだ。
「すまないヘレナ。なにか変なことを言ってしまったね」
「なに、気にしてはおらぬ」
「カカカッ! それでこそ魔王。そうでなくては面白くないッ」
「……なぜ貴女が喜ぶのでございますか?」
「決まっているッ! 魔王がおれば、こやつを狙う天魔四恐とまた戦えるからよッ!」
ニコが口の端をつり上げ、その隙間から鋭い八重歯を覗かせた。
「……一瞬で負けたでございましょうに」
「ぬぅッ!」
「ニ、ニコ落ち着くんだっ」
その一言にニコは眉をひそめ、ハイネへ鋭い眼光を飛ばす。ニコの性格的に喧嘩になるのでは、と思った無苦朗が待ったをかけようとした。
しかし、ニコは表情を崩すと、カカカッといつもの特徴的な笑い声をあげた。
「たしかにその通り。だからこそ楽しいのではないかッ!」
てっきり怒るものと思っていた無苦朗に、これは意外だった。
「できれば、僕はあまり戦わないようにしたいんだけどな」
「諦めた方がいいの。あやつのあの性格は変わらん」
死んでもの、と続くヘレナの言葉に、無苦朗はすごい説得力を感じた。
「ああ、でもムクロー殿がどうしてもというのなら我慢しますぞ」
ニコがしおらしげな仕草をする。
ニコには悪いが、それは絶対ないだろうなと無苦朗は思った。既に数回、制止を振りきっているわけなのだから仕方なかった。
「うん、ありがとうニコ。そう言ってもらえると僕も嬉しいよ」
だが、おそらく自分のことを思ってくれての言葉なのだろうから、そこは素直に嬉しく思った。
「なあに、ムクロー殿のためならばこのニコ、どんな敵が来ようとも刹那でかたをつけましょうぞッ!」
「……言ってること滅茶苦茶でございますね」
ははは、と無苦朗は苦笑いを浮かべた。
「おーいっ!」
すると、どこぞから声が聞こえてきた。
「どうやら戻ってきたようだの」
ヘレナが視線を声のした方へと向けた。無苦朗も同じ方を見た。
ゴーズが腕を振ってこちらへ向かって歩いているところだった。その隣にはメーズもいる。
彼らふたりは何かを引きずりながらやって来た。
「これはッ⁉」
その引きずられたものはなんと、無苦朗と分離し、ライラックの技を受けたはずの、あの骨でできた体であった。
「キミたちが探しにいってくれたのか」
「そうだよ。たく、こんなクソ重いもん運ばせやがって」
「いやぁ、本当にあるとはビックリしたぜ」
骨の体は汚れてはいるが、無苦朗が見るに特に損傷はないようだった。
「馬鹿者ォ! 汝らもっと丁寧に運んでこないカッ!」
「ひええ! すいません!」
「でもよ、この体なんの骨だか知らねえが妙に重いんだぜ! 俺たちだけじゃ持ち運べねえっすよ!」
「そうだよニコ。探して持ってきてくれただけでも僕は感謝してるよ」
「ぬう……」
ニコが怒気を鎮める。
「というより、探しに行かせたのは我なのだが、我にはなにか感謝はないのかの」
「えっ、キミが彼らに?」
ヘレナが頷く。
「あの骨装義体がそう簡単に壊れることはあるまいからの」
「そうだったのか……ありがとうヘレナ助かったよ。キミたちもね」
無苦朗はヘレナの次に、メーズとゴーズのふたりにも感謝を伝える。
「いやいや、じゃあ俺たちはここで」
「けっ、……あばよ」
ふたりは無苦朗たちに別れを告げると、背を向けた。そのまま歩き去ろうとするふたり。
「ちょっと待つがよい」
それをヘレナがとめた。
ギギギと油が切れたように、メーズとゴーズは同時に振り向いた。
「お主らのおかげて、色々と助かった。我からも礼を言おう」
「な、なんだ。そんなこといいんですよ!」
「魔王様の役に立てたことだけでも名誉っすから」
それだけいうと、ふたりは安堵でふぅ、と息を漏らす。
「ふむふむ、そうか名誉か。――ならばもうひとつ我の頼みごとを聞いてはくれぬか?」
「「えっ」」
一転、ふたりの顔から汗がふき出してくる。
「ヘレナ、できれば彼らにあまり酷いことはしないでほしいんだけど」
「なあに、このふたりならば喜んで頼まれてくれるだろうの」
ククク、と喉をならすヘレナに無苦朗は、なによりメーズとゴーズは嫌な予感しか思い浮かばなかった。
0
あなたにおすすめの小説
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
収納魔法を極めた魔術師ですが、勇者パーティを追放されました。ところで俺の追放理由って “どれ” ですか?
木塚麻弥
ファンタジー
収納魔法を活かして勇者パーティーの荷物持ちをしていたケイトはある日、パーティーを追放されてしまった。
追放される理由はよく分からなかった。
彼はパーティーを追放されても文句の言えない理由を無数に抱えていたからだ。
結局どれが本当の追放理由なのかはよく分からなかったが、勇者から追放すると強く言われたのでケイトはそれに従う。
しかし彼は、追放されてもなお仲間たちのことが好きだった。
たった四人で強大な魔王軍に立ち向かおうとするかつての仲間たち。
ケイトは彼らを失いたくなかった。
勇者たちとまた一緒に食事がしたかった。
しばらくひとりで悩んでいたケイトは気づいてしまう。
「追放されたってことは、俺の行動を制限する奴もいないってことだよな?」
これは収納魔法しか使えない魔術師が、仲間のために陰で奮闘する物語。
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした
夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。
しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。
彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。
一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる