18 / 26
二章
第四話 通る者
しおりを挟む「ここが街か!」
「正確には街の門前でございますが」
無苦朗の隣に座るハイネが訂正する。
ふたりは現在、共に馬車の御者台で横並びに座っていた。
たしかにハイネの言う通り、いま無苦朗の目の前にあるのは街ではなく、見上げるほど高くそびえ立つ、頑丈そうな門であった。
「それでハイネさん。どうやって街に入るんですか? もしかしてこの大きな門を開けてもらうとか?」
「まさか、そんなわけないでございます」
ハイネがピッと門の脇を指差す。
そうですよね、と思いながら目を向けると、そこには通路があった。
高さは馬車が通れる程度のもので、入り口前には馬車や人が列をなしている。
普段はあの通路が使われているのだろう。そう思いながら無苦朗は、列に並ぶため手に持った手綱を引く。
(おい、強くひっぱんじゃねえよ!)
(ふりだけでいいんだからな、ふりだけで)
すると手綱の先、メーズとゴーズのふたりが批難をうったえてきた。周りの人に聞こえないようにしているのか、声を抑えながらだ。
(ごめん! なるべく気を付けるよ)
無苦朗も小声で返した。
いまメーズとゴーズにはそれぞれ手綱が付けられていた。ハイネ曰く、付けていないなんて周りから怪しまれるだけ、ということらしい。
馬車をひくだけならまだしも手綱なんて、と嫌がっていた彼らだったが、その訴えが届くことは残念ながらなかった。
申し訳ないと思ったが、他の三人から街に入るためと説明されたら、ふたりには涙をのんでもらうしかなかった。
「あまり待たされずに入れそうでございますね」
ハイネの呟きが聞こえた。
列を見ると、先程よりだいぶ短くなっていた。無苦朗たちの馬車が列へと向かってる間に、前で並んでいた人たちは既に街へと入ったらしかった。
たしかに、これだったらスムーズに行けそうだ。
しかし――。
無苦朗は瞳だけを動かし、隣のハイネを見る。
街に入る際に門で検問があることは聞かされていた。
検問とはつまり、危なかったり怪しかったりするものが街へ入らないかチェックすることだろう。
それを踏まえたうえで、無苦朗はハイネの格好を確認する。
般若の面にメイド服。
「? いかがしたでございますか?」
「あ、いえ」
視線に気づいたらしいハイネが、首を傾げた。
無苦朗は咄嗟にハイネから視線を外す。
それ、取らなくて大丈夫なんでしょうか。
そう聞きたかったが、無苦朗はやめておくことにした。もしや、とてもデリケートな理由があるのではと思ったからだ。
そもそも怪しいのは自分とて同じである。いまは服を着ているが、一皮むけばその下は骨の肉体だ。へたをすると、ファッションと言って誤魔化せる彼の面よりも怪しいのではないだろうか。
「ムクロー様、とりあえずご用は後回しに。次は私たちの番のようでございます」
無苦朗が頭のなかで悩んでいると、ハイネが耳元でささやいてきた。
すると、ちょうど無苦朗たちの馬車へ男が二人やってくるのが分かった。
あのふたりがここの検問官なのだろうか。どちらも鎧を着ている。鎧といってもニコのような重厚さはなく、軽装と呼べそうな代物であった。
「止まれ止まれ!」
検問官と思わしき男たち、そのうちの体の大きな方が声を張り上げ、とおせんぼするように馬車の前へ出てきた。
無苦朗たちが馬車を止めると、もうひとりの男が手に持ったボードに視線を落としながら、無苦朗とハイネが座る御者台へ近づいてきた。
「えーと、あんたらは、なに、商人しにきた――とかには見えないね。この街へは何しに?」
口調もそうだか、なんだか全身から気だるげな雰囲気を出している男だった。
「はい、私たちは旅行の途中でございまして、食料を買いにこの街へ来たのでございます」
「なるほどー」
ハイネがそう答えると、ボードを持った男はそこに挟まれた紙に、もう片方の手で持っていたペンでさらさらと何かを書いた。
そのあともいくつか質問されるが、ハイネが全て答えてくれる。
「おーい! 馬車にゃあ特に異常なしだ」
すると馬車の後方から声がした。馬車を止めた大きな男のだ。どうやら馬車周りの確認をしていたらしい。
「分かったあっ。んー、特に問題はないようだあ、ね」
ふう、と無苦朗は心の中で息をはいた。
不安だったハイネの格好や自分の体のことを聞かれなかったからだ。
お面くらい、この世界では普通なのだろうか。
「じゃ、あとは馬車の中身を拝見させてもらうんで」
「えっ!」
しまった、と無苦朗は思った。
いま馬車の中にはヘレナとニコがいる。それはいい、けれど内装が問題だ。馬車の中身が、外観とはまったく違う広さを持ったログハウスと誰が思うだろう。
怪しさ満点である。地下や天井裏などもあるから、何か危険物を隠しているとも疑われかねない。
そしたら最終的にヘレナが魔王ということがバレる可能性だって出てきてしまう。
「んー? どうかしましたか?」
「いやその、特に変わったものは入ってませんよ」
自分で言ってて情けなくなるほど下手な誤魔化し方だ。
「まあ、念のためですからあくまで、念のため」
こうなったら多少、怪しまれても良いから引き返そうか。
そう思い、無苦朗は手綱をギュッと握った。
「その心配は不要でございます」
すると、またもハイネが無苦朗の耳元へささやいてきた。
不要とはどういうことだろう。
「じゃあ、開けるぞ」
無苦朗が疑問に思っていると、馬車の後ろを開ける音がした。
「――あ! これは失礼しました!」
そしてすぐさま、閉じる音がした。
後ろにいた男が戻ってくる。
「どうだった?」
「女性ふたりが乗ってるだけで、あとは何も無しだ」
無苦朗はあれっ、と首を傾げた。
女性ふたりというのは、おそらくヘレナとニコのことだろうけど。何も無いだなんて。
「んー、後ろのふたりはさっき言っていた――」
「このかたの嫁でございます」
「えっ⁉」
ハイネがスッと手の先を無苦朗へ向けてくる。
どういうことですかそれは。
「くぅ、羨ましい。あんなお嬢さんふたりと」
「さっきのお話のとおりっと。じゃあ、問題ありませんわな。通ってよろしい」
そう言って、ボードを持った男がどうぞばかりに、 自分の横に向かって手を伸ばした。 手の先には街への入り口が見える。
いや、ニコならまだ分かりますけど、ヘレナは容姿てきにまずい気がするのですが。
『おーい、まだかよ』『待ってんだから早くしてくれ!』
後ろの方から声がしたので振り返ると、自分たちの後ろに列ができていた。
これはいけない。
「あー、すまんけど、後ろがつかえてるみたいだからさあ」
気だるげな声で言われる。
色々と思うところある無苦朗だったが、これ以上は邪魔をしていけないと思い、先を急ぐことにした。
「街で悪さはするんじゃあないぞ!」
「おいおい。すまんね変なこと言って、旅行、楽しんでちょうだい」
「ありがとうございます――じゃあ、行こう!」
無苦朗は検問官の男たちに会釈をし、笑顔で別れを告げると、メーズとゴーズへ声をかけた。
馬車が動き出し、徐々に加速していく。
「あの馬車の中身を変える魔法は、魔王様の意思ひとつでただの馬車に戻すことができるのでございます」
検問官たちとの距離が開くと、ハイネが無苦朗へネタばらしをしてきた。
「なるほど、それで中を見られても平気だったのか。あと、嫁というのはいったい」
「そろそろ抜けるようでございます」
誤魔化されたのか、無視されたのか、ハイネが前を向いて言う。
嫁うんぬんとはどういうことなのか聞きたかったのだけれど、あまり説明したくないのだろうか。
ハイネの真意が分からないまま、無苦朗も話しをやめて前を見る。出口がすぐそこまで迫ってきていた。
そして薄暗い通路を潜り抜けると、明かるい日に照らされ――
ついに、無苦朗たちは街へとたどり着いた。
「んー……」
「どうした? 検問を続けるぞ」
「いやね――随分とよくしつけられてるなあと思って、さ」
「?」
「……ま、いいか。さてお仕事お仕事」
0
あなたにおすすめの小説
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
収納魔法を極めた魔術師ですが、勇者パーティを追放されました。ところで俺の追放理由って “どれ” ですか?
木塚麻弥
ファンタジー
収納魔法を活かして勇者パーティーの荷物持ちをしていたケイトはある日、パーティーを追放されてしまった。
追放される理由はよく分からなかった。
彼はパーティーを追放されても文句の言えない理由を無数に抱えていたからだ。
結局どれが本当の追放理由なのかはよく分からなかったが、勇者から追放すると強く言われたのでケイトはそれに従う。
しかし彼は、追放されてもなお仲間たちのことが好きだった。
たった四人で強大な魔王軍に立ち向かおうとするかつての仲間たち。
ケイトは彼らを失いたくなかった。
勇者たちとまた一緒に食事がしたかった。
しばらくひとりで悩んでいたケイトは気づいてしまう。
「追放されたってことは、俺の行動を制限する奴もいないってことだよな?」
これは収納魔法しか使えない魔術師が、仲間のために陰で奮闘する物語。
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした
夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。
しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。
彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。
一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる