異世界行ったら勇者と魔王が従者になった僕は平和に暮らしたい

ぎんぺい

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二章

第四話 通る者

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「ここが街か!」
「正確には街の門前でございますが」

 無苦朗の隣に座るハイネが訂正する。
 ふたりは現在、共に馬車の御者台で横並びに座っていた。
 たしかにハイネの言う通り、いま無苦朗の目の前にあるのは街ではなく、見上げるほど高くそびえ立つ、頑丈そうな門であった。

「それでハイネさん。どうやって街に入るんですか? もしかしてこの大きな門を開けてもらうとか?」
「まさか、そんなわけないでございます」

 ハイネがピッと門の脇を指差す。
 そうですよね、と思いながら目を向けると、そこには通路があった。
 高さは馬車が通れる程度のもので、入り口前には馬車や人が列をなしている。
 普段はあの通路が使われているのだろう。そう思いながら無苦朗は、列に並ぶため手に持った手綱を引く。

(おい、強くひっぱんじゃねえよ!)
(ふりだけでいいんだからな、ふりだけで)

 すると手綱の先、メーズとゴーズのふたりが批難をうったえてきた。周りの人に聞こえないようにしているのか、声を抑えながらだ。

(ごめん! なるべく気を付けるよ)

 無苦朗も小声で返した。
 いまメーズとゴーズにはそれぞれ手綱が付けられていた。ハイネ曰く、付けていないなんて周りから怪しまれるだけ、ということらしい。
 馬車をひくだけならまだしも手綱なんて、と嫌がっていた彼らだったが、その訴えが届くことは残念ながらなかった。
 申し訳ないと思ったが、他の三人から街に入るためと説明されたら、ふたりには涙をのんでもらうしかなかった。

「あまり待たされずに入れそうでございますね」

 ハイネの呟きが聞こえた。
 列を見ると、先程よりだいぶ短くなっていた。無苦朗たちの馬車が列へと向かってる間に、前で並んでいた人たちは既に街へと入ったらしかった。
 たしかに、これだったらスムーズに行けそうだ。
 しかし――。
 無苦朗は瞳だけを動かし、隣のハイネを見る。
 街に入る際に門で検問があることは聞かされていた。
 検問とはつまり、危なかったり怪しかったりするものが街へ入らないかチェックすることだろう。
 それを踏まえたうえで、無苦朗はハイネの格好を確認する。
 般若の面にメイド服。

「? いかがしたでございますか?」
「あ、いえ」

 視線に気づいたらしいハイネが、首を傾げた。
 無苦朗は咄嗟にハイネから視線を外す。
 それ、取らなくて大丈夫なんでしょうか。
 そう聞きたかったが、無苦朗はやめておくことにした。もしや、とてもデリケートな理由があるのではと思ったからだ。
 そもそも怪しいのは自分とて同じである。いまは服を着ているが、一皮むけばその下は骨の肉体だ。へたをすると、ファッションと言って誤魔化せる彼の面よりも怪しいのではないだろうか。

「ムクロー様、とりあえずご用は後回しに。次は私たちの番のようでございます」

 無苦朗が頭のなかで悩んでいると、ハイネが耳元でささやいてきた。
 すると、ちょうど無苦朗たちの馬車へ男が二人やってくるのが分かった。
 あのふたりがここの検問官なのだろうか。どちらも鎧を着ている。鎧といってもニコのような重厚さはなく、軽装と呼べそうな代物であった。

「止まれ止まれ!」

 検問官と思わしき男たち、そのうちの体の大きな方が声を張り上げ、とおせんぼするように馬車の前へ出てきた。
 無苦朗たちが馬車を止めると、もうひとりの男が手に持ったボードに視線を落としながら、無苦朗とハイネが座る御者台へ近づいてきた。

「えーと、あんたらは、なに、商人しにきた――とかには見えないね。この街へは何しに?」

 口調もそうだか、なんだか全身から気だるげな雰囲気を出している男だった。

「はい、私たちは旅行の途中でございまして、食料を買いにこの街へ来たのでございます」
「なるほどー」

 ハイネがそう答えると、ボードを持った男はそこに挟まれた紙に、もう片方の手で持っていたペンでさらさらと何かを書いた。
 そのあともいくつか質問されるが、ハイネが全て答えてくれる。

「おーい! 馬車にゃあ特に異常なしだ」

 すると馬車の後方から声がした。馬車を止めた大きな男のだ。どうやら馬車周りの確認をしていたらしい。

「分かったあっ。んー、特に問題はないようだあ、ね」

 ふう、と無苦朗は心の中で息をはいた。
 不安だったハイネの格好や自分の体のことを聞かれなかったからだ。
 お面くらい、この世界では普通なのだろうか。

「じゃ、あとは馬車の中身を拝見させてもらうんで」
「えっ!」

 しまった、と無苦朗は思った。
 いま馬車の中にはヘレナとニコがいる。それはいい、けれど内装が問題だ。馬車の中身が、外観とはまったく違う広さを持ったログハウスと誰が思うだろう。
 怪しさ満点である。地下や天井裏などもあるから、何か危険物を隠しているとも疑われかねない。
 そしたら最終的にヘレナが魔王ということがバレる可能性だって出てきてしまう。

「んー? どうかしましたか?」
「いやその、特に変わったものは入ってませんよ」

 自分で言ってて情けなくなるほど下手な誤魔化し方だ。

「まあ、念のためですからあくまで、念のため」

 こうなったら多少、怪しまれても良いから引き返そうか。
 そう思い、無苦朗は手綱をギュッと握った。

「その心配は不要でございます」

 すると、またもハイネが無苦朗の耳元へささやいてきた。
 不要とはどういうことだろう。

「じゃあ、開けるぞ」

 無苦朗が疑問に思っていると、馬車の後ろを開ける音がした。

「――あ! これは失礼しました!」

  そしてすぐさま、閉じる音がした。
  後ろにいた男が戻ってくる。

「どうだった?」
「女性ふたりが乗ってるだけで、あとは何も無しだ」

 無苦朗はあれっ、と首を傾げた。
 女性ふたりというのは、おそらくヘレナとニコのことだろうけど。何も無いだなんて。

「んー、後ろのふたりはさっき言っていた――」
「このかたの嫁でございます」
「えっ⁉」

 ハイネがスッと手の先を無苦朗へ向けてくる。
 どういうことですかそれは。

「くぅ、羨ましい。あんなお嬢さんふたりと」
「さっきのお話のとおりっと。じゃあ、問題ありませんわな。通ってよろしい」

 そう言って、ボードを持った男がどうぞばかりに、 自分の横に向かって手を伸ばした。 手の先には街への入り口が見える。
 いや、ニコならまだ分かりますけど、ヘレナは容姿てきにまずい気がするのですが。

『おーい、まだかよ』『待ってんだから早くしてくれ!』

 後ろの方から声がしたので振り返ると、自分たちの後ろに列ができていた。
 これはいけない。

「あー、すまんけど、後ろがつかえてるみたいだからさあ」

 気だるげな声で言われる。
 色々と思うところある無苦朗だったが、これ以上は邪魔をしていけないと思い、先を急ぐことにした。

「街で悪さはするんじゃあないぞ!」
「おいおい。すまんね変なこと言って、旅行、楽しんでちょうだい」
「ありがとうございます――じゃあ、行こう!」

 無苦朗は検問官の男たちに会釈をし、笑顔で別れを告げると、メーズとゴーズへ声をかけた。
 馬車が動き出し、徐々に加速していく。

「あの馬車の中身を変える魔法は、魔王様の意思ひとつでただの馬車に戻すことができるのでございます」

 検問官たちとの距離が開くと、ハイネが無苦朗へネタばらしをしてきた。
 
「なるほど、それで中を見られても平気だったのか。あと、嫁というのはいったい」
「そろそろ抜けるようでございます」

 誤魔化されたのか、無視されたのか、ハイネが前を向いて言う。
 嫁うんぬんとはどういうことなのか聞きたかったのだけれど、あまり説明したくないのだろうか。
 ハイネの真意が分からないまま、無苦朗も話しをやめて前を見る。出口がすぐそこまで迫ってきていた。
 そして薄暗い通路を潜り抜けると、明かるい日に照らされ――

 ついに、無苦朗たちは街へとたどり着いた。




「んー……」
「どうした? 検問を続けるぞ」
「いやね――随分とよくしつけられてるなあと思って、さ」
「?」
「……ま、いいか。さてお仕事お仕事」



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