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八
しおりを挟む録れていた試合の時間は、ビデオを探す時間より、ずっと短かった。
「桜花さん」
「なんだよ」
「引っ越し先とかどうします?」
「後の話をしようとするなッ!」
◇
数分前のことである。
「いやあ、まさかあんなとこにあるとは思いませんでした。多分、別の資料を引っ張り出したときに、紛れこんじゃったんでしょうね」
「んな事より、早く再生してくれ」
「そう慌てないでください。今セッティングし終わりましたから」
河原戯はそう言って、目の前の機器を操作する。
今、探し出したビデオテープは専用のレコーダーに入れられていた。そのレコーダーの先は、大きさがまな板くらいあるタブレットへと繋がっている。
最初出してきたとき、それ使って録れよ、と言いたかった桜花だった。しかし、そこは我慢した。また演説でも始められたら面倒くさいからだった。
河原戯がタブレットの画面をタッチすると、映像が再生する。
まず映し出されたのは、学園の闘技場であった。闘技場はいくつも建てられているため、何処のかは分からない。
観客席から録っているらしく、闘技場の中央に設けられた円状のリングを、斜め上から見下ろしている視点であった。
「この時はなかなか良い席が見つからなくて苦労しましたよ。ま、最終的には絶好の撮影ポイントに行き着きましたけどね」
河原戯が懐かしそうに言う。桜花は特に何も言わず先を視る。
既にリングの中央では、対面する二人の学生の姿があった。一人は紫色のラインが入った三年用の制服を着ている。対するもう一人は、風紀委員用の青い上着を着ていた。
『只今より学年交流試合Bブロック、決勝戦を行います』
場内でアナウンスが流れ始めた。
『東より。三年、井沼慶次郎選手ゥ!』と流れると、映像がアップになり、井沼の姿を映した。
井沼は口を横一文字に閉じ、彫りの深い目からは鋭い眼光を放っていた。ツルリと輝くスキンヘッドは赤く上気し、煮だこのようになっている。気合充分といった様子だ。充分過ぎるとも言っていい。
「確か、このとき井沼さんは、公式試合四九連勝中で、試合前に、今日は記念すべき五○勝目だ、って息巻いてらしいんですよね」
「ほお、四九連勝たあ驚いた。それだけ強えって事か」
「そりゃあもう。何せ、これの一年前、前回の『闘驚祭』で、ベストフォーに残った猛者らしいですから。弱くないわけありません」
「が、記念の五〇勝目とはいかったんだろう?」
「おや、どうしてそう思うんです? この試合の結果、知りませんよね」
「お前がわざわざ馬郷のビデオだっつって、俺に見せるんだ。負け試合なわけねぇだろ」
「ええー。反対に負け試合を見せて、桜花さんを安心させようとしているのかもしれませんよお」
「そうなのか」
「いや、違いますけど」
「お前なあ」
桜花の顔がこめかみがピクピクと痙攣する。
こいつは一言多くねえと話せねえのか。
「はいはい、それより続きを視ましょう。井沼さんの紹介も終わったようですし」
そうして画面を見ると、映っているのは井沼ではなく、馬郷の姿があった。
『西より。一年、馬郷晶選手ゥ!』
紹介された瞬間、観客のどっと沸く声が、画面外から聞こえてきた。心なしか、いや確実に女の声が多い。
「いやあ、この時は流石、馬郷さんと思いましたね。女性人気が凄いのなんの。ま、容姿が容姿ですから、入学して速攻ファンクラブが出来るのも頷けますけどね」
隣の河原戯が要らん情報を与えてくる。
しかし癪だが、確かに女子連中が騒ぐのも納得できる。
画面の中の馬郷の風貌は、まさしく王子の異名に相違ないものだった。スラーと伸びた身長に、中性的な顔立ち、サラリと綺麗にカットされた青色の髪。まさしく、水も滴る良い男と言えよう。
言わねえけどな。
しかし、その目は、井沼とは正反対で、とても冷ややかなものだった。とても今から試合をするような男の目には見えない。
「……顔が良いからって強えわけじゃねえだろ」
「そのセリフ、絶対後悔しますよ」
『試合開始、十秒前です』
見ると、拡大されていた画面が、リング全体を映すくらいにまで戻っていた。リングの上空にある四面の大型モニターには、試合開始までの時間が表示されていた。残り一秒。
間もなく、カーンというゴングの音が響いた。試合開始である。
先に動いたのは井沼であった。
『ハァアッ!』
井沼は気合を上げると、全身から緑色の闘気を立ち昇らせた。その闘気は井沼を包み込むと、一瞬で硬質な質感をもつ物体に変化してい。あっという間に、井沼の全身は、上から下まで、緑色の鎧に覆われた。
「井沼さんの闘装は鎧型です。彼は《翠星》の二つ名でよく知られてます」
「《翠星》? どういう意味だ」
「見てれば分かりますよ」
鎧を纏った井沼が馬郷に向かって手をかざす。ピカッと光ったかと思うと、手から緑色の光線が放たれた。
真っ直ぐ馬郷に向かってく光線。馬郷はこれを紙一重で避けた。
しかし、放たれた光線は留まることなく、まるでピンと張られたロープのように放出され続け、避けた馬郷に襲いかかる。
「こりゃあ……」
「はい。これが《翠閃》と呼ばれる由縁です。井沼さんは周囲から光を集めることにより、その光量を増幅させレーザーを放つことができるんです。あたかも空を流れる星のように見えることなら――」
『故に《翠閃》。分かったか一年』
恐ろしく図ったようなタイミングで、動画の井沼が言った。どうやら、河原戯と同じような説明を馬郷にしていたらしい。
『なるほど。光が照らされ続けている限り、貴方に底は無い、ということですか』
ここにきて、初めて馬郷が口を開いた。光線を避け続けているだけの割には、淡々とした口調であった。
『その通り。そして、俺は一年だからと言って加減をする男でも、ないッ』
井沼はもう一方の手からも光線を放出した。しかもそれだけではない。井沼は足元からも光線を出すと、天、高々に跳び上がった。
『――ッ!』
さらに、空中の井沼の鎧に、砲門と呼ぶべき穴が出現した。その数、全身で数十個ヶ所以上。
それには馬郷も驚いたらしく、眉をひそめた。
井沼が眼下の馬郷に向かって咆える。
『ぬんッ、受けろォ!』
【 翠 星 群 】
その技が放たれたようとした瞬間、画面全体が真っ白になった。
「おい、丁度良いところなのに、どうしたんだよ。壊れたか」
「いえ、違いますよ桜花さん。これはただ、カメラのレンズが曇っただけです」
「曇っただ?」
桜花は小首を傾げ、画面をよくよく見ると、確かに曇っているだけのようだった。
「なんでまた急に」
「まあ、そう焦らずに。答えは直ぐ出ますから」
画面が徐々にクリアになっていく。
桜花は、その光景に目を見開いた。
画面の中央、そこには先程までには無かったものが存在していた。
なるほど、画面が曇るわけだ。
リングにあったのは、氷柱であった。しかもただの氷柱ではない。
氷の柱は根を張るように、リング全体を覆い尽くし、さらにその上の大型モニターまでを巻き込み、天井を貫かんばかりに、高々と聳え立っていた。
画面が氷柱に寄っていく。映し出されたのは、氷の中で輝く緑色の鎧、井沼であった。鎧からまだ光が放たれていたが、先程と比べると、とても弱々しく、ついには消失した。
映像は、そのまま氷柱を沿うように下っていく。根本と言える場所までくると、馬郷の姿を捉えた。
馬郷は試合前と同じく、その氷のような冷えた目で、井沼の辺りを見つめているようだった。
『そこまでェッ!』
試合を止めるアナウンスと同時に、カンカンカーンとゴングが鳴らされた。瞬間、氷柱がバラバラに砕ける。
砕けた氷が霧のように消えていく。
リングに残っているのは、倒れている制服姿の井沼と、それを見下ろす馬郷だけとなった。井沼は完全に気を失っているようだ。
間を置かずに、
『Bブロック決勝戦、勝者、馬郷晶ッ!』
というアナウンスが流れると、ワァー! という地鳴りのような歓声が聞こえた。そこで映像は止まった。
時間にすれば僅か三分、カップ麺ひとつほどの長さであった。
「……」
「……」
しばし沈黙したあと、河原戯が口を開いた。
「桜花さん」
「なんだよ」
そして冒頭に戻る。
◇
「いやあ、改めて拝見しましたけど、本当にとんでもですねえ。馬郷さんは」
河原戯はそう言って、テープをケースに戻す。
「これは、本当に覚悟決めてやらないと、って、なにグデーとなってるんですか」
桜花は、空気が抜けたかのように、床へ寝そべっていた。
「どうしたんです。さっきまでのちょっとやってやろうか感は、どこ行っちゃったんですか?」
「うるせえよ」
「まさか今の映像見て、根こそぎ戦意吸い取られましたか」
「うるせえよ」
指摘の通りであった。
強い強いとは聞いていたが、まさか、あれほどとは思わなかった。
「ああー、やりたくねえぇ」
「まったく、ちょっとはやる気出したかと思ったらこれですか」
やれやれと河原戯が肩を竦めた。
「まあ、戦う満々という桜花さんも違和感ありますけどね」
「あのなあ、俺だって好きで退学したいとは思わねえよ。やる気くらい出るわ」
「けど、それ以上に相手が強そうで凹んだと」
「ああー」と桜花はまた唸る。
「で、どうするんですか? 夕方には決闘なんでしょう。それまでその格好でいますか」
「んなわけねえだろ、っと」
体を起こす。
「どうするつもりですかが」
「決まってる――馬郷に止めてもらうよう頼んでくる」
桜花はクソ真面目な顔で言い放った。
「元々、俺の知らねえ間に決闘の申請が出されてんだ。来夢のやつが勝手に組んだんじゃなけりゃあ、出したのは馬郷ってことだろ」
「まあ、そうなりますかね。そう言えば桜花さん、貴方、馬郷さんと面識は」
「全く無え。お前の新聞だとかで見たくらいだ」
「じゃあ、どうして決闘なんか。何処かで恨みでも買いました?」
「俺の方が知りてえよ」
桜花は立ち上がった。そのまま部屋の扉へと向かう。
「なんにせよ、何もしないよりはマシだ」
「今から止めてもらうよう頼みに行くんじゃなければ、カッコつくんですけどね」
「ほっとけ」
桜花が扉の取っ手に手をかける。
「何処行くつもりです」
「決まってんだろ。馬郷のいる所、風紀委員署だ」
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