5人の幼馴染と俺

まいど

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観測

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 幼馴染がいる。
 可愛くて、飄々としていて、ぼんやりとしていて、怖がりで、怒りっぽい、5人の幼馴染が。
 いつも行動が突飛で、俺はそれにいつも振り回されている。
 

 違和感に襲われ目を覚ますと手首に手錠が付いていた。
 ベッドサイドと繋がったそれはしっかりとした作りで、ちょっとやそっとじゃはずれそうにない。
 見覚えのある部屋の中、一つの物陰が動いた。
 「おはよう」
 険のある声が響く。
 こちらを攻める様に発されたそれは、分かるよな?とでも言いたげなニュアンスを含んでいる。
 「……おはよう、イツハ。」
 「お前、昨日何してた?」
 ベッドの横に立ち、自然と俺を見下ろす形になる。
 イツハは俺よりもガタイが良いので見下ろされると威圧感がある。
 「昨日……?」
 記憶を辿るも、イツハに詰られる出来事など無かった様に思う。
 いつも通り学校に行って、授業を受けて、帰ってきた。
 家に着いて、食事をして、風呂に入って、勉強をして、眠った。
 そして目を覚ましたらここに居たのだ。
 「お前昨日告白されてたろ」
 「ああ……」
 記憶の片隅で消えかけていた出来事が浮上してくる。
 なんて事はない、単なる罰ゲームだ。
 物陰に隠れてこちらを見る人影や、どこか面白がる様な浮かれた空気から察して早々に辞退させて頂いた。
 だからイツハが気にする様な事など何も無いのだが、この幼馴染は俺が絡むと短気さに拍車がかかりがちだ。
 「なんでも無いよ、正直今の今まで忘れてた。」
 「っは!どうだか。」
 イツハはベッドに乗り上げると俺を押し倒し顔を覗き込む。
 「お前は俺達のものなんだ、逃げるなよ」
 子供が親に縋る様な必死さを感じ、少し笑ってしまう。そんな心配する必要ないのに。
 「逃げないよ」
 頭を撫でるとイツハは舌打ちをして部屋を出て行った。


 コンコンコン。
 ノックが響く、自分の部屋だろうに律儀な事だ。
 イツハだったら絶対にしないだろうな、と思いながら部屋の主を待った。
 少しして、返事をしていなかった事に気づく。
 「はい」
 ガチャ。程なくして扉が開き、シキが入ってきた。
 「ご飯、持ってきたよ」
 猫背を更に丸めて、おずおずと歩を進める。手元にはトレーに乗った食事を持っており、そこで俺は自分の空腹に気がついた。思えば昨日の夕飯から何も食べていない。
 「ありがとう、シキ。」
 「ううん……大丈夫?イツハに痛い事されてない?」
 恐々といった様子で尋ねてくるシキは、想像だけでも恐ろしいのだろう、声に怯えが混じっている。
 シキは幼馴染の中でもいっとう怖がりで、擦り傷程度でも大騒ぎするほどだ。
 「大丈夫だよ」
 トレーを受け取り、食事を始める。長い付き合いもあいまって、食事は好みの味付けがされていた。
 片腕での食事は食べにくさがあるが、その味付けは嬉しいものだった。
 咀嚼しながら、俺はある可能性にぶち当たっていた。
 「なぁシキ、これってさ。一瞬だけ外してくれたり────」
 「駄目。」
 冷え冷えとした拒絶だった。
 先程までの気弱な様子は鳴りを潜め、色の無い視線がこちらを射抜く。
 やはり駄目か、分かってはいたが。
 幼馴染のこういった強硬は往々にして全員の承諾を持って行われている。
 とはいえ、ここで折れる訳にもいかず言葉を重ねる。
 「じゃあもうちょっとこの鎖長くなんない?」
 「……なんで?」
 「トイレに行きたいから……」
 「あっ」
 折衷案としてシキがトイレまで付き合うという事で解決とした。
 そんなに警戒しなくても俺は逃げないのに、信用がないんだろうか。


 
 いつの間にか眠っていた。
 目を覚ますと、重たい塊が上に乗っている。
 「ミツキ……重い」
 ずっしりとした塊はこちらを一瞥すると、何事もなかったかのように睡眠に戻った。
 こうなっては梃子でも動かない事を知っている為、諦めて一緒に寝る事にする。
 目を閉じてじっとしているとミツキの体温に引きずられてか、段々と意識が沈んでいく。
 思考がくるくると移り変わり、幼少期の時分で止まる。
 小さい頃、隣の家からはずっと怒鳴り声が聞こえていた。
 俺はそれが嫌で嫌でたまらなくて、それで…………──暗転。
 
 ゆさゆさと何かに揺すられる振動で目を覚ます。眠りすぎて少し頭が重たい。
 「……起きた?」見ればミツキが心配そうにこちらを見ている。
 「魘されてた……」表情が変わらない為分かりにくいが、これは相当心配させてしまったようだ。
 「大丈夫大丈夫。ちょっと暑かっただけだから」額の汗を拭いながら答える。
 「そう……?」ミツキは未だに何か言おうとしていたが、結局何も言わず頭を撫でるだけだった。
 

 「や!」
 ミツキが部屋を出て行った後暫くして、大きな音を立ててニシキが入ってくる。
 「元気ぃ?元気だよね!」勝手知ったるといった様子で戸棚から菓子を取り出すと食べ始める。
 「……元気だけど」
 胡乱げな目で見遣るも、ニシキは俺の視線などまるで意に介さず飄々と言葉を続ける。
 「もう全然会えないから寂しかったよぉ……え?どのくらい経った?」
 ニシキは椅子を引き寄せ、どかりと座ると大仰に手を振り数を数える様な素振りをする。
 「2週間くらいか?……暫く見なかったけど、なんかあったのか」
 「あ~……閉じ込めた事あったでしょ」
 「ああ……」
 あれは珍しくニシキの独断だった。それほど長くは続かなかったが、軟禁には違いない。
 「それでイチイに『ずっと一緒にいたんだから暫く引っ込んでろ』って言われちゃってね。イチイってばマジギレでさぁ、消されるかと思ったよ。」
 「……なるほどな」
 そういった裏事情があったのか。しかし消すとは、穏やかじゃないな。
 「……嫌になった?」
 声色が変わる。先程とはまるで別人の様な響きを持って放たれたそれに、少し笑いながら伝える。
 「ならないよ。あの時も言ったけど……俺がお前達を嫌いになることは絶対に無い。」
 それは出会った時から変わらない、俺の唯一の絶対だ。
 「そっか……」
 それきりニシキは黙り込んでしまい、手持ち無沙汰になった俺はただぼんやりと天井を見つめた。


 隣家に住む家族は元は3人家族だった。
 ひとりっ子の幼馴染とは歳が近かった事もあり、いつも一緒に遊んでいた。
 それが崩れたのは幼馴染の親が離婚し、再婚してからの事だ。
 優しかった幼馴染の母親は豹変し、再婚相手と共に幼馴染に暴行を加える様になった。
 よく笑い、よく怒り、よく泣いていた幼馴染はいつしか空っぽになってしまった。
 
 「葵」
 ぼんやりとしていると声が掛かった。
 「イチイ」
 見れば深刻そうな顔をした幼馴染がいた。
 イチイは端正な顔立ちを歪め、懺悔でもするかのように声を絞り出した。
 「葵、頼むから、ずっとここにいて」
 「良いよ」
 俺が即答すると、イチイは信じられないものを見るような目でこちらを凝視する。
 自分で言ったくせに、まるで肯定されるとは思っていなかったかの様な反応だ。
 あるいは、拒絶されたかったのか。
 悲しい事ではあるが、死ぬまでに信用して貰えれば良いかと思考を切り替え、言葉を続ける。
 「イチイ、お前は拒絶されたいのかも知れないけど、俺がお前達を拒否する事は無いよ。」
 イチイ達が俺を必要とする限り、俺もイチイ達を拒絶する事は無い。
 歪んだ共依存の様に思えるが、これが俺と幼馴染の形だった。
 「葵がそんなだから……」
 イチイは苦しげに自分の胸元を掴み、苦悶の表情を浮かべる。
 「俺だけで良いって言ってよ、そうじゃ無いならもう、全員切り捨てて。葵を怒るのも、葵を心配するのも、葵と一緒に寝るのも、葵を閉じ込めるのも、俺だけで良いでしょ?」
 「それは……」聞けない、と思った。
 だって、全員俺の大切な幼馴染なのだ。
 ただ1の。
 

 幼馴染が度重なる暴行により精神を病み人格が分裂してしまった事を知ったのは、隣家から聞こえてくる叫び声にも慣れてしまった頃。
 あの日。いつもより大きな叫びが聞こえて妙な胸騒ぎを覚えた俺は、子供しか通れない抜け道を通って隣家を覗きにいった。そして、玄関から走り去っていく幼馴染の母親と、頭から血を流す幼馴染を見た。
 あの光景を思い出すと、今でも臓腑の冷える様な、嫌な感覚を覚える。
 急いで親の元に行き、救急車を呼んで貰って、病院で面会が許された時には、既に幼馴染は5人になっていた。
 

 「葵の事好きなのは、俺だけで良かったのに。」イチイが言う。
 どこか違和感を抱きつつも、自然に接したのは幼馴染の事が大切だったからだ。
 「1人で抜け駆けしようとするとか、イチイ人の事言えないんじゃない?」ニシキが言う。
 幼馴染がどうやら何人もいて、全員が自分に対して愛情を抱いていると知ったのはいつだったか。
 「全員ずっと、一緒。」ミツキが言う。
 バラバラになっても、俺の事を好きだと言ってくれる幼馴染を、俺は。
 「誰かのものになるくらいなら、俺たちで閉じ込めてた方が良いよ……」シキが言う。
 歪んでいて、子供じみていて、可哀想で、可愛い。
 「誰かに攫われるくらいなら俺が殺してやる」イツハが言う。
 歪な愛だ。

 「っ……やっぱり、俺以外なんていらない!俺以外消えれば良い──」
 「イチイ。」
 その歪な愛が、俺はいっとう愛しく感じるのだ。
 「イチイ、そんな事したら、嫌いになるからな。」
 「っなんで……」
 幼馴染を苦しめたくは無いが、それだけは譲れない。俺にも譲れないものはある。
 5人に分かれてしまったが、それが全て俺に向けられている以上、その気持ちは俺のものだ。
 幼い頃とは変わってしまったが、それが幼馴染から分離した感情である以上、消してしまうなんてそんな事は耐えられないし許せない。俺は幼馴染を抱きしめると、瞳を閉じた。
 「ごめんな」
 あたたかくて、愛しくて、こいつらを繋げる鎖があれば良いのに、と思った。
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