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5,お仕置き?
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翌日、朝早くにホテルを出ると、駐車場の前に黒塗りのセダンが横付けされていた。
(……えっ!?)
車の前で腕組みしている人物に見覚えがあり、類は思わず息を呑む。
艶のある黒いスーツに、すらりとしなやかな体つき。手には白い手袋。
黒髪からぴょこんと飛び出た飾り羽根が特徴のペンギン型獣人は、迎えに来ると言っていた"会社の人”だった。確か、名前は帝さんだ。年は30過ぎだと聞いている。
(なんでここがバレてるの!?)
類はホテルの真ん前で立ち尽くす。
「どしたー?」
一緒に出てきた“虎さん”が、あくびをしながら類の視線の先をたどった。
「げ! 帝ちゃん!?」
「えっ、知ってるの?」
共通の知り合いということになるのか。
ペンギン型獣人の帝はふたりの姿を銀縁眼鏡の奥の瞳で捉えると、ツカツカと革靴を鳴らして近づいてきた。
「虎牙部長、アナタという人は……! 会社の車でラブホテルに出入りするなんて。一体何をどう血迷ったらそんなことができるんですか!」
怒りに震える手が指さす先に、ベアマンバーの広告がデカデカと印刷された、白いラッピングカーが停まっている。
「さすが帝ちゃん、情報早えな」
虎さん……もとい虎牙部長が、苦笑いを浮かべた。
「取引先から朝イチで電話がありましたよ! おたくの会社はどうなってるんだって。しかも……。慌てて来てみたら一緒に出てきたのが社長のお孫さんって……。アナタ、私に刺し殺されたいですか」
「社長の孫って……」
虎牙部長が困惑顔で類を見た。
「ジョーダンきついよなあ!」
「…………」
「……え、マジで、類?」
「……………………」
類はそろりと目を逸らす。
だって、類も知らなかった。偶然出会った相手が、まさか逃げだそうとしていた会社の従業員だったなんて。
事実を知った虎牙部長はその場に固まっている。
類だってショックだ……。 逃亡の夢は朝露とともに呆気なく消えてしまった。
けれど、どうして気づかなかったのか?
それを考え、類はある疑問に行き着く。
「あのっ……えーと……。でも、ベアマンバーって他社の商品じゃ……?」
正面に立ちふさがっている帝に聞いた。
彼が答える。
「何を言っているんです。10年も前からベアマンバーは、我が社がライセンス契約をして製造販売しています」
「えっ?」
「『白熊乳業』が『ホワイトベアークリーム社』に社名変更したのがそのタイミングです」
「えー……」
逃げることばかり考えていて、会社のことを何も調べていなかった。そのことが悔やまれる。
「おい、類……!」
その場にへたり込む類を、隣にいた虎牙部長が引き起こした。
「虎さん……」
涙目になって彼を見つめる。ちょっと好きになりかけてたのに。
「見つめ合わない!」
すかさず帝に割って入られた。
「類さんは私の車に乗ってください。虎牙さんは早くホテルの駐車場からアレを出して! アナタの処分については、追って」
類はそのまま帝に引きずられ、セダンの後部座席に押し込まれた。
一緒に旅立つはずだった相手は慣れたハンドルさばきで車を転がし、呆気なくホテルの前を去っていく。
(あっ!)
最後、窓越しに目が合って、なんともいえない渋い表情を見せられた。
(ううう……虎さーん……)
小さくなっていくトラックを見つめていると、その視線の意味をどう取ったのか、運転席の帝が言ってきた。
「彼は厳重注意か、悪くとも2、3日の自宅謹慎で済むでしょう。アナタが一緒だったことさえバレなければ……」
「なんで? ぼくが一緒じゃダメなんですか?」
よくわからずに聞くと、帝は呆れ顔でため息をつく。
「ホテルはまずいです。社長のお孫さんに手を出すのはマズいでしょうし、何より、次期社長であるアナタをたぶらかそうとしたとしか思われません」
「次期社長……」
周囲はそう言っているが、類としてはまったく現実味のない話だった。
「前にも言いましたけど、ぼくは自分が会社で役に立てるとは思えなくて……」
「それとこれとは別の話です」
ピシャリと言われる。自分を卑下する言葉への、フォローの言葉は返ってこなかった。
「アナタがどう考えようと、社長はアナタに跡を継がせたがっていて、社内の者は皆それをサポートする立場です。中でも私は直接、社長から仰せつかっていますしね」
帝は冷たく言って車を発進させる。
車は海岸沿いの道を、滑るように走りはじめた。
「ぼくの意思は無視なんですか……」
類は心細い思いで、運転席にいる帝の頭の飾り羽根を眺める。
すると彼が、バックミラー越しにチラリと類を見た。
「アナタは自分の立場がまったくわかっていませんね?」
声に苛立ちが含まれて聞こえて、類はドキッとなる。
「ぼくの、立場……?」
「虎牙部長はあれで真面目な人ですよ。社用車であんな場所に行くなんて、きっとのっぴきならない事情があったんでしょう。私は大方、あなたが誘ったと見ています」
なんでかバレている……。
またバックミラー越しにチラリと見られた。
何も言えずにいる類に、帝は続ける。
「否定しないなら肯定と取りますよ? これからは絶対にやめてください。そうでなくてもこの街では、人間は、あらゆる興味の対象です。性的なことを含めて」
それは類も薄々気づいていた。
「アナタが立場を自覚しなければ、大変なことになります。わかりましたね?」
(そんなこと言われても……)
類も彼の言うことは理解できる。けれども納得はできない。
だったらどうして類をこの街へ呼んだのか。
「返事は?」
「は、はい……」
勢いに押され、骨髄反射で返事をする。
「わかってくれたならいいんです」
(え……?)
ミラー越しに見る彼の口の端が持ち上がった気がした。
「戻ったらお仕置きの時間です」
「えっ、お仕置き!?」
どうしてそうなるのか!?
「お仕置きって何……!?」
「まさかお仕置きの意味を知らないとでも?」
帝の口元は笑っている。
背中を寒いものが駆け抜けた――。
(……えっ!?)
車の前で腕組みしている人物に見覚えがあり、類は思わず息を呑む。
艶のある黒いスーツに、すらりとしなやかな体つき。手には白い手袋。
黒髪からぴょこんと飛び出た飾り羽根が特徴のペンギン型獣人は、迎えに来ると言っていた"会社の人”だった。確か、名前は帝さんだ。年は30過ぎだと聞いている。
(なんでここがバレてるの!?)
類はホテルの真ん前で立ち尽くす。
「どしたー?」
一緒に出てきた“虎さん”が、あくびをしながら類の視線の先をたどった。
「げ! 帝ちゃん!?」
「えっ、知ってるの?」
共通の知り合いということになるのか。
ペンギン型獣人の帝はふたりの姿を銀縁眼鏡の奥の瞳で捉えると、ツカツカと革靴を鳴らして近づいてきた。
「虎牙部長、アナタという人は……! 会社の車でラブホテルに出入りするなんて。一体何をどう血迷ったらそんなことができるんですか!」
怒りに震える手が指さす先に、ベアマンバーの広告がデカデカと印刷された、白いラッピングカーが停まっている。
「さすが帝ちゃん、情報早えな」
虎さん……もとい虎牙部長が、苦笑いを浮かべた。
「取引先から朝イチで電話がありましたよ! おたくの会社はどうなってるんだって。しかも……。慌てて来てみたら一緒に出てきたのが社長のお孫さんって……。アナタ、私に刺し殺されたいですか」
「社長の孫って……」
虎牙部長が困惑顔で類を見た。
「ジョーダンきついよなあ!」
「…………」
「……え、マジで、類?」
「……………………」
類はそろりと目を逸らす。
だって、類も知らなかった。偶然出会った相手が、まさか逃げだそうとしていた会社の従業員だったなんて。
事実を知った虎牙部長はその場に固まっている。
類だってショックだ……。 逃亡の夢は朝露とともに呆気なく消えてしまった。
けれど、どうして気づかなかったのか?
それを考え、類はある疑問に行き着く。
「あのっ……えーと……。でも、ベアマンバーって他社の商品じゃ……?」
正面に立ちふさがっている帝に聞いた。
彼が答える。
「何を言っているんです。10年も前からベアマンバーは、我が社がライセンス契約をして製造販売しています」
「えっ?」
「『白熊乳業』が『ホワイトベアークリーム社』に社名変更したのがそのタイミングです」
「えー……」
逃げることばかり考えていて、会社のことを何も調べていなかった。そのことが悔やまれる。
「おい、類……!」
その場にへたり込む類を、隣にいた虎牙部長が引き起こした。
「虎さん……」
涙目になって彼を見つめる。ちょっと好きになりかけてたのに。
「見つめ合わない!」
すかさず帝に割って入られた。
「類さんは私の車に乗ってください。虎牙さんは早くホテルの駐車場からアレを出して! アナタの処分については、追って」
類はそのまま帝に引きずられ、セダンの後部座席に押し込まれた。
一緒に旅立つはずだった相手は慣れたハンドルさばきで車を転がし、呆気なくホテルの前を去っていく。
(あっ!)
最後、窓越しに目が合って、なんともいえない渋い表情を見せられた。
(ううう……虎さーん……)
小さくなっていくトラックを見つめていると、その視線の意味をどう取ったのか、運転席の帝が言ってきた。
「彼は厳重注意か、悪くとも2、3日の自宅謹慎で済むでしょう。アナタが一緒だったことさえバレなければ……」
「なんで? ぼくが一緒じゃダメなんですか?」
よくわからずに聞くと、帝は呆れ顔でため息をつく。
「ホテルはまずいです。社長のお孫さんに手を出すのはマズいでしょうし、何より、次期社長であるアナタをたぶらかそうとしたとしか思われません」
「次期社長……」
周囲はそう言っているが、類としてはまったく現実味のない話だった。
「前にも言いましたけど、ぼくは自分が会社で役に立てるとは思えなくて……」
「それとこれとは別の話です」
ピシャリと言われる。自分を卑下する言葉への、フォローの言葉は返ってこなかった。
「アナタがどう考えようと、社長はアナタに跡を継がせたがっていて、社内の者は皆それをサポートする立場です。中でも私は直接、社長から仰せつかっていますしね」
帝は冷たく言って車を発進させる。
車は海岸沿いの道を、滑るように走りはじめた。
「ぼくの意思は無視なんですか……」
類は心細い思いで、運転席にいる帝の頭の飾り羽根を眺める。
すると彼が、バックミラー越しにチラリと類を見た。
「アナタは自分の立場がまったくわかっていませんね?」
声に苛立ちが含まれて聞こえて、類はドキッとなる。
「ぼくの、立場……?」
「虎牙部長はあれで真面目な人ですよ。社用車であんな場所に行くなんて、きっとのっぴきならない事情があったんでしょう。私は大方、あなたが誘ったと見ています」
なんでかバレている……。
またバックミラー越しにチラリと見られた。
何も言えずにいる類に、帝は続ける。
「否定しないなら肯定と取りますよ? これからは絶対にやめてください。そうでなくてもこの街では、人間は、あらゆる興味の対象です。性的なことを含めて」
それは類も薄々気づいていた。
「アナタが立場を自覚しなければ、大変なことになります。わかりましたね?」
(そんなこと言われても……)
類も彼の言うことは理解できる。けれども納得はできない。
だったらどうして類をこの街へ呼んだのか。
「返事は?」
「は、はい……」
勢いに押され、骨髄反射で返事をする。
「わかってくれたならいいんです」
(え……?)
ミラー越しに見る彼の口の端が持ち上がった気がした。
「戻ったらお仕置きの時間です」
「えっ、お仕置き!?」
どうしてそうなるのか!?
「お仕置きって何……!?」
「まさかお仕置きの意味を知らないとでも?」
帝の口元は笑っている。
背中を寒いものが駆け抜けた――。
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