あしあと

谷村にじゅうえん

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あしあと 1/1

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「先輩、あそこにいるかっこいい人誰ですか?」

隣に座る女性社員が俺のひじをつついてくる。
ここは都内にあるホテルの宴会場。
今日ここで俺たちは、会社主催の新年会に参加していた。
新年会は関東にある各支店合同のもので、当然知らない顔も多い。

「かっこいい人?」

何十人もいる中から、それだけの情報で人を判別するなんて無理な話だ。

「3列向こうの通路を歩いてる、背の高い……」

それでようやく、俺の目はその人物を捜し当てた。
遅れて来て席へと進んでいるその人は、遠目にも分かる整った顔立ちをしている。
彼の横顔を見た途端、心臓が変な音をたてた。

「ああ、あの人は……」

俺が口を開くより先に、2つ隣の席で年配の女性社員が声をあげる。

「知らないの!? 横浜支店の北畠さん。有名人だよ。営業成績1位で、去年も表彰されてた」
「えー、あんなかっこいいのに仕事までできるんだ……」
「あの顔だから営業成績もいいんでしょ。私、あの人に勧められたらなんでも買っちゃう。……あ、村上くん、北畠さんと知り合いだよね?」

その女性社員に聞かれる。

「知り合い? 去年の新年会で話して、そのあとSNSでちょっとやりとりしただけ」
「ちょ、先輩……! 紹介してくださいよ」

隣の後輩社員がまた俺のひじをつついた。

「あの人はやめておいた方がいいと思うけどな……」
「どうしてですか?」
「いや、結構遊んでるっていうか」
「……えっ?」
「初対面の人とホテルに行っちゃうような……あ、聞いた話だよ? 単なるウワサ」

ついウソをついてしまった、それも2つも。
北畠さんが初対面の人とホテルに行くような人間、というのは単なるウワサではなく紛れもない事実だ。
なぜそう言い切れるかといえば、誘われて行ったのが俺自身だからだ。
ちょうど1年前、今日と同じ新年会の夜のことである。
つまり「北畠さんとは新年会で話してそのあとSNSでやりとりしただけ」というのもウソになる。
事実としては「新年会」と「SNSでのやりとり」の間に「ホテル」が挟まってくる。

(なんであんなことになっちゃったんだろ……)

俺はテーブルの下でスマホを操作し、彼とやりとりしていたSNSを久しぶりに開いた。
やりとりは新年会の2カ月後、2月頭でぷつりと途絶えている。
たった1度寝ただけの関係だ、2カ月も話題があっただけ上出来かもしれない。
それなのに俺は、1年前の出来事をさらっと受け流すことができずにいる。
なぜなら俺はゲイでもなんでもなくて……。
あの人との夜があったせいで、当時付き合っていた彼女とも別れていた。
あの人のせいで、抱かれる喜びに目覚めてしまったわけだ。

(……くそう!)

3列向こうの席に座った北畠さんは相変わらず男前で、遠目に見ているだけで動揺してしまう。
ため息をついて手元に目を戻した時、俺はあることに気づく。
久しぶりに開いた俺のSNSの足跡欄に、北畠さんの名前が載っていた。

(な、なんで……)

やりとりは去年の2月で終わっているのに、あの人は2日前にも俺のページを覗いている。
余計な期待が胸にもたげる。
誘われるようにその名前をタップして、彼の近況をチェックした。
読んだ本の話、スポーツの話。そして相変わらずストイックに仕事をしている。
出張で行った土地の風景写真が何枚か。
恋人はいなさそう。
俺は何をチェックしているのか。
それから、俺が前に薦めた本の感想をいくつか見つける。
期待するだろう、やめてくれ。

(っていうか、ここ見たってバレたら気まずいよな? 俺の足跡消しておこう)

そう思って足跡の消去ボタンを押そうとした時。
ちょうどそのSNS経由でメッセージが入る。

『会いたい。このあと時間ない? 北畠』

心臓が止まるかと思った。
ドキドキしながら顔を上げると、3列向こうの席でスマホを振っている彼と目が合う。
営業成績1位の笑顔で、俺なんか落としてどうするのか。
でも今回もあの人に誘われてホイホイついていってしまうんだろうなあと、未来が読めている俺だった。

<終わり>
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