化け猫姉妹の身代わり婚

硝子町玻璃

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韋駄天

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「お願いします、ご子息! どうか私の娘をお返しください!」

 母親と思しきネズミが、目を潤ませて懇願する。

「どうぞ」

 蓮は足元に群がるネズミたちを踏み潰さないようにしゃがみ、子ネズミを母親の傍にゆっくりと下ろした。

「みんなでずっと探していたのよ! 今までどこにいたの!?」
「チュウ……ごめんなさい、お母様!」
「ああ、無事でよかったわ……!」

 抱擁し合い、再会を喜ぶ親子。その感動的な光景に、雅は朝の出来事を思い出した。

「今朝ドタバタ騒いでいたのは、そいつを探しておったからか……」
「雅さん、このネズミさんたちとお知り合いですか?」

 ネズミの頭を撫でながら、蓮が訊いた。

「知り合いも何も、こやつらは私たちの下僕……って、何を出て来とるんじゃ、お前ら! 早く逃げないと、鬼どもに捕まって……」
「……韋駄天ネズミだ」

 SPの一人がぽそりと呟く。他の者たちも、驚きを隠せない様子でネズミの集団を凝視している。

「イダテン? それはこやつらの名か?」

 首を傾げる雅に、蔵之介が彼らの正体を語る。

「韋駄天ネズミとは、神速の脚を持つとされるあやかしだよ。古くから時の権力者に仕え、主に諜報や要人警護の任に就いていた」
「ほほお。だから昔は江戸城に暮らしておったのか」
「暗殺とかも結構こなしておりました」
「やっぱこやつら、物騒じゃな」

 さらっとブラックな発言をするネズミに、雅は真顔になった。そして子ネズミが背中に巻き付けている布に気付き、怪訝な顔をする。

「それは……姉上のハンカチか?」
「そ、そうでしたっ! 皆様、大変でございます! 霞様が黒田に誘拐され、現在鬼灯政嗣の別荘に囚われております!」

 自分の使命を思い出した子ネズミが、霞の窮状を訴える。思いがけない知らせに、雅たちは表情を変えた。

「それは本当なのですね!?」

 蔵之介の後ろに隠れたまま、八千流が念押しする。

「はい。皆様、どうか一刻も早く霞様をお救いください」
「そんなこと、言われるまでもないわ。その別荘まで案内するのじゃ!」
「霞様の一大事でございます。我々もお供いたしましょう」

 意気込む雅に、韋駄天ネズミたちが同調する。八千流も夫の背中から出てきて、SPたちに命じた。

「あなたたちも、霞さんの救出に向かいなさい」
「了解しました」

 そのやり取りを見ていた雅は、ふんっと鼻を鳴らした。

「私たちだけで十分なんじゃがな。足だけは引っ張るでないぞ」

 そう釘を刺してから、大きく息を吸い込んで声を張り上げる。

「よいか、お前たち! 必ずや姉上を取り返すぞ!」

 韋駄天ネズミたちが雅を囲むように円陣を組む。その外側にSPたちも集まる。

「命を捨てる覚悟で、私についてまいれ!!」
「「「チューッ!!」」」

 雅の号令に応える韋駄天ネズミたち。その後ろで、屈強な男たちも「チュウ!」と雄々しく鳴いた。
 決意表明をして、雅たちが居間から去っていく。

「僕も行ってきます」

 蓮もその後を追いかけようとするが、

「蓮。あなたは残りなさい」
「何故ですか?」

 八千流に呼び止められ、蓮は不服そうな表情で振り向いた。

「政嗣たちは、決して霞さんを引き渡そうとはしないでしょう。どのような手を使ってくるか分かりません」
「……そうでしょうね」
「あなたの身にもしものことがあれば、本家の危機を招くことになります。屋敷で大人しく待機していなさい」
「…………」
「車の鍵をこちらへ」

 八千流が手を差し出しながら促す。

「……はい」

 蓮は溜め息をつき、懐から取り出した車のキーを八千流の手のひらに置いた。

「僕は部屋に戻っています。……それでは」

 蓮は一礼して退室した。息子の後ろ姿を見送った後、蔵之介が小声で言った。

「別に鍵まで取り上げなくても、よかったんじゃないか?」
「こうでもしないと、あの子は止められません。きっと霞さんを助けに行きますよ」

 苦言を呈する夫に、八千流は肩を竦めながら切り返した。


 
 雅は出発前に、厨房を訪れていた。

「おい、使用人。何でもいいから今すぐ甘いものを食わせろ」

 突然要求してきた雅に、使用人が用意したのはあんころもちだった。こしあんに包まれた餅が、皿に盛りつけられている。

「雅様、こちらでよろしいですか?」
「本当は洋菓子が食いたかったんじゃが……まあ、甘味に変わりはないか」

 雅は皿を受け取り、大口を開けて餅を頬張った。こしあんの上品な甘さが口の中に広がる。和菓子も悪くないと、雅はどんどん食べ進めていく。
 皿の上のあんころもちが半分ほど消えたところで、八千流が厨房にやって来た。

「こんな時に、あなたは何を食べているのですか……」
「今のうちに燃料補給をしているのじゃ」
「燃料補給?」
「念動力を使うのは、結構体力を消耗するからのぅ。それに腹が減っては戦はできぬと言うじゃろ」
「……確かに猫又族の異能なら、政嗣たちにも対抗出来るのでしょうね。ですが、あなたにも危険が生じる可能性が……」
「覚悟の上じゃ。姉上を助けるためなら、私は何だってするぞ」

 雅はそう言い切り、ぐびっと緑茶を呷った。八千流はその横顔をじっと見詰める。

「……一つお聞きしてもよろしいかしら?」
「ん?」
「あなたは何故、霞さんのことになると、これほどまで躍起になるのですか?」

 八千流の問いかけに、雅は動きをピタリと止めた。そして八千流と視線を合わせずに、問い返す。

「鬼ババは……姉上の足の傷痕を覚えているか?」
「ええ。相当深い傷だったようですね」
「あの怪我は、私が負わせたも同然なのじゃ」

 雅は自嘲気味に笑い、とうとうと過去を語り始めた。

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