新撰組~救いの剣~

クロウ

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働く

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 あれから私は小道具屋や風呂屋など色々な所で
昼夜を問わず働いていた。


女1人で生きていくのは想像以上に厳しい。
特に加恵の場合追われている身なので一ヶ所にとどまる
ことはできない。


幸か不幸か、加恵はシミ1つ無い白い柔肌に艶やかな
黒髪を持ちなかなかの美人だったため、
いくらみすぼらしい格好をしようとも素材の良さが滲み出て、あっという間にあの爺の耳に入る。


偽名を用いているとはいえ取れる手段は全て取るべきだ。せいぜい1つの店に10日間いれれば良い方だった。


 そんな苦しい暮らしではあったが、加茂川で出会った
男を仕事の合間、店の外を見て探すことが加恵の楽しみであり、心の支えとなっていた。


男は思いの外早く見つけることができた。


聞き覚えのある声がしたなと思い、聞こえた方向を向いた。意外と近くだったから甘味屋のお客さん?
客の声に耳を傾けているとどうやら総髪で優男風な人と
話している、寡黙そうな人が声の持ち主だと知った。


一緒に働いている人曰く、新撰組の斎藤一らしい。
彼が人切り集団と呼ばれている隊員とは思えないほど
あの夜は親切にしてくれた。
非情・残忍・殺人鬼と称されているが
私はそのどれにも当てはまっていないと思う。


確かに巡回中の斎藤さんの顔つきは鋭く、
少々厳しく感じるものがあるのは事実だが、
あくまでそれは隊務中の姿であって、
本来の斎藤さんの姿ではないと思っている。


事実、あの夜の斎藤さんはとても優しかった。




(今日も人と話していて気づいてもらえなかったけど、
まだ機会はあるもの。)




 机を布巾で拭きながら加恵は心の中で呟いた。


 巡察をする隊は定期的に変わっているようで、
また暫くすれば会えるだろう。


いつもふとした時に思い出されるのは銭を渡された時に
触れた手の温もりと別れ際に囁かれた言葉。
「素直に親切を受けろ。それが可愛い女だ。」だなんて
殺し文句を言われたら気にしないでと言われるのは
無理がある。


 微かに頬を染めていると「お妙ちゃん」と声をかけられた。数ある偽名のうちの1つである。




「ほんまに今日で辞めてしまうん?
お妙ちゃん、気立てがええし、よう働いてくれるから
ずっとうちにいてほしいって皆言うとるんよ。」


「お増さん。申し訳ありませんが事情があって……。」


「そうどすか。困った時はいつでもおいでやす。
うちでよかったらいつでも力になるさかい。」


「ありがとうございます。」




 お増とは年が近いこともあり、今までのどの人と
よりも親しくしていた。
共に過ごしたのは短い時間ではあったが、
お増を忘れることはないだろう。




「布巾を洗ってきますね。」




 口許をほころばせて、加恵は雑巾を持ち、
井戸へと向かった。
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