新撰組~救いの剣~

クロウ

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拐われた加恵と救出作戦

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 加恵の女中仲間のお花は息が絶え絶えになりながらも
必死で人混みの中を駆け抜けていた。




(さっき見たのは間違いなくお加恵ちゃんやった。)




 はぐれた後、ようやくお加恵ちゃんを見つけたと
思った直後、その姿は小路へと消えた。


何だろうと思って様子を伺っていると、
武骨な面構えをした武士の男が脇に加恵を抱えて
出てきて、大店へと入っていった。
暖簾にはーー増枝屋の文字。




(やっぱりお加恵ちゃん、追われてたんや。)




 前からそうではないかと薄々、お花は気づいていた。


 思えば加恵は外出時はいつもそわそわと落ち着きが
なかった。外出時は必ず誰かと同伴する。
話をふってもキョロキョロとしてばかりで
生返事を返すことが多かった。


屯所内で快活に振る舞う姿とは対比の如くの行動。




(あと少し、もう少しで………あっ。)




 門の前に差し掛かろうかという時、浅葱羽織袴姿の
隊士がお花の目に写った。




(ちょうどいい。この人に話して副長に取り次いで
もらおう。)




「あの……すい、ませ……」




 上手く声が出ない。走ってきたせいで息が乱れている。しかしそれでも声は聞こえたようで、
どうした、と隊士は振り向いた。


尋常でないお花の様子に隊士は瞠目し、
慌ててお花に駆け寄る。




「おい、大丈夫か。何があった?」


「一緒に出掛けた、女中仲間が、さ、拐われてしまって………確か、増枝屋、という所に……連れて行かれ
ました。」


「名は?」


「お加恵ちゃん。」



 加恵、の名に一瞬隊士は顔を強張らせたが




「承知。」




とハッキリとした口調で応えた。




「副長には俺から伝えておく。あんたは少し休んでいろ。女中頭に事情は話しておく。」


「ありがとう、ございます。」




 お花は早足に去って行く隊士を見て、
深く頭を下げた。




「ふう、気持ちいい。」




 井戸端で1人、沖田は手桶で水を浴びていた。
朝から平隊士に検出調練をつけた後、
汗だくになった体も今やすっかり冷えている。


手拭いで水滴をぬぐっていると突如、
どたどたと物々しい足音が聞こえてきた。
次第に音は大きくなる。
こちらに向かってきているらしい。


何だろう、と顔を上げた沖田の目には旧知である
同士の姿が飛び込んできた。




「あ、斎藤さん。斎藤さ………」




 声をかけたが斎藤さんは足を止めず、
縁側を通りすぎて行ってしまった。
気がつかなかったのだろうか。
否。それはかなりの至近距離だったからありえない。


いくら斎藤さんが無愛想な性質だと言っても、
訳もなく無視をするような冷たい男ではない。
そうであるならば。




(何か、あったんでしょうか。)




 不安に思った沖田は急いで着物を着ると、
悪いとは思いつつも斎藤さんの後をこっそり追うことに
した。




「世間は狭いな。」


「それはどういう意味ですか?」




 にやり、という形容がぴったりくるような笑みを
浮かべる上司を前に、新撰組監察山崎丞は困惑していた。


言葉の真意をはかりかねる。


が、1つ確かなのは上司ーー土方がこんな顔つきをして
いるときは大抵、腹中何か策を練っているときである。




「増枝屋、の名はお前から聞いたのが初めてじゃあ
ないんだよ。以前、女中の面接でその名があがってな。」


「面接、ですか。」


「そうだ。ーーおっと、お客さんだ。」




 土方の声に山崎は僅かに腰を上げた。
隊内でも山崎の立場は特殊で伍長以下の者には
その正体が伏せられている。




「副長、斎藤です。」


「何事だ?」


「加恵と申す女中が拐われたと耳にした。
連れ込まれた場所は増枝屋という名だと。」


「ーー奇遇だな。今、ちょうど山崎と増枝屋について
話をしていたところだ。」




 一瞬片眉をピクリとはねあげた斎藤を一瞥しながら
土方は話を続けた。




「少し前に長州が裏取引をしていることを知ってな。
困窮している長州にどうしてそんな真似ができる金が
あるのかと調べて分かった事実はーー
資金源として背後に増枝屋がいたから、という訳だ。」




 土方は振り返り、山崎の目を見据えた。




「以前面接で増枝屋の名をあげたのが先程拐われた
お加恵さんだ。」


「なんと………」




 山崎は瞠目した。「世間は狭いな」の言葉の意味が
ようやく分かった。




「お加恵さんの家は増枝屋に金を借りて借金地獄に
陥ったらしくてな。
今は全額返金して縁を切ったと言ったから採用した。
調べでも事実だと判明している。

増枝屋の蔵山はお加恵さんに惚の字で追っかけ
まわしていたらしいが、流石に新撰組に保護されて
いりゃあ手は出されないと思っていたんだがな。」


「ーーだが、蔵山は大胆な行動に出た。」


「余程お加恵さんに執着していたんだろうよ。
さて、この男。なかなか尻尾を見せねえが、
ここで1つの弱味が見えてくる。
その弱味とはなんだ、斎藤。」


「加恵。」


「そうだ。愛しい女を手中に収めた今、蔵山は浮かれている。」


「攻めるならば今が上策、と。」




 そう山崎が告げると、土方は満足げに唇を吊り上げ、
ああ、と一言もらした。


その時である。


かたり、と縁側から物音がした。
間者か、と気を張り詰める。
外に対して各々充分に気を払っていた。


今の今まで潜んでいた何者かは気配を消すのに
なかなか長けた人物のようである。


とはいえ直ぐに気づかれなかったことで
油断していたことが向こうの運のつきだ。


 斎藤は徐に鯉口を切り、山崎は懐剣に手を伸ばし
万が一に備える。


それを確認した上で土方は2人に一瞥を投げ、
互いに頷いた後、勢いよく障子を開けた。
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