新撰組~救いの剣~

クロウ

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加恵の救い1

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 漆黒の闇。その中でごそりと何かが動いた。
それと同時に辺りに埃が舞い上がる。
暫しの後、ごほっと咳き込んだ音が響いた。
ーー加恵である。




(ここは………)




 埃の臭いで目を覚ましたものの目の前は真っ暗闇で
己の現状が把握できない。
足首や手首に圧迫感があることから縄や何かで縛られているのだろう。


駄目元で足掻いてみたが余程きつく結ばれているのか
解ける気配はない。万事休す、である。




(あの狸爺、なかなか手荒な真似をしてくれたわね。)




 狸爺がこういうことをしたのは加恵が棒さえ持てば
大の男を叩き伏せることができるからだろう。
蔵山がどこからその情報を聞きつけたかはわからないが
五体満足にさせては危険だと判断し、縄で縛ったのだ。


しかし口を塞がれていないだけまだマシかもしれない。
いざとなれば叫んで助けを呼べる。




(さて、どうしたものか。)




 自力で脱出は不可能。今頃新撰組では加恵が消えた
ことについてどう思われているのだろうか。




(ーーどのみち、私は幸せになれない運命なのかね。)




 そこまで考えて心中にぽっかり穴が空いたような
虚無感が加恵を襲った。


 ついこの間まで新撰組で女中として働いていたことが
既に遠く去った過去のように思える。


束の間の幸せだった。




(でも、短い間だけでも、幸せな日々を送れてよかった。)




 暮夜の京。人通りがまばらになり始めた頃、
10数人の武士がそこを通る。
その先頭にいる男だけが着流しの町人風である。


身のこなしは軽やか。男は集団を先導していく。
この男は新撰組監察の山崎丞であり、
後ろに続くのが組長の斎藤一が率いる三番隊だ。




「斎藤さん、どないして攻めるつもりで?」




 山崎が不意に口を開いてそう聞いた。




「正面切って挨拶するつもりだが。」


「ひゃあ、おっかない。殴り込みと同義語でしょ、それは。」




 わざわざ無粋な言葉に言い換えておどける山崎。
上方に生まれる者は皆生来の才なのか、
何でも笑いのネタに変えてしまう。
山崎もこの例にもれず、ただ話しているだけで面白い。




「まあ、そうとも言うな。
俺が視線を引き付けているうちに裏取引の証拠品と
書簡の押収を頼む。」


「ああ、そういう策ですか。承知しました。
で、その間斎藤さんはお加恵さんを助ける、と。」


「その言い回しはよせ。」




 微かに斎藤の声に覇気がなくなったのをみてとり、
山崎は悪戯心が胸にわいた。




「今、照れてはるでしょう?」


「まさか。」


「直ぐに言い返すところが余計に怪しいで。
やっぱり斎藤さんもまだまだ年相応に初やねんなあ。」


「年相応とはどういう意味だ?」




 斎藤と山崎の会話が次第に盛り上がってきたので、
後ろに続く隊士もくすくす笑い出した。
組長の面目丸潰れ、である。


決まりの悪さに耐えきれなくなった斎藤がわざとらしく
咳をしたところでようやく笑いは収まった。




「そんな怖い目で見んといてくださいよ。
戦前の緊張をほぐそう、思うただけですから。」




 明るい口調でそう告げる山崎に斎藤の返事はない。
ちょっとおふざけが過ぎたかと山崎が謝罪の言葉を
口にしようとしたとき、




「俺は何も期待はせぬ。」


「え、期待ってなんです?」


「俺は以前加恵を突き放した。
沖田は両思いと言うが、そんな仕打ちをした男を受け入れるというのか。」


「しかしそれはお加恵さんを思って…………。」


「ああ。とはいえどう受け取られてるかどうかは
分からない。」




 そう言って視線をはずした斎藤の目は冷ややか
だった。




「俺は己の枷を捨てに増枝屋へ向かう。それだけだ。」




 そこて2人の会話は途切れた。
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