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伝説のケイトとして、三度目の人生を生きる覚悟

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ザザー、ザザー・・・

海辺だろうか、ここは。波の音?先程から聞こえるこの音は・・・。

少しずつ感覚が体に戻ってくる。どうやら私の三度目の人生が始まったらしい。まだ体が自由に動く事はないものの、それでもわかる。今回は0歳からではなく、成人に近いようだ。

ッ・・・!痛い・・・!

その瞬間、これからの私に必要であろう情報がさも最初からそこにあったかのように私の意識の中に鎮座する。そして体も動くようになった。


・・・名はケイト、歳は18歳。それまでの記憶なし。今倒れている場所は猫の国ガータ。私はガータの伝説に出てくるケイトとして迎えられ、人のおさの伴侶となる。その2人が国をより繁栄させ、栄光を導くだろう・・・


記憶や意識もある程度固まり、体も動くようにはなったが、だからと言ってどうする事もできず、とりあえず座って海を眺めていた。すると、離れた場所から少し怯えた様子の男性に恐る恐る声をかけられた。

「あの・・・。失礼ですが、お名前は・・・?」
「・・・ケイトです。」
「・・・やはり。お迎えを寄越しますので、そのままお待ちください。」

猫の国とは言っていたが、みんなが猫という訳ではないようだ。今の人は明らかに人間だったし、言葉も通じた。少しだけ記憶が蘇る。とは言ってもケイトの記憶ではなく、一度目と二度目の人生の記憶だ。

一度目の人生は一番文明が進んでいた気がする。皆が当たり前にスマホを持ち、その中に膨大な情報を抱えた。常に新しいコンテンツが溢れ、人々はその中に世界を求めた。文明は発達していたが、人間同士の繋がりや喜怒哀楽はうまく機能していなかったように思う。それでもそれなりに楽しい人生だった。だが、気まぐれで出かけた登山で蜂に二度刺され、呆気なくアナフィラキシーショックで死んだのだった。どんなに文明が発達していても克服できないものがまだあったと言う訳だ。

その後、はざまの世界で桔梗と名乗る番人に花畑で出会った。あれは俗に言うところの黄泉よみの花畑だったのだろう。そこで色々と話を聞いてもらった後、次に生まれ変わる先での希望を3つまで聞いてくれると言われ、答えた。

二度目の人生は条件が叶えられた状態で0歳から始まった。ただし、偏った条件を指定してしまったのが、その逆だったのか・・・。その前の人生と正反対に喜怒哀楽が溢れた世界に生を受け、主に怒哀を浴びて、最終的に弟と投身自殺をした。

気がついたらまた満開の花に囲まれた状態で桔梗と話していて、はざまの世界にいた。こうも何度も来る場所なのかと思っていると、やはりそうではないらしい。若干あちら側に不備があったようで、次は5つまで希望が叶えられるとの事だった。しかも必ず幸せエンドになる事を約束するとのお墨付きまである。実際、私にできる事と言えば、その5つの願いをきちんと考えて伝える事くらいで、転生を断ったり、そのまま間はざまの世界に居座ったりする事はできないようだった。

条件の一つ目が18歳スタート。
前回の人生が17歳で終わっていたから、ちょうどいいと思ったのだ。前々回は40歳。寿命が分からない以上、18歳ならば、多少の無理も効くのではないかと考えた。だから前回の続きの年齢からのスタートにしてもらったのだ。赤ちゃんから始めてもいいが、それではなかなか時間がかかって、もどかしくて仕方ない。自分で何かできるようになる前に政変や戦争が起こりでもしたら、それこそまたしても桔梗と話す事になってしまう。別にそれはそれでもいいが、そうでないエンドを迎えてもみたい。

条件の二つ目と三つ目はその国に馴染める心身と言語能力。
言葉がちゃんと扱えれば、ある程度の水準の生活と安全は保たれるだろうと考えたのだ。手足を動かしてみたり、体を触ってあちこち確かめたりしてみたが、特に問題はなさそうだ。太っているでも痩せているでもない、身長もそこそこあり、外反母趾でもない。爪の大きさは指に対して適切なサイズだし、視力も良さそうである。海辺からの風景がしっかりと見えていて、海岸沿いの街にある看板などの字も問題なく読める。自身の尺度による美しさや体型では転生先に馴染めない可能性があったから、”その国に馴染める”という修飾は重要だった。人の歴史の中でも美的感覚は移ろいが激しい。もし他民族、今回のように種族を超える場合、またその尺度は異なる。そこは事前にクリアにしておきたかった。

条件の四つ目は自活できる能力。
これこそ普通なのかわからないが、私には二つ前までの人生の記憶がある。全く違う容姿、言語、国ではあるが、全て問題なく記憶として私の中に格納されている。言うなれば、今回は3冊目の図鑑が記され始めたと言うところか。1冊目、2冊目もそれなりに色々な経験や知識、情報で溢れている。伴侶のいかんは別に問わないが、自分の足で立って、何かあっても自分で暮らしていける生活力が欲しかった。そしてそれはその国での倫理観にも直結する。どんなに私が役に立つ知識を持っていたとしても、それがあまりにも常識を超越したり、倫理を覆すような事になれば、改めての魔女裁判になってしまう。そう何度も崖から落ちたくはない。

最後の条件は愛し愛される相手。
性別や種族はもはやどうでもいい。だが、愛する人に愛されて、生涯を共にしたかった。それは今までの記憶がある人生では叶わなかった。一度目は飼い猫のトムを愛してはいたが、意思の疎通はできていない。好きではあったろうが、それは餌をくれるから好き、だった可能性が非常に高い。二度目は弟を愛していた。が、それは兄弟愛でまた違うものだろう。何より17歳だったし、本当の愛を知る前に命尽きたとも言える。だから今度は私も誰かを愛して、その誰かに同じように愛されてみたい。そう思ったのだ。

だから私はこの国で、ケイト・シーとして全力で生きる。
今までの人生で果たせなかった全てをこの人生で謳歌して、幸せに死んでやる!

黒く艶々とした毛並みの猫の王様にこの国に伝わる伝説と私の伴侶となる人の説明を聞きながら私は心に決めた。できればいつか王様でなくとも、王族の方をもふもふさせていただきたいが、それは私がここで伝説通りにお役に立てれば叶う事なのかもしれない。

私にできる事は何だろう。
今私がここで、この国で、このもふもふの君主のためにできる事は何かあるだろうか。

コンコン・・・

・・・陛下。執事長のアンドルーでございます。お呼びでしょうか。

さあ、この国を生き抜く為の伴侶となる人との対面だ!
私の全てをかけた新しい人生が今出会ったこの人と一緒に幕を開ける。
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