生まれ変わったその先は猫の国ガータ

あろえみかん

文字の大きさ
7 / 8

胃袋を掴まれた王様と生まれた信頼

しおりを挟む
緊張した面持ちのケイトとそれに付き添うアンドルーが試作品を手に王様の執務室をおとづれた。

「陛下。新しいお食事のメニューを考案いたしました。お試しいただけませんでしょうか?」
「ケイトか。前回のトイレ改革は素晴らしかったぞ。臭いも解消されたし、使う我々もメンテナンスをする使用人もメリットしかなかった。褒美をやるから、何か考えておきなさい。」
「もったいなきお言葉です。ありがとうございます。」
「良い良い。本当に助かったのだ。私もだが、王妃も娘も他の王族も皆驚いておるほどだ。まだ我が国に来て日が経っておらんのにこの成果。そして今度は食事とな。一体どのようなものを考案したのだ?」
「はい。陛下はお魚を召し上がられた事はございますか?」
「魚とはあの川とか海とかに住んでおるあれか?知ってはいるが、食べるものとして認識した事がないな・・・。あれを食べるのか?」
「はい。私が他の人生の記憶を持っている事は前にお話ししたかと思いますが、一番古い記憶では王族にとてもよく似た種族と生活を共にしておりました。先ほどお褒めいただいたトイレ砂に関してもその時の記憶をベースにこの国で手に入る材料で作ったのです。今回もその時の記憶を頼りにいたしました。魚に関してはスカイ先生にもご意見をいただいて、監修いただいております。猫族の方々が口にされても問題ない事は確認済みです。私とアンドルー様も試作中に沢山口にしましたが、とても美味でございました。今回はその中のシャケリーベトポスをお持ちしております。」
「シャケリーベトポス・・・。書物では読んだ事はあるが・・・。して、それをどのように食べるのだ?」
「はい。今回は2品お持ちいたしました。1品目はきのこ出汁だしでシャケリーベトポスを煮たものです。スープ仕立てにしております。2品目は蒸したシャケリーベトポスを潰してフレーク状にして、少量の野菜スープと混ぜた後に、緩く寒天で固めております。寒天は海藻の一種で城下でも広く食べられております。そしてこちらが今回の目標としたところの食材としてのシャケリーベトポスでございます。今回は調理例としてそちらの2品をお持ちしましたが、今後の展開としてはそのままでもお召し上がりになれ、そしてそこからの調理にも耐えうる素材としての提案を考えております。素焼きとオリーブオイル焼き、スープ煮、蒸しものの4種類です。今回の料理の1品目はスープ煮にきのこ出汁だしを足したもの、2品目は蒸したものを使っております。もしよければ、こちらの素材も一度お試しください。」
「おお、なるほど。ではまずスープから試してみるか。味の想像がつかんが・・・。」

そう言いながらも既にスプーンを手に目をキラキラとさせる王様を前にケイトとアンドルーは少しほっとする。好奇心はありながらも、それでも初めての素材に恐る恐るまずはペロリとひと舐めする。

「ナッ!これは、いつものきのこスープに味わいが足されておる。これがシャケリーベトポスの味なのか?どれ、身も食べてみよう。ナッ!!美味しい!!歯応えも良いし、何より味が美味しいな!何というか、今まで食べていたものとは全く違う食感なのだな。美味い、美味いぞ!」

感嘆しながら、目を見開いて次々とスプーンを進める王様はペロリとスープを平らげ、寒天ゼリーにも手を伸ばす。

「ナッ!!これも美味しいな!つるんとしているから元々好きな食感だが、そこにこのシャケリーベトポスが合うのか。なるほど・・・。もっと食べられればいいのだが、何分なにぶん一度に沢山食べられない種族でな。それにしても美味しかった。お、素材と言っていたか。これはこれでそのままで美味しいな!小腹が空いた時にも良さそうだ。スープ煮は食事向きかもしれんが、蒸したものや焼いたものなら簡単に食べられそうだ。これはいいな。いいぞ!うまい!」
「陛下のお口に合ったようでよかったです。安心しました。もしお気に召されたのでしたら、食事の献立に加えてもらうように致しますがいかがですか?」
「うむ、アンディ。明日から食事にはシャケリーベトポスを追加するように調理場に伝えておいてくれ。これは想定を超えて美味しいものだぞ!」
「承知しました。ですが、調理場はまだ魚の調理に慣れませんので、ケイトの方でしばらくは対応いたします。簡単に調理に加えられるようになれば、通常のお食事にも追加できるでしょう。今回はまず陛下に気に入っていただけるか、がポイントでしたので。」
「確かにそうだな。わかった!ではケイトにしばらくは頼むとしよう。料理でもいいが、この素材の方を毎食つけてくれるので十分だ。料理の形にするのはクロワが慣れてからで良い。よしよし。ケイト、こっちへ来い。」

王様は足元にしゃがんだケイトに頭をすりすりと擦り付けた。ゴロゴロと喉を鳴らしている。それは王様からの最上級の感謝表明だった。その様子を見た使用人達はギョッと驚き、たじろいだ。そんな時でも動じなかったのはアンドルーとケイト位。ケイトは動じてはいないものの、あまりにも嬉しくて王様を抱きしめてしまったので、それに関しては王様にやんわりと拒否されていた。その様子に気がついたアンドルーが笑いを堪えながら2人の元に寄っていって、興奮するケイトをふんわりと王様から引き離したのだった。

*****

王様は出された食事をペロリと平らげた夜、とても満足そうに目を細めた。
ケイトが現れてはや一年。今までも大きく困っていた訳ではなかったが、それでもケイトが示してくれた新しい可能性で生活が大きく改善した。トイレ砂に至っては、同じ特性を持つ別の獣族が噂を聞きつけて商談が始まっていると聞くし、その素材特性を活かしてトイレ以外にも素材としての販売をしてくれないかとの話もあるそうだ。ガータは長らく他国との交易は最小限だった。特に困る事はなかったし、王族も特に外の世界に興味はなかった。国は貧しくはなかったが、他国に誇れるほどに豊かな訳でもなかった。大地が肥沃であった事、国民がのんびりとしていた事に助けられていたのかもしれない。もし血気盛んな民族であったならば、この生活は保てていなかった可能性がある。他国との関係が最小限で済んでいるのはこの容姿に大いに感謝するべきところではあるが、そうであるとの前提を先代が一度内外に示した事でその後に続く私のような王が大きな行動を起こさずして今好きに暮らせているのだ。変わらない事もいい、だが、ケイトのように変わる事で皆をより幸せにする事もできる。今あるもので満足するのも大事だ。だけれども、それに甘んじる事なく、より良いものを民と求めていけるならそれも悪くないだろう。

今回ケイトが人の可能性を大きく広げた事も面白かった。今まで学ぶ事がメインだった国民がその知識を使って新しくモノや機会を生み出し始めた。家業でなければ何か商売をする事はなかったのに、ロロやキースの活躍を見て同じような若者達が自分たちにもできる事はないかとケイトを慕っていく事もあるらしい。診療所で表情の固かったスカイまでもうまく巻き込んで見事に雰囲気を柔らかくした。今では診察の時でもよく笑う顔を見る。

伝説のケイトは物怖じせずチャレンジする事を指針としているかのように、今日も何か新しい事はできないかと大きな目をくりくりとさせて、弾けるような笑顔で周囲をその渦に巻き込んでいく。立場的に人を動かすだけでも問題はないのに、自ら進んでどの工程にも入っていき、率先して行動を起こす。そして責任を取るような問題になれば、矢面に立とうとする。そこまでする必要はないのだが、性分なのだろう。

面白い奴だ。心の底でどこかちゃんと信じる事ができていなかった自分の国に伝わる伝説もそう悪くはないと、改めてそう信じられた事もまた王様の心をホッとさせ、じんわりと温かくさせるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

処理中です...