子龍現界記

ほがり 仰夜

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納涼

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 涙一粒星にして、きみにあげる。永遠に、永遠に、寄り添うように。星々が肩を寄せることはないけれど、私がいることをきみは忘れないよ。

 子龍のリウセイは夏の終わりを嗅ぎつけた。薄い四季の、さらに曖昧な境目をなぞって遊んでいる。
「暴いてはならないものを引っ張り出すなよ」
 境界を踏んづけて歩くようなことをしてはならないと、日頃八十竹は注意する。子龍も作法を理解するようになったが、片手に花火トカゲを摘んでいて、ちょうど尾に着火しようというところだった。
「やめ」
 なさい、と言う前に燃え上がる。尾はパチパチと爆ぜ、赤青白と火を散らす。火というものに生物は魅かれるもので、手放しで喜ぶリウセイはもちろん、八十竹も一瞬おおと声を上げた。尾に火を放たれたトカゲはムッとして、もぞもぞと尾を追いかけ、火を叩き消し、消炭になってしまった尾をもぎ取ってぶん投げると、再び季節の隙間に潜り込んだ。八十竹の二度目の制止も尻切れで、残された尾は子龍に飲み込まれた。リウセイは人の話を聞ける子龍だが、言われる前にやるならば止めようもない。
「夏の味だなあ」
「お腹から花火が上がっても知りませんからね」
「毎年食べるよ。竹さんも食べてみて。もっと大きい尻尾を探して来るよ」
 言うや子龍は飛び出した。
「夕暮れ前には帰るように」
「いいね、花火大会をしよう!」
 四季は幾度この地に降り立ったのか。彼らも、生物も、忘れてしまった。今や四季を通しての寒暖の差は薄く、まどろむ風が吹く日々が続いている。眠ってしまったらもう目覚めないほどに温暖な気候。気高き高湯の原の子龍は、何度でも過ぎ去る夏を惜しみ遊ぶ。

 リウセイは大トカゲの尾を抱えて夕暮れに戻った。約束を守ったぞと胸を張るので褒めないわけにはいかないが、このような大尻尾を一体どこから引っ張り出したのか。大きさはリウセイの身の丈ほどもあり、艶やかできめ細かい鱗は神聖でさえある。夕日を浴びて厳かに輝いていた。花火トカゲは火トカゲの仲間で、季節の狭間に住むとなると妖精あるいは精霊といった幻界の者であり、尾の大きさから見るに名のある幻生生物に違いない。だいたい龍もトカゲも尾を持つ者同士で、相手の尾を切って持って来るとはどういうことなのか。怒り狂った花火トカゲの親玉が、今晩乗り込んで来るのではないかと震えた八十竹は早めに戸締りをする。
「そうだね、出掛けよう!」
 帰って来たばかりのリウセイは、店の戸締りをテキパキとこなし、震える八十竹を町外れの湖に誘う。彼が行かなくとも飛び出すだろうから、保護者として同伴せざるを得ない。悠々と歩く子龍の背中で尻尾が揺れる。奇妙な荷物に、家路を急ぐ人々が足を止める。そんな人々にリウセイは声をかけて、湖に着く頃には行列となっていた。
「もう少し待ってね」
 リウセイの声に、人々は思い思いに腰を下ろした。夜闇が降りて来るので人は空を見上げる。リウセイは草陰に手を振った。待ち人らしいが誰もいない。今朝やってみせたように、季節の境界をなぞると、にょっきりと手が生えてきた。八十竹が叫びかける。花火トカゲの親玉だ。狭間からずるりと這い出た大トカゲには尻尾が無い。尾を奪い返しに来たのかと身構えるが、大トカゲはリウセイにエスコートされ人の間に腰を下ろした。両隣に穏やかに会釈している。すっかり暗くなったので、隣に誰が座ろうと、気にする者はいない。
 ざわめきがぴたりと止む瞬間に、リウセイは松明に火を灯し、恭しく跪いた。火を映す鱗の輝きは宝石そのもの。彩りをいつまでも楽しみたいところだが、儀式はすでに始まってしまったのだ。夏の尻尾に火を着ける。
 先端がチカと輝いた。星の瞬きは一瞬で燃え上がり、表面を火が這い、宝石が赤く潤む。リウセイも距離を取り、八十竹の隣に座った。じくじくと肉を焼く音がする。観衆は息を呑む。鱗が炎を吸い上げる。夕日が水辺に舞い戻った。顔に熱を感じる。宝石が割れて飛び散った。一つ、二つ。連鎖して弾けていく。やがて高く吹き上がり、とりどりの花を咲かせる。火の粉が頬を叩いても、目を背けない。
「見事」
 光に染められる八十竹に、リウセイは満足する。暗闇に浮かび上がる、早送りの宇宙。生まれては消える星々。夜空はこんなにも明るいのだ。
「秋になっても、冬になっても、忘れないでね」
「寒い間は忘れるかもしれないけれど、夏の終わりにはきっと空を見上げて思い出そう」
「夏が幾度も巡ればいいな」
「そう願うなら、季節は巡るさ」
「竹さんは、夏は好き?」
「忘れていたけれど、好きだったみたいだよ」
「私も星になりたいな」
「おまえは、それはそれは大きな星になるだろう。口笛を吹きながら空を舞い、みなの視線を受け止めて、一つ花を咲かすのだろう。四季と異界を詰め込んで、他に見られることのない色彩の星となる。夜空でおまえが輝くとき、人は異界を想うだろう。少しだけ異界が近いものとなり、やがて名も与えられるだろう。いつか、人は異界の生物たちを思い出す。おまえのことも。高湯の原の子龍」
 夏の境界から引っ張り出した大トカゲの他にも、闇に紛れて異界の者が並んでいるに違いない。見回したところで、闇と光に彩られた人々の顔を見分けることは出来ない。観衆は、この不思議な花火を忘れてしまうだろうか。夏が巡り、草臥れ、冬の眠りの中に置き去りにしてしまうだろうか。夢のような光景だから。
「隙間に隠れてしまったビー玉を見付けたならば嬉しいよね。ビー玉は、隠れて二度と出て来ない事もある。いつの間にか無くなってしまうのは、ビー玉にも足が生えているからなんだ。そういったものが、季節の隙間で眠っているんだ。私も忘れちゃうけれど、だから、次の季節が来る度に新しい事を探せるね」
 夏を納める花火は、やがて小さくなり静まった。

こんがりと焼けた尻尾は美味しかったそうです。
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