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妖精森の飴玉
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「お隣さん、飴をちょうだいな」
「いいぞ。気に入ったのか」
「とてもね。今森の知り合いが来ているんだ。食べてもらいたくて」
「それは良いことだな。二つ持って行きなよ」
「ありがとう!」
外遊びから戻って来たと思ったら、飴玉をねだってまた出て行った。友人がやって来てはしゃぐ子龍を、男二人が見送った。旅物屋で立ち話をしていた八十竹と揺は顔を見合わせる。
「うちの小さき者が、すまないね」
「なんの」
何の話だったかなと揺は椅子に座り、八十竹は茶を用意しに奥に引っ込む。
子龍は森の薬師と再会した。薬の籠を持つ姿を見てとび跳ねた子龍に、薬師の少女も籠を放り投げる勢いで抱きついた。森に住む少女は、離界の植物を加工する技術を持つ。魔法使いとも呼ばれるが、忘れられつつある技術だというだけで魔法を使うわけではないと本人は言う。草花を摘んで薬にしては街の薬屋に納めに来る。今日も納品に来たところ、子龍とばったり再会したのだった。薬屋は表通りにある。旅物屋がある路地を出てすぐのところだ。少女が仕事をしている間に、子龍はお隣さんを探しに戻った。
待ち合わせた公園で合流する。日当たりの良い公園だ。高く昇った太陽が眩しい。木陰に二人腰掛けて、飴玉を口に放り込む。
「どこか遠い森のかおりがするわ」
見知らぬ森を瞼の裏に描く。豊かな森、寂しい森、鳥の声。草葉の緑はどんな色。
「幾重にも重なり常磐色」
「光を透して淡緑」
見たことのない色をしているのだろう。
「この飴玉、きみも作れるのではないだろうか」
子龍が木漏れ日にうとうとしながら、高名な博士のような自信に満ちた言葉を発した。すると数多の功績に彩られた賢者はフムともったいをつけてから分析結果を話してくれる。
「薬草を何種類も組み合わせて作っているみたい。味の再現ではなく、我が森独自の飴玉を作ることならば容易いわ」
歓声を上げる子龍の横で少女が立ち上がる。
「今から作って来るわ」
子龍も立ち上がり仰々しくお辞儀をする。二人は手を取り合ってにんまりと笑った。勝利を確信している。明日旅物屋に届ける約束をする。
「また明日」「うん、明日ね」
明日の約束の言葉がくすぐったくて笑い合ったのもつかの間、少女は誰にも止められぬ闘志を燃やして駆けて行く。
翌日昼過ぎ、少女は旅物屋の玄関を叩く。話を聞いていた八十竹が強面でにっこりと笑う。同じく話を聞いていた少女も煉獄からの使者の微笑みに踵を返したりはせず、優雅にお辞儀をして名乗る。子龍も走って来て友を迎えた。
「いらっしゃい」
「昨日ぶりね」
手を引かれ、ぶら下がった仮面や睨みつけてくる人形を避けながら奥へと向かう。小瓶の棚の前で立ち止まり中身を尋ねる。
「なんでもない聖水から香水、飲むと火を吹ける魔法のアイテムまで様々さ」
ラベルも何もついていない物がほとんどで、棚毎に種類分けされている様子でもない。どうやって判別するんだろう。それはそうとこの中に自分が作った薬の瓶を置いて貰うのも良さそうだと、少女は算盤をはじく。店にある品を揃えたら、すぐにでも旅に出られそうだ。知らない地の草を摘み歩き、他の街で売られている薬を見て回るのも良いだろう。
店内の奇怪な品に気を取られていた少女は、籠に入れた試作品を思い出す。
「これだわ!」
一粒を子龍の口に放り込む。もぐもぐと味わう子龍の反応を待つ間に、自分の口にも一粒入れる。昨日貰った飴玉の味にはやはり近付かなかったが、何ごとも挑戦だ。森に多く自生する植物のうち香りの良いものを数種類組み合わせている。他数種類、とにかく薬草を詰め込んで体に良さそうな青いにおいがするもの、喉に良いハーブと蜂蜜を混ぜたもの、思いつくまま作って来たらしい。
「おいしいよ! 森の木漏れ日を集めたような味だよ」
顔を綻ばせた子龍の口にもう一粒放り込む。今度は「スースーする」と目を瞬かせた。
店の片隅で立ったまま始まった品評会に八十竹も参加する。一つ、濃い緑色のものをつまんだ。ほのかな甘みを覆い潰す苦みに悶える。お盆に載せたお茶を飲んで、二人にも差し出した。
「紅茶のゼリーも作ったから、ゆっくりと座って作戦会議をしてはどうか」
「そうしよう」
店のカウンターが高めなので、合わせて椅子も高く作られている。小さな二人には踏み台も用意した。八十竹と揺が昔話や各地の情勢を語るカウンターで、今日は森の香りの研究会が開かれる。
「今度は森に手伝いに行くよ」
「そうね、採集から始めましょう」
どんな種類の植物を使うか、植物の他に使えそうなものはないか、合間にゼリーをぱくりと食べて、透き通った紅茶色にうっとりして、森の風を思い出しながら一つずつ飴玉に名前をつけてみたりする。
「お隣さんを呼んで、飴を売っていた街の話を聞いてみようか」
「呼ばれる前に来たよ」
「わあ」
「南海行きの予定はどうなった」
「予定が違ったのさ」
男たちもそれぞれ木箱を持ってきてカウンターを囲んだ。求める森は遠くにあるが、みな街外れの妖精が住む森のことならばよく知っている。妖精も気に入るような飴玉を作るのだ。
「いいぞ。気に入ったのか」
「とてもね。今森の知り合いが来ているんだ。食べてもらいたくて」
「それは良いことだな。二つ持って行きなよ」
「ありがとう!」
外遊びから戻って来たと思ったら、飴玉をねだってまた出て行った。友人がやって来てはしゃぐ子龍を、男二人が見送った。旅物屋で立ち話をしていた八十竹と揺は顔を見合わせる。
「うちの小さき者が、すまないね」
「なんの」
何の話だったかなと揺は椅子に座り、八十竹は茶を用意しに奥に引っ込む。
子龍は森の薬師と再会した。薬の籠を持つ姿を見てとび跳ねた子龍に、薬師の少女も籠を放り投げる勢いで抱きついた。森に住む少女は、離界の植物を加工する技術を持つ。魔法使いとも呼ばれるが、忘れられつつある技術だというだけで魔法を使うわけではないと本人は言う。草花を摘んで薬にしては街の薬屋に納めに来る。今日も納品に来たところ、子龍とばったり再会したのだった。薬屋は表通りにある。旅物屋がある路地を出てすぐのところだ。少女が仕事をしている間に、子龍はお隣さんを探しに戻った。
待ち合わせた公園で合流する。日当たりの良い公園だ。高く昇った太陽が眩しい。木陰に二人腰掛けて、飴玉を口に放り込む。
「どこか遠い森のかおりがするわ」
見知らぬ森を瞼の裏に描く。豊かな森、寂しい森、鳥の声。草葉の緑はどんな色。
「幾重にも重なり常磐色」
「光を透して淡緑」
見たことのない色をしているのだろう。
「この飴玉、きみも作れるのではないだろうか」
子龍が木漏れ日にうとうとしながら、高名な博士のような自信に満ちた言葉を発した。すると数多の功績に彩られた賢者はフムともったいをつけてから分析結果を話してくれる。
「薬草を何種類も組み合わせて作っているみたい。味の再現ではなく、我が森独自の飴玉を作ることならば容易いわ」
歓声を上げる子龍の横で少女が立ち上がる。
「今から作って来るわ」
子龍も立ち上がり仰々しくお辞儀をする。二人は手を取り合ってにんまりと笑った。勝利を確信している。明日旅物屋に届ける約束をする。
「また明日」「うん、明日ね」
明日の約束の言葉がくすぐったくて笑い合ったのもつかの間、少女は誰にも止められぬ闘志を燃やして駆けて行く。
翌日昼過ぎ、少女は旅物屋の玄関を叩く。話を聞いていた八十竹が強面でにっこりと笑う。同じく話を聞いていた少女も煉獄からの使者の微笑みに踵を返したりはせず、優雅にお辞儀をして名乗る。子龍も走って来て友を迎えた。
「いらっしゃい」
「昨日ぶりね」
手を引かれ、ぶら下がった仮面や睨みつけてくる人形を避けながら奥へと向かう。小瓶の棚の前で立ち止まり中身を尋ねる。
「なんでもない聖水から香水、飲むと火を吹ける魔法のアイテムまで様々さ」
ラベルも何もついていない物がほとんどで、棚毎に種類分けされている様子でもない。どうやって判別するんだろう。それはそうとこの中に自分が作った薬の瓶を置いて貰うのも良さそうだと、少女は算盤をはじく。店にある品を揃えたら、すぐにでも旅に出られそうだ。知らない地の草を摘み歩き、他の街で売られている薬を見て回るのも良いだろう。
店内の奇怪な品に気を取られていた少女は、籠に入れた試作品を思い出す。
「これだわ!」
一粒を子龍の口に放り込む。もぐもぐと味わう子龍の反応を待つ間に、自分の口にも一粒入れる。昨日貰った飴玉の味にはやはり近付かなかったが、何ごとも挑戦だ。森に多く自生する植物のうち香りの良いものを数種類組み合わせている。他数種類、とにかく薬草を詰め込んで体に良さそうな青いにおいがするもの、喉に良いハーブと蜂蜜を混ぜたもの、思いつくまま作って来たらしい。
「おいしいよ! 森の木漏れ日を集めたような味だよ」
顔を綻ばせた子龍の口にもう一粒放り込む。今度は「スースーする」と目を瞬かせた。
店の片隅で立ったまま始まった品評会に八十竹も参加する。一つ、濃い緑色のものをつまんだ。ほのかな甘みを覆い潰す苦みに悶える。お盆に載せたお茶を飲んで、二人にも差し出した。
「紅茶のゼリーも作ったから、ゆっくりと座って作戦会議をしてはどうか」
「そうしよう」
店のカウンターが高めなので、合わせて椅子も高く作られている。小さな二人には踏み台も用意した。八十竹と揺が昔話や各地の情勢を語るカウンターで、今日は森の香りの研究会が開かれる。
「今度は森に手伝いに行くよ」
「そうね、採集から始めましょう」
どんな種類の植物を使うか、植物の他に使えそうなものはないか、合間にゼリーをぱくりと食べて、透き通った紅茶色にうっとりして、森の風を思い出しながら一つずつ飴玉に名前をつけてみたりする。
「お隣さんを呼んで、飴を売っていた街の話を聞いてみようか」
「呼ばれる前に来たよ」
「わあ」
「南海行きの予定はどうなった」
「予定が違ったのさ」
男たちもそれぞれ木箱を持ってきてカウンターを囲んだ。求める森は遠くにあるが、みな街外れの妖精が住む森のことならばよく知っている。妖精も気に入るような飴玉を作るのだ。
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