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「見てる人は、ちゃんと見てるんだよな」
 斜め後ろの方から突然声がして、俺はびっくりして振り返った。そいつの顔を見て俺はさらに驚いた。
「マジかよ……慎吾? 慎吾だよな?」
 前の世界の親友である慎吾が、偉そうに腕組みをして突っ立っている。なんかピカピカした服を着ているけど間違いない。 
「なんで? お前死んだの?」
 俺と同じように転生してきたのか?
「カレーライス、一皿くれよ」
 慎吾と思われるその人物が、俺の質問を無視して言った。なんだこいつ。しょうがないので俺は、とりあえずカレーライスを一皿用意することにした。
 慎吾が屋台の安っぽいプラスチックの椅子に座って、じっと俺の方を眺めている。なぜだか少し楽しそうにして、余裕があるような表情だ。その顔をチラ見しながら俺はカレーを手早く作った。
「お待ちどうさま……」
 俺はカレーライスを慎吾の目の前に置いた。
「お、美味そうだな」
 嬉しそうにして慎吾が、テーブルの上にある食器入れからスプーンを取った。同時にタケルがコップに水を注いで持ってきてくれた。
「兄ちゃんの知り合い?」
 タケルが言った。
「あ、うん。タケル、もうちょっと時間貰ってもいい? こいつと少し話をしたいから」
「了解~」
 タケルが頷いて言った。

 俺は慎吾の正面に椅子を持ってきて座る。慎吾はもくもくとカレーライスを食べている。この几帳面な食べ方、懐かしい。カレーのルーとごはんを、最後までバランス良く調整するのがこいつの食べ方だ。漬物があれば、それさえもバランス良く食べる。俺の屋台にはあいにく、無料のつけものとかは無いんだけど。
 慎吾が食べ終わった。
「ごちそうさま。スゲー美味かった。このカレー、俺たちが文化祭で作ったやつよりも数段上だな。例の物資のおかげかな」
 慎吾がニヤッと笑って言った。
「なぜそれを知っている」
 俺は驚いて訊いた。
「タクヤ。実は俺は、藤本慎吾じゃない」
 慎吾が突然、真面目な顔になって言った。俺は思考がもう追いつかない。
「俺は人間じゃないんだ。有機的なアンドロイドって思ってもらったらいいかもな。俺はお前をこの世界に送り込んだ存在の一部だ。ネトゲで言えばゲームマスターみたいなものかな。あくまでも末端だけど」
「ゲームマスター……。つまりお前は、この世界の運営側の人間みたいな感じ?」
 俺は訊いた。突拍子も無い話だけど、なんとなくイメージは出来る。
「そうだ。で、お前との会話を円滑に進めるために、今は藤本慎吾の外見を借りている。幼馴染として、お前との思い出も参照出来る。どうやってそれができているのかは、ちょっと説明が難しいんだが」
「うん。じゃあさ、例えば俺がなんでこの世界に送られたのかとか、ベリーハードってふざけんな、みたいな話はできるの? 無理?」
 俺は慎吾の顔をじっと見て言った。この世界に来てから、ずっと知りたかったことだ。
「うん、実はそういう話をするために俺はここに来たんだ。ただし、お前がすべてを理解できるように説明することは出来ないと思う。俺の権限は非常に限られてるんだ。伝えるように言われていることだけ、とりあえずは伝えたい」
「どうぞ」
 俺は言った。慎吾が少し、背筋を正すようにした。
「まもなく転生プログラムのベータテストが終了する。そこで、この世界に多大な貢献をしてくれたプレイヤーに、運営側から報酬を与えることになった。貢献の度合いによって報酬の内容は異なる。タクヤ、お前の貢献度は非常に高い。他の人間に比べてダントツだ。よって、例外的に前の世界に戻る権利を与える。恩着せがましい言い方になるけど、お前を生き返らせるのにはものすごいコストがかかる。しかしそれだけの事をお前はやってくれた。というわけでおめでとう、タクヤ。よくやってくれたな」
 慎吾が微笑んで言った。
「生き返れるってマジで? 前の世界に?」
 俺は驚いて訊いた。
「うん、マジで」
 慎吾が頷いて言った。
「えーと、俺以外にもけっこう転生して来てるの? この世界に。紗季さん以外で」
「詳しくは言えない。ただ、お前たちだけじゃないってことは確かだ」
 慎重な感じで慎吾が言った。
「そもそも……俺達はなんでここに送られたんだ? まあ、話せないのかもしれないけど、少しだけでもヒントをくれよ」
 俺は少し強めに言った。
「……じゃあ少しだけ。この世界の文明は衰退している。出生率も急激に下がっていて、このままだと人類が滅亡する。それはなんとなく分かるだろ?」
「まあ、なんとなく。でも、金持ちが豊かに暮らしている地域もあるんだよな。俺は行ったことも見たことないけど」
「そうだな。経済的に豊かな地域はある。それをまとめる中央政府のような物もある。その一部門が、人類の衰退を食い止めようとして、様々な試みをしている。お前の転生も、その試みの一つだ。なぜ過去の人間の転生が衰退を食い止めることになるのかは、説明が難しい。要は、停滞した世界には刺激が必要ってことかな。胡散臭うさんくさく聞こえるかもしれないけど、今の世界を救うためには、精神的な要素が重要だと考えられている。例えば若々しさとか、優しさとか」
「確かに胡散臭いな……。しかも、スゲーややこしそうだな」
「これをお前に説明しようとすると、どうしてもファンタジーになっちゃうんだよ。タイムマシンとか、魂のコピーみたいな技術がこの世界にはあるからな。というか、ファンタジーに適正があるからこそ、お前の時代の若者が注目されたとも言える。いきなりスキルとか言われても、それなりに納得しただろ?」
「納得はしてねーよ。でもまあ、ゲームとかラノベとかで知ってたから、なんとなく受け入れたというか。他に選択肢が無かったしな」
 俺は憮然ぶぜんとして言った。
「でも風呂で溺れて終わるより、転生できて良かっただろ? 正直な話」
 慎吾がおかしそうに笑って言った。ムカつく。しかし、まあその通りだ。
「ベリーハードに転生ってのは相当酷いけどな。でも生きるチャンスを貰えたってことなんだから、感謝すべきか……」
 俺は小さくため息をついて言った。
「それでどうする。今すぐ元の世界に戻るか? ベータテストの終了まで、あと一ヶ月も無い。こちらでやり残したことがあるなら、少しなら待つけど」
 慎吾が真面目な顔になって言った。
「生き返ったら俺の記憶はどうなる?」
「そのままだ。記憶は個人のアイデンティティに深く関わるから、こちらで勝手に触ることはしない。信じてもらえないかもしれないが、俺達は個人の人間性をかなり尊重して考えている。だからこそ、今お前に報酬を与える話にもなっているわけだ。ただ、元の世界に戻ったら、この世界のことは次第に忘れていくだろう。最終的には夢をみていた、みたいな認識になるはずだ。それは実験でおおよそ証明されている」
「なるほど」
 この世界で生きたことが遠い記憶になる。ほとんど忘れて、元の世界で暮らせるってわけか。それは悪くない。悪くないけどな。
「俺は……この世界に貢献をしたんだよな」
「そうだ。予想以上の活躍だった。お前のおかげで、今回のベータテストは一定の評価を得られたと言っていい。感謝してるよ」
 慎吾が深く頷きながら言った。
「あのさ、慎吾。俺の代わりにマイを……俺の恋人だった子を、生き返らせることは出来ないかな?」
 俺は言った。慎吾が俺の顔をじっと見つめている。
「やはりそれを望むのか。まあ、お前ならそう言うと思ってたよ。こちらの結論は既に出ている。可能だ。ただしお前は、恐らく一生この世界で生きることになるぞ。それでいいんだな?」
「可能? マジで! マジかよ……」
 興奮して、頭に急に血が登ってきた。
「俺がここで何を言ったところで、お前は決心を変えないよな? 長い付き合いだから分かるよ。だけどあれだぜ? 元の世界でも彼女は出来るし、家族を持つにしても、そのほうがずっと楽だ。それでもいいんだな?」
「うん、ありがとう……。ありがとう、慎吾。いや、慎吾じゃないんだっけ……」
 涙が溢れて止まらない。慎吾はちょっと呆れたような顔をしている。
「スゲーな……これが愛か。お前のこの、恋人に対する気持ちみたいなのが、まさにこの世界の人間に必要なんだよ。そういうのを昔の人間はちゃんと持ってた。それがなぜか次第に失われてしまって、人類の衰退につながっている。実際はもう少し複雑な話なんだが、簡単に言えばそんな感じだ。タクヤ、お前が初めてこの世界に来た場所は覚えてるよな?」
「あ、うん。西新宿の、廃墟のビルの……何階だったっけな?」
「同じ場所に今、マイちゃんが生き返ったぞ。申し訳ないけど、転生の場所はこちらも完全にコントロールができないんだ。早く行ってやれ。あそこなら多分ゴキブリは出ないと思うけど、あまり安全な場所ではないからな」
「は? なんでそんな所に? 全然危険だろ? マイは生き返ったって事、自分で分かってんの?」
 俺は焦って訊いた。
「さあな。自分で確かめてくれ。悪いけどこれで、お前に対する報酬は支払ったことになる。ほら、早く行ったほうがいいぞ」
 慎吾が笑顔で言った。この偉そうな感じ。まさに慎吾だ。
「ふざけんなよ! でも……偽物でも慎吾と話せて良かったよ。じゃあ俺、行くから!」
「おう、がんばれよ」
 慎吾が偉そうにして言った。ちょっとムカつく。ムカつくけど俺の心は舞い上がっている。

 早くマイの元へ行かなくては。俺はプラスチックの椅子を蹴飛ばしながらタケルの元へ行った。
「ごめんタケル、ちょっと店を空けていいかな? 急用が出来ちゃって、夜まで戻れないと思うんだけど」
 俺は早口で言った。
「オッケー。どうしたんだよ兄ちゃん、珍しく元気だな。なんか良いこと有った?」
 タケルが茶化すようにして言った。
「まだわからん。でも急がなきゃいけないんだ。ごめん、あとは頼んだ!」
 そう言って俺は、タケルに手を振って走り出した。
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