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第1章 始まり

第4話ー② 僕は空っぽな人間だから

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 食堂を飛び出した僕は、いろはちゃんを振り切り自室に戻っていた。

「僕、いろはちゃんにひどいことを言ってしまったな」

 僕はベッドの上で、一人うなだれていた。

 いろはちゃんは施設に来た日から、僕のことをいろいろと気にかけてくれていた。

 僕が一人でご飯を食べていると、隣にやってきて、一緒にご飯を食べてくれるし、教室内で喧嘩が始まると、決まっていつも怯えている僕のそばにいてくれたりする。

 こんなに男らしくなくて、何もできない僕を今まで嫌わずにいてくれた。

 それに僕のこと、男らしいと思っていたのに、違ったって……。

 ここに来てから、僕っていろはちゃんに幻滅されていたんだね。

 しかもあんな風にいろはちゃんに怒鳴るなんて……。

「今度こそ、いろはちゃんに嫌われちゃったかな……。はあ」

 いつも仲良くしてくれているいろはちゃんに対して、あんな態度はないよね……。本当、僕って最低だよ。

 でも僕はいろはちゃんみたいに親がそう思ってくれる幸せな家庭に生まれたわけじゃない。

 僕が親の宝なんてとても思えないし、きっと父さんや兄さんたちだってそんなことを思うはずがないんだ。



 僕の家は剣道道場だ。特に有名な選手を育成しているわけでもない、地域密着型の小さな道場だった。

 そこで僕は小学生のころから父と兄たちとともに剣道に打ち込んでいた。

 母は僕が幼いころに他界して、ほとんど記憶にはなく、小さい僕の面倒は3人の兄たちがしてくれていた。

 子供が子供を見るというのは、きっと大変なことだっただろう。

 今なら、兄たちの苦労がわかる気がする。

 その頃の僕は一人では何もできなかったけれど、そんな僕でも唯一できたものがある。

 それが剣道だった。

「まゆお、すごいな! また優勝だな!!」

 父は僕が大会で優勝すると、とても喜んでくれた。

 僕は兄たちのように、家事の手伝いはできなかったが、大きな大会で勝って、道場の知名度を上げることはできた。

 こんな僕でも家族の役に立てることがあるとそう思えていたんだ。

 そして僕は家族と道場のため、剣道にますます打ち込んだ。

 そんなある日のこと。

「まゆおはご飯抜きだから」

 一番上の兄にいきなりそう言われた。

 それは突然すぎて、僕はなぜ兄がそう言ったのか意味が分からなかった。

 でもきっと僕が兄たちに何かをしてしまったんだと思い、言われたとおりにするしかなかった。

 だって僕は剣道以外何もできない。だから僕の身の回りのことをやってくれる兄たちのいう事は絶対だった。

 そしてご飯抜きにされたのはその日だけではなく、その後もご飯抜きの日があったり、ひどいときはお風呂に入れてもらえない日もあった。

 それでも僕は何言わずに兄たちに従った。

 僕は何もできないダメな弟だったから。

 そして気が付けば、僕は兄たちから暴力を受けるようになった。

「お前さ、ちょっと剣道ができるからって調子乗ってね? 俺たちのこと馬鹿にしてんだろ? 兄貴なのに、自分よりもヘタクソだって。剣道のできないお前たちは家事の手伝いをするのは当たり前だろうって! そういうのムカつくんだよ!!」

 僕は殴られても、やり返すことはできなかった。

 僕は剣道以外何もできない。

 兄たちに逆らえば、ここでは生きていけないとそう思っていたから。

「お前は剣道がなければ、何の役にも立たないいらないやつのくせに! お前が居なきゃ、俺たちだって思う存分剣道ができるんだ! でも俺たちはな、お前のせいで、やりたいことができないんだぞ! そのことを忘れんなよ!!」

 僕を殴って気が済んだのか、兄たちは僕の前からいなくなっていた。

「どれだけ痛くても、辛くても我慢しなくちゃ……。僕には剣道しかないのだから……」

 そして僕はまた剣道に打ち込む。僕には剣道しかないから……。

 それからも兄たちとの関係は改善されないまま、月日は流れた。




 中学生になった僕は、益々剣道の腕前が上がっていた。

 中学一年生にして、全国大会優勝。そんな僕をメディアは大きく取り上げた。

 そしてそれをきっかけに家の道場の入門生が増え、父は忙しそうな日々を送っていた。

 僕たちを気にかけることができないほどに父は日々忙しく、そしてそんな父の目を盗み、兄たちは僕への暴力を繰り返す。そしてそれは日を追うごとに増していった。

 兄たちは、メディアに取り上げられている僕のことが気に入らないようだった。

 そしてそんな時、僕のところにジュニア育成合宿の参加の話が来た。

 父はとても喜んでいたが、それを聞いた兄たちは、嫉妬心に支配されていたのだろう。僕の合宿の話を聞くや否や、僕を道場裏に呼び出し、いつものように暴力を振るう。

 その日はいつもよりいらいらが募っていたのか、いつもは素手で暴力を振るわれていたが、今回は竹刀を持ち出し、三人がかりで僕に竹刀を振るった。

 僕はいつもの比にならないくらいの狂気じみた感情を兄たちから向けられているのを感じた。

 そして僕はこの時に恐怖の感情が沸いた。

 このままじゃ僕は死ぬかもしれない……。怖い……そんなのは嫌だ!

 そして兄から振り下ろされた竹刀を僕は左手で掴み、それを奪い取った。

「は!?」「こいつ、本当にまゆおかよ……!」

 僕の行動に兄たちは驚いた様子を見せていた。

 僕は奪った竹刀を横に一振りすると目の前にいた兄たちを吹き飛ばし、次に竹刀を縦に振り下ろすと、兄たちの身体に深い切り傷をつくった。

 そしてそこから噴き出す真っ赤な血液。

 僕が振るっているのは竹刀のはずなのに、兄たちの身体には刀傷のようなものができていた。

「守らなきゃ……自分のことは自分で……」

 僕は息を切らしながら、そう呟いていた。

 そして呼吸が整い、冷静になると目の前で兄たちは血を流して倒れていることに気が付く。

 兄たちの意識はなく、かなりの重傷だった。

「これを……僕が……」

 僕はその場でただただ呆然と立ち尽くしていた。



 そしてこの事件はメディアで大きく取り上げられ、僕の合宿参加の話はなくなり、家にはマスコミたちが押し寄せた。

 父親の厳しい鍛錬のせいで、能力の覚せいか……。

 子供の虐待があったのではないか?

 マスコミにあることないことを報道されて、メディアでは連日僕のニュースが取り上げられていた。

 それから世間体の悪くなった家の道場は封鎖することになり、父は職を失った。

 そして兄たちの意識は戻ったが、その傷は深くすぐに癒えることはなかった。

 さらに家族たちは事件のことでメディアに追い回されるのが嫌で、家から出ることができなくなっていた。

 僕が引き起こしたたった一つの出来事が、家族の人生をめちゃくちゃにしたのだ。

「僕はほんとに要らない子だったんだ……。僕が居なければ、父さんも兄さんたちも幸せに暮らせたかもしれないのに……。僕なんかが居なければ……」

 そして僕はしばらくして、保護施設に入った。



 目を開けると、頬に涙が流れていた。

「あれ、夢か……」

 どうやら僕はいつのまにか眠っていたらしい。

 それにしても嫌な夢だった。

「やっぱりこんな僕が家族にとっての宝のはずがないよね」

 むしろ恨まれているだろう。

 僕がここへきてから、一度も家族は面会に来なかった。

 人生をめちゃくちゃにした僕は、もう家族なんかじゃないよね……。

「僕が父さんたちの人生をめちゃくちゃにしたんだ……」

 今、どうしているのだろう。

 僕が居なくなって、少しでも幸せになれただろうか。

 兄さんたちの傷はちゃんと治っただろうか……。

 今思えば、僕が剣道以外のこともできていたら、今の状況にはならなかったかもしれないのに……。

 そんな後悔をしてももう遅いのに。

 トントントン。

 扉をたたく音がした。

 誰だろう……。

「まゆお、いる?」

 それはいろはちゃんの声だった。
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