上 下
28 / 501
第1章 始まり

第6話ー① 信じることの難しさ

しおりを挟む
 結衣主催のアニメ上映会から、数週間が経った。

 あれからも時々上映会が行われ、俺たちはそのたびに新しい気づきや絆が深まっていくのを感じていた。

 そして俺はもともとアニメ好きの結衣とはもちろん、結衣と行動を共にすることの多いマリアとも少しずつ打ち解けていったのである。

 そんなわけで、今日の昼食は結衣とマリアとともに摂っている。

 マリアは自分の能力を気にして、今まで男子には近づかないようにしていたようだが、無効化の能力のある俺には普通に接してくれるようになったのだ。

「先生、今日もからあげばっかり食べているの?」

 俺の皿を見たマリアが、あきれ顔で俺に言う。

「いやあ。ここのから揚げっておいしいだろう? 外はカリッとしてて、中はジューシー。レモン汁をかけると、食欲がそそられてさ!」
「から揚げもいいけど、バランスよく食べないと体に悪いよ。ほら、先生のサラダ持ってきたから!」

そう言いながら、野菜の盛り付けられたお皿を俺の前に置くマリア。

「ありがと、マリア! ほんとにマリアは気が利くな」
「そ、そんなこと……」

恥ずかしそうに頬を赤らめるマリア。

「ふふふ……マリアちゃんはあのキリヤ君の妹ですからねぇ! 気が利くだけじゃなくて、美人で頭もよくて、すごく優しいんです! 完璧です!! パーフェクトです!!」
「結衣! 照れるから、そういうのやめてよ! 私はただ、先生も放って置くと、キリヤみたいに偏食になるから、心配なだけで!!」

 マリアは顔を真っ赤にして、照れながらそう言った。

「ははっ。そうか。マリア、心配してくれてありがとな」

 俺はそう言って、マリアに微笑みかける。

「う、うん……」

 マリアは恥ずかしそうに俯いて、小さな声でそう言った。

 でもキリヤが偏食……ねぇ。

 キリヤはしっかり者に見えるから、少々意外だなと俺は感じた。

 それにしても普段からマリアに気にかけてもらっているキリヤは、きっと幸せ者なんだろうと俺はそう思ったのである。

 その後も俺たちは昼食を摂りながら、マリアからキリヤの話を聞いていた。

 マリア曰く、キリヤも放っておくと、好きなものしか食べなかったり、部屋の掃除とかを忘れたりと意外と手がかかるらしい。

 こうやって俺は、キリヤの知らないところでキリヤに詳しくなっていくんだな。

「そういえば、キリヤ君は今日も自室でご飯ですか?」
「そう。あとで持っていかなくちゃいけない」
「キリヤもみんなと一緒に食べればいいのにな。その方が絶対楽しいのに……」
「先生が施設に来るまではここで一緒に食べていたんだけどね……先生と会いたくないみたいで、食堂に来なくなったの」
「え!? キリヤが食堂に来ないのって俺のせいなのか!?」
「まあキリヤ君にもいろいろありますからね」

 結衣はウインナーを頬張りながら、そう言った。

 俺はキリヤに嫌われているとは思っていたけど、そこまでだったとは……

 しかし俺はそんなに嫌われるほど、キリヤに何かをしただろうか? まあ確か初日に少しだけやらかしたような記憶はあるけれど、でもそんな大したことをした覚えもないし……。

「はあ。やっぱり初日の印象が悪かったかな……」
「そういうわけじゃない。キリヤがああいう性格になったのは、きっと私のせいだから、先生が気にすることはない」

 マリアは悲しそうな顔をして、箸を止めた。

「マリアのせい……?」
「うん……」

 俺はマリアからそれ以上のことは聞けなかった。

 おそらくキリヤの過去のことと何か関りがあるんだろうと思ったから。

 たぶんその話は今聞くべきことではなくて、その時が来たら、マリアからきっと話してくれるだろう。

 それから話題を変えると、マリアは笑顔を取り戻してくれたようで、俺は安心した。

 その後、食事を終えたマリアはバランスの良い食事をとり分け、食堂を出て行った。

 兄のためにそこまでできるマリアは本当にできた妹だと俺は感心する。

 そして俺はマリアを見送った後、授業の準備のために職員室に向かったのである。



 職員室で準備をしながら、俺は昼食時のマリアの話が気になっていた。

「マリア、悲しそうな顔をしていたな……。キリヤとマリアの過去に何があったんだろう」

 マリアは自分のせいだって言っていたけれど、それってどういう意味なんだ。

「……俺は二人のことを何も知らないんだな」

 そんなことを悶々と考えたまま、俺は午後の授業に向かうために職員室を出た。



 授業中も俺はキリヤやマリアのことを考えていた。

「センセー。ねえ、センセー聞いてる? おーい!!」

 気が付くと、いろはが俺の前に立っていた。

「うわあ! どうしたんだ、いろは!」
「なんか難しい顔してたから、何考えてるのかなって思って!」
「そ、そうか!?」
「うん!」

 それは無意識だった。いろはに指摘されなければ、俺はずっと難しい顔でいたかもしれない。今は授業中なんだから、俺も職務に集中しないと……。

「あー、悪い。気が付かなかったよ。ありがとな、いろは。そういえば、ノルマは終わったのか?」
「あは☆」
「あはって……。まあまだ時間もあるし、無理のない範囲で頑張れよ」
「ういー」

 そしていろはは自席に戻って、勉強を再開した。

 それにしても……俺はちょっとキリヤたちのことを気にし過ぎだ。このままじゃ、教師としてどうかと思う!

 でも気になるものは仕方ない、よな……。

「はあ」

 俺は大きなため息をつき、窓の外を眺めたのだった。



 授業を終えた俺は職員室に戻り、報告書をまとめていた。

「えっと……こんな感じ、かな? よし……できた」

 報告書を終えた俺はその場から立ち上がろうと机に手をつくと、積んでいた書類にその手が当たり、積まれていた書類の山が崩れる。

「あ、やばい……」

 そして床の上に初出勤時に渡された、生徒たちのデータ資料が落ちる。

「ん?これは……」

 俺はその資料を拾い上げた。

「今まで参考にしてこなかったけど、少しくらいは目を通してみようかな」

 もしかしたらキリヤのことを少しはわかるかもしれない……

 そんな考えが俺の頭をよぎる。

 俺は施設に来る時の車中で、1枚目の個人能力データと簡単なプロフィールのみに目を通していたが、過去のデータは読んだことはなかった。

「正しいデータかどうかはわからないけど、少しくらいは参考になるかもしれない」

 そして俺はキリヤのデータページを開き、読み始める。



【生徒氏名】
桑島 キリヤ 

【過去データ 詳細情報】
小学4年生で『白雪姫症候群スノーホワイト・シンドローム』に目覚める。
危険度S級クラスと診断され、その後に専用施設へ収容された。

家族構成は父、母、キリヤ、マリアの4人家族。両親は再婚で父親との血のつながりはなく、兄妹仲は良好。
なお、妹のマリアも同時期に施設へ収容となった。詳しくは別紙参照。

桑島キリヤの能力覚醒のきっかけは、義父が妹マリアに対し、みだらな行為に及んでいるところを目撃し、逆上したことで感情が昂ぶったことが原因とみられる。
この事件で義父は大けがを負い、病院へ搬送された。能力覚醒による事件だったため、桑島キリヤは罪には問われなかったが、要危険人物として専用施設に即連行となった。
そして義父の行為は、桑島マリアの能力『フェロモン』によるものだったと事件後に証明された。



「これは…」

 キリヤたちの過去に俺は驚愕した。

 義理の父親の裏切り行為が今のキリヤの性格をつくったのか……?

 こんなことがあれば、確かにキリヤが大人を毛嫌いするのも無理はないだろう。

 ……でもそれにしては大人への嫌悪感が強すぎるのではないか?

 初日のレクリエーション時のキリヤは俺を本気で殺そうとしていた。義父との出来事だけで大人に対するあれだけの殺意が生まれるものなのだろうか。

 確かにここに記述してある出来事も十分な理由だとは思うけれど、きっとこれだけじゃないはずだ。

 じゃあその他の要因って一体何なんだ……?

 そう思った俺は他の要因についての記述がないかと資料を読み漁ったが、そこには施設に収容後の記述は一切載っていなかった。

「はあ。この先のことは、結局何もわからずじまいか……」

 俺はため息交じりにそう言って、天を仰いだ。

 でもマリアもキリヤもきっと辛かっただろうな。

 もしかしたらキリヤはマリアを守りたかっただけなのに、なぜ父親ではなく、自分たちが自由を奪われなくちゃいけないのかって思ったのかもしれない。

「キリヤがここに来たのは8年前、か。俺がここからいなくなって少し経ったくらいだな。……俺が暴走をしなかったら、俺たちはここで出会っていた可能性があるわけか」

 そうしたら、もっと仲良くなれていたかもしれない……いや。もしそうだとしたら、たぶん俺たちは出会うことなんてなかったかもしれない。
 
 そして俺は、それ以上データに目を通すことを止めた。

「さて、もうすぐ夕食の時間か……それまでにここをなんとかしないとな」

 俺は床に散らばったその他の書類に目を向ける。

 それから俺は夕食の時間まで、その書類の整理整頓をすることになった。
しおりを挟む

処理中です...