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第3章 毒リンゴとお姫様

第21話ー⑦ 眠り姫を起こすのは王子様のキス

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 施設に着いた僕たちは、それぞれの自室に戻った。

 僕は自室のベッドに寝転び、優香に言われた言葉を何度も思い出していた。

「覚悟の問題、か」

 そうだよね。確かに優香の言う通りだ。僕は覚悟が決まらないだけなんだ。

 いつだってそう。大人を信じられなかったとき、何があってもこの人を信じるっていう覚悟を持てずにいた。そして僕はそんな自分から目を背け、信じることからずっと逃げていた。

「僕は逃げてばっかりだな。結局、自分一人では何も決められない……」

 僕はまた先生に頼るのか? でもきっと先生は頼ったら、絶対助けてくれることはわかっている。

 しかし本当にそれでいいのだろうか――。

 僕はこれからの人生、先生に頼り切って生きていくのだろうか。

 もし研究所に所属することになれば、僕は自分の力で解決していかなくちゃいけない。もう先生の力は借りられないんだ。

「でも、僕は……」

 僕は覚悟が決まらず、ベッドで悶々と過ごしたのだった。



 翌朝。早起きした僕はなんとなく、屋上へ向かっていた。

「奏多のバイオリンはもう聞けないんだけど、なんとなく行きたくなるのはなんでだろうな」

 そして屋上の扉の前には、いろはがいた。

「あれ、いろは? こんなところで何してるの?」
「しー! ほら、あれ見て」

 そう言われて屋上を扉の隙間からそっと覗くと、まゆおが竹刀で素振りをしていた。

「まゆお、頑張ってるっしょ? 理由はわからないけど、最近毎朝ここで素振りを頑張っててね」

 そうか、いろはは事情を知らないから……

「アタシさ、まゆおを見守ることにしたんだ。頑張りすぎだって前に言ったんだけど、それでも頑張りたい理由があるんだって。そんなこと言われたら、応援するしかないよね」

 そう言いながら、扉の隙間から笑顔でまゆおを見守るいろは。

 優香が言っていたことはそういうことなんだ……。

 まゆおはもう覚悟を決めている。

 なら、僕は……?

「ねえ、いろは。もし自分に命の危機が迫っているとして、救える可能性は低いけどたった一つの方法しかないとしたら、君はどうする? 救うために行動しようとする友人に何を思う?」

 いろはは少し考えて、笑顔で答えた。

「自分のために友達が行動しようとしてくれてるんでしょ? じゃあアタシはその友達を信じるよ。どんな結果になるかなんて、やってみないとわからないじゃん? だったら、少しでも可能性のあることを試してほしいって思うな」
「いろは……」

 いろはは仲間を信じている。だったら、僕にできることは決まったよ。

「ありがとう、いろは」

 いろははきょとんとした顔をしていた。

「なんかよくわかんないけど、キリヤ君が元気になったならよかったよ」
「じゃあ、僕は部屋に戻るね」

 そして僕は自室に戻った。

 僕の覚悟は決まった。どんな結果になるかなんてわからないけど、いろはもまゆおも仲間を信じて行動している。

 だったら、僕も仲間を信じて行動しよう。

 ――僕はいろはを救いたい。

 やれることをすべてやってみて、それからまたどうするかを考えたらいいんだ。



 授業後、僕はまゆおを部屋に呼んだ。

「話って何? 僕はやらなきゃいけないことがあるんだけど」
「……技の完成度はどうなの?」

 僕がそう言うと、まゆおはびっくりした顔をした。


「知っていたんだ。僕がチップを破壊しようとしていること」

「確信はなかったけど、なんとなくね。……僕も優香もまゆおの剣技がチップを破壊できると信じている。だから……」

「キリヤ君に言われなくても、僕が破壊するつもりだったよ。それしかないって狂司君にもいわれたからね」


 そうか。やっぱり狂司が……

「どうする? やれるの?」
「あと少しなんだ。まだ何かが足らなくて……でもその何かがわからないんだ」
「足りないもの、か……」

 覚悟は十分だし、実力もある。まゆおにとって足りないものって何なんだろう。

「だからそれがわからないことには、あの技を使うことはできない……」
「そう、だよね」

 まゆおの言う通り、技が完成しないことにはこの方法を試すことはできない。これは失敗の許されない作戦だから。

 でも今のまゆおに足りないものって何なんだろう。

 二人で頭を悩ませたが答えが出ることはなく、その後僕たちは解散した。



 僕はまゆおに足りないものが何なのか、解散後からそれをずっと考えていた。

 しかしどれだけ考えてもその答えは出なかった。

 そしてこれはきっとまゆお自身の問題なんだと僕は思った。

「この問題の答えは僕に出すことはできない。だからまゆおを信じるしかない、か……」
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