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第5章 新しい出会い

第34話ー① それぞれの気づき

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 日曜日。暁とマリアは研究所に来ていた。

「待っていたよ」

 そう言って、笑顔で暁たちを出迎えたのはゆめかだった。

「お久しぶりです、白銀さん」

 暁はそう言って頭を下げた。

「ああ、久しぶり! 元気にしていたかい?」
「ええ、俺はいつも通り元気に過ごしていましたよ」
「そうか、そうか。それは素晴らしいことだね!」
「あはは。ありがとうございます」

 暁は楽しそうに話すゆめかに笑顔でそう答えた。

 白銀さん、いつもより楽しそうだな。たぶんマリアに会えることが楽しみだったんだろうな――。

 ゆめかと会話をしながら、暁はそんなことを思っていた。

 そして一方のマリアは初対面のゆめかに緊張しているのか、顔が強張っていた。

「マリア、大丈夫か?」

 暁は心配そうな顔でマリアの顔を見ながらそう言った。

 そして暁の言葉にはっとしたマリアは、

「あ、あの……今日は、よろしくお願いします」

 そう言って、深々と頭を下げた。

「あはは! そんなに緊張しなくて大丈夫さ。別に取って食ったりはしないよ?」

 笑いながら楽しそうにそう言うゆめか。

「は、はい……」

 そんなゆめかに困った表情を浮かべて、答えるマリア。

 マリアが困るのは無理もない。だって初対面の大人が、どんどん心の距離を縮めようとしてくるんだ。そりゃ、誰だって少しは身構えるよな――。

 そう思った暁は、不安に思うマリアを安心させるために優しく言葉を掛ける。


「大丈夫だよ、マリア。白銀さんは優しい人だから。俺も何度も白銀さんに助けてもらっているし、キリヤもお世話になっている人なんだ」

「キリヤ、も……?」

「ああそうだ! いきなりぐいぐい来るから初めは驚くかもしれないけど、きっとマリアもすぐに仲良くなれるよ」

「……うん。先生がそういうなら」


 マリアは暁の言葉を聞いて頷くと、さっきまでの困った表情を変え、ゆめかに微笑んだ。

「わかってもらえたみたいで、私も嬉しいよ。じゃあ検査場へ行こうか。マリア君は私に着いてきてくれ」

 そしてゆめかはマリアを連れて検査場へ向かった。

 暁は二人の背中を見つめてから、

「俺は剛のお見舞いにでも行こうかな」

 そう言って剛が眠る個室へと向かった。



 剛の部屋についた暁は、その扉の先で眠る剛を前に少しだけドキドキしていた。

 この緊張感は、きっと俺がまだ剛のことを気にしている証拠なんだろう。ここへ来るときは、大体いつもこうだ。

 そんなことを思いながら、深い溜息をつく。

 俺はいつになったら、前へ進めるのだろうな――。

 そう思いながら、暁は息を飲み、そっとその部屋の扉を開いた。

「……剛、起きてるか?」

 暁はそう言いながらベッドの方に視線を向けた。

 そして眠ったままの剛を見た暁は、肩を落とす。

 わかってはいたんだけど、でももしかしたら……なんてさ。

 そんなことを思いつつ、暁は剛が眠るベッドの横へ行き、

「久しぶりだな、剛」

 ベッドで眠る剛にそう告げた。

 しかし剛は暁の声に答えることもなく、すやすやと眠ったままだった。

「まるで小さい子供の寝顔だな」

 剛の寝顔を見た暁はそう言って、くすっと笑った。

 それから暁はふっと顔を上げて、自分の視界の先にはたくさんの機械があり、そこから出ている管に剛がつなげられているという現実を再度認識する。

 暁はそれを見るたびに、剛の眠りはただの睡眠という行為とは違うことを思い知らされた。

 そして暁は機械から視線をそらし、今度は眠った剛をまじまじと見つめる。

 眠り続けていることで身体全体の筋力が落ちたのか、施設にいた頃の元気な姿よりも痩せて弱っているんじゃないか、と暁は思った。

「これじゃ、起きた時にヒョロヒョロの拳しかできなさそうだ」

 そう言いながら、暁は剛のベッドの横にある椅子に腰を下ろし、剛の手を包むように握る。

「温かい……ちゃんと剛は生きているんだな」

 こんなに弱ってしまって、剛はこのままいなくなってしまうんじゃないか――と不安に思っていた暁は剛の温もりがわかると、安堵の表情をした。

 それから暁は、今までにあったことを剛に聞かせていった。

「この間のレクで、真一とまゆおがすごくいい連携プレーを見せてな。2人にまんまとしてやられたよ。俺の知らないところで、2人があんなに仲良くなっていたなんて驚いたんだ。あと、結衣が教えてくれたアニメがあって、それがな……」

 暁は話しながら、ずっと生徒たちの話ばかりしていることに気が付く。

 俺はつくづく生徒たちのことが好きなんだな――と暁は改めてそう思った。

「もちろん剛のことも大切な生徒の一人だって、今も俺はそう思っているから」

 暁はそう言いながら、ふっと笑った。

「あ、そういえば。剛が眠ってからもう1年以上経つのか……」

 俺は剛の顔を見て、ふとそんなことを思った。

 本当なら剛はもう大学2年生で、夢に向かって頑張っているはずだった。でも実際の剛は、高校3年生のままで時間が止まってしまっている――。

 そして悲し気な表情をする暁。

「剛、お前はいつになったら目を覚ますんだ? みんな、卒業していなくなってしまうぞ」
「……」

 しかし剛が暁の問いに答えることはなかった。

「まあでもさ。俺だけはあの場所でいつまでも剛の帰りを待っているつもりなんだけどさ」

 そう言って無理やりに笑顔を作る暁。

「……」
「だから焦らなくてもいいから。だから必ず帰って来いよ」

 暁は剛の顔を見つめながら、そう言って今度は優しい笑みを向けた。

 すると、暁の声で反応したのか、剛の表情がぴくりと少しだけ動く。

「剛……?」

 暁は期待を込めて剛に問いかけるが、やはり剛からの返事はなかった。

「気のせいだったか……」

 そして暁はもうしばらく剛と一緒にいることにした。
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