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第5章 新しい出会い

第39話ー② 夜空の下の奇跡

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 部屋に戻ったしおんは、持っていたアコースティックギターのケースを壁に立てかけた。

「びっくりするくらいに、順調だ……」

 しおんは立てかけたギターケースを見つめながら、そう呟いた。

 俺はここにきて、約3か月。まさか一緒に音楽をやる相棒に出会うなんて思いもしなかった。そしてまさか一緒に曲作りまで――。

「このままあやめに追いつけるんじゃね……」

 それは簡単な道のりじゃないことはしおん自身もわかっているが、しおんはなぜかそう思ったのだった。

「よし。今日は気分もいいし、もう少しギターに触ろう……」

 それからしおんは夕食の時間までギターの練習をして過ごすことにしたのだった――。



 翌日、月曜日。

 しおんは解けない問題を前に、学習用のタブレットとにらめっこをしていた。

「このαが……ん? あれ……?」
「しおん。僕は先に行って待っているから、早く終わらせてきてよ」

 そう言って真一は立ち上がり、教室を出て行った。

 しおんは真一の出て行った扉を見つめて、

「はあ。少しくらい、手伝ってくれてもいいのにな……」

 そう言ってから再びタブレットに視線を戻した。

(数学だけは本当に無理なんだよな……数式とか、見ているだけで頭がおかしくなりそうだ)

 こんなことならもっと勉強してくればよかったなと後悔するしおんだった。

「でも留年なんてしたら、また夢が遠ざかる……だから絶対に留年はしないぞ」

 そう呟くしおんだったが、その集中力は長くは続かず……

「ダメだ、わからん……」

 そう言って頭を抱えた。

 やっぱり俺ってやっぱり何をやってもダメなんだな。本当にあやめとは正反対というか――。

 しおんはそんなことを思いながら、ぼーっとタブレットを見つめていた。

 あやめは何でもできた。勉強も運動もいつも学年トップで、人望もあって……ギターの腕も自分なんかよりずっと上だという事をしおんはわかっていた。

 自分の方が先にギターを始めたはずなのに、あやめのいる『ASTERアスター』は気が付けば人気バンドまで上り詰めている。その事実がしおんにとってはとても辛いことだった。

 なんで神様はこんなに不平等な人生にしたんだろうか。せめてギターの腕くらい俺の方が上だったなら、あやめのことをこんなに嫌になることもなかったかもしれないのに――。

「はあ……って今はそんなことを考えている場合じゃないな。だって真一が俺を待っているんだから! よし、やるぞ!!」

 そしてしおんは、勉強を再開したのだった。



 授業を終えた真一は、いつものようにグラウンドの大樹の下でヘッドホンをつけて寝転がりながら、音楽を聴いていた。

「~♪」

 その曲は真一が、初めて叔父からもらった音楽プレイヤーの中にあった大好きなバンドの歌。

 これを聞くと熱い気持ちになって、運命なんてぶっ潰してやるって言う気持ちになる。僕もこんなに心を燃やす歌を作りたいんだ――曲を聴きながら真一はそう思っていた。

「……」
「……いち」
「……」
「し……ち!」
「……」

(なんか聞こえる……?)

 真一がそう思っていると、流れていたはずの曲が急に聴こえなくなった。

 突然奪われたヘッドホンに少し怒りを覚えつつ、何か言い返すことは面倒に思った真一は「はあ」とため息をついた。

 そしてゆっくりと顔を上げると、そこには真一のヘッドホンを持っているしおんの姿があった。

「無視するなよ!!」
「しおんか……」
「その残念そうな声を出すのはやめてくれないか? 地味に傷つくんだぞ!」

 真一はしおんの言葉に答えることもなく立ち上がり、

「じゃあ、行こうか」

 そう言って歩き出した。

「って、おい! 待てって!!」

 そう言うしおんの静止も聞かず、淡々と歩みを進める真一。

 しおんは僕のことをどう思っているのかは知らないけど、僕はしおんと慣れ合うつもりはない。だから馴れ馴れしくされるのも、正直迷惑だ――。

 そんなことを思いながら、真一は黙って歩いていった。

 しおんは歩きながら、何かを言いたげにチラチラと真一に視線を送っていたが、真一は知らんぷりをしてまっすぐに歩き続けていた。

 そして声を掛けることを諦めたしおんは、残念そうな顔で唇を尖らせながら俯いて歩く。

 真一はそんなしおんを横目に見ながら、

 僕は僕の夢のために、ただしおんを利用しているだけなんだ。僕としおんの関係はそれ以上でもそれ以下でもない――と心で呟き、再び視線を前に戻した。

 確かにあの日、僕はしおんの音に感動して、一緒にやるといった。でも音楽以外のところは関わってほしくはないと思っている。

 僕は可能な限り、一人がいいんだ。誰かに頼って生きてはいけない。きっと不幸になるだけだから――

 真一はそんな思いを胸に抱きながら、今日もしおんと曲作りを始めたのだった。
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