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第6章 家族

第43話ー③ 思い出の地へ

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 暁が向かっている宿泊施設は、政府の管轄である研究施設だった。

 普段、お世話になっている櫻井所長の後輩が管理しているそうで、その人が今回のわがままを二つ返事でOKしてくれたということらしい。

「会ったらちゃんとお礼を言わなきゃな……」

 そんなことを思いつつ、暁は大通りの歩行道を歩いていた。

 夕方の時間帯という事もあり、車道には多くの車が行きかっている。そして歩行道にも多くの家族連れが歩いていた。

「家族か……俺が普通の人間だったなら、どんな未来が待っていたんだろうな」

 暁はそんなことを呟きながら、さきほどたくやから聞いた話のことを思い返していた。

 自分の能力が目覚めた後に、家族たちは不幸なことが立て続けに起こっていた。自分があの家を離れなければ、違う運命が待っていたんじゃないか――と暁は思っていた。

「みんなは俺のことを恨んでいるだろうか……」

 そんなことを言いつつ、ため息が漏れる暁。

 それから暁はふと顔を上げると、反対側の歩行道から一個のボールが車道へ転がっていくのが見えた。

(まさか子供が飛び出すなんてこと――)

 暁がそんなことを思っていると、小さな少年が転がったボールを追って車道へと飛び出した。

「きゃーー!」

 それを見た誰かが悲鳴を上げる。

「危ない!」

 そして暁の身体は、とっさに動いていた。

 ――キキーッ

 響き渡る車のブレーキ音……。

 行きかう人々が一斉にそこへ視線を向けた。

 そしてしばらくの静寂……。

 少年の目の前に迫っていた車の運転手は、道路わきに車を止めてその車の中から降りてきた。そして大慌てで人々の視線が集まる場所へと駆け寄った。

「おい! 大丈夫か!!」

 運転手がそう告げると、

「ええ。この子は無事です」

 暁は笑顔でそう答えた。

 暁の腕の中にいる小さな少年を見た運転手は、ほっと胸を撫でおろし、

「はあ。あんがとな、兄ちゃん! おかげで俺も助かったぜ」

 そう言って笑った。

 そしてその場で大きな拍手が起こる。

「あ、えっと……ありがとうございます」

 暁は照れながら、頭をぺこぺこと下げていた。

 そして――

璃央りお! 璃央りおは大丈夫ですか!!」

 そう言いながら、暁の元にやってくる一人の女性。

「あ、ママ!!」

 そう言って、少年はその女性の元へと向かった。

「よかった……ごめんね、私が目を離したから……」

 そして抱き合う二人。

 そんな親子の姿を見て、暁は嬉しくなり微笑んだ。

「あの、ありがとございま……す?」

 母親は顔を上げて、暁の顔を見ると驚いた表情をした。

 そして暁もその女性の顔を見て、驚愕していた。

「もしかして、お兄ちゃん……?」
「やっぱり……美鈴みすずか?」

 暁たちはお互いの顔を見たまま、しばらく固まる。

 まさか行方知らずの妹とこんなところで再会するなんて――と暁はそう思ったのだった。



 それから暁たちは場所を近くの公園に移した。

「いつこっちに帰ってきたの?」

 公園のベンチに腰掛けながら、美鈴は暁にそう問いかけた。

「今日の昼頃かな。でも明日には戻らなくちゃいけないんだけどな」
「そうなんだ……さっき璃央を助けてくれた時に見たけど、まだ能力がなくなったわけじゃないんだね」

 そう言って、悲しそうにする美鈴。

 暁は、美鈴もさっきの獣人化ビーストの能力を見ていたのかと思いつつ、そのまま会話を続けた。

「ああ。それにもう俺はこのままずっとこの能力と生きなくちゃいけない。能力がなくなることはないんだそうだ」
「え……」

 驚いて目を見開く美鈴。

 そりゃ、驚くよな。俺だって初めてそれを来たときは、すごく驚いたんだから――。

「だから俺は、S級クラスの施設で教師になったんだ。あの場所だったら、俺は俺のやりたいことができるから」

 そう言って暁は美鈴に笑いかける。

「夢、叶ったんだね……お兄ちゃんはすごいよ」
「そうか? はは。ありがとうな」
「お兄ちゃん、『今』楽しい?」

 美鈴は暁の顔を覗きながら、そう問いかけた。

「ああ。楽しいよ。この能力がなければ、出会えなかった人たちがたくさんいる。自分の能力が嫌になることもあったけど、それでも俺は自分の人生に後悔はしていないさ」

 暁は万遍の笑みで美鈴にそう答えた。

「そうか。なら、よかった」

 そう言って、ほっとしながら笑う美鈴。

「そういう美鈴はどうなんだ? ……俺のこと、恨んでいるんじゃないか? 俺がいなくなって、家族は大変だったって聞いたから」

 暁は俯きながら、美鈴に聞いた。

「恨んでなんかいるわけない。むしろ逆だよ……私がもっとしっかりしていたら、お兄ちゃんにばかり負担を掛けなかったのにってずっと思ってた。私のせいでお兄ちゃんはSS級になったんじゃないかって、そうやって悩んだ時期もあったよ」
「美鈴……」

 俺は馬鹿だな。また自分のことばかり考えて……美鈴も他の兄妹たちもきっと自分を責めただろうな――。

「お兄ちゃんが幸せだって言ってくれて安心したよ。これで私もなんか吹っ切れた!! ありがとう、お兄ちゃん!」

 そう言って、優しく微笑む美鈴。

「いや、俺の方こそありがとう。会えてよかったよ」

 そして18時を知らせるサイレンが公園に響き渡る。

「あ! こんな時間!! 早く帰って夕飯の支度をしないと……お兄ちゃん、連絡先教えて! 明日、付き合ってほしいところがあるの!」
「あ、ああ。わかった」

 そして暁たちは連絡用アプリでお互いの連絡先を交換した。

「ありがとう! じゃあまた明日ね! 璃央、帰るよ!」

 美鈴は砂場で一人楽しく遊んでいた璃央に声を掛けると、璃央は美鈴の元へと駆け寄った。

「じゃあ、おじさん。ばいばい!!」

 そう言って璃央は暁に手を振り、美鈴と二人で公園を後にしたのだった。

 2人を見送った暁は力が抜けたようにベンチに座った。

 まさかあんなところで美鈴に会えるなんて――

 暁はそんなことを呆然と思っていた。

「来てよかったな……」

 それから暁はしばらくそのベンチで過ごしてから、宿泊施設へと向かったのだった。
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