上 下
215 / 501
第6章 家族

第43話ー⑤ 思い出の地へ

しおりを挟む
 それから墓参りを終えた暁たちはバスに乗り、駅へと向かっていた。

「お兄ちゃんって、何時までいられるの?」

 美鈴はスマホの時間を見ながら、暁にそう尋ねる。

「うーん。ここから施設まで約3時間くらいだから……まああと2時間くらいはいられるかな」
「あと2時間ね。うん。それくらいあれば、行ける!」
「行けるってどこに? まだどこか行くのか?」

 暁がそう問うと美鈴は自慢げに、

「私のおすすめのご飯屋さんがあるの! そこに行こう!」

 そう答えたのだった。

 それからバスを降りた暁は、美鈴がおすすめと言っている定食屋へ向かった。

 そしてその定食屋の前に来ると、

「ここです!」

 美鈴は自信満々に暁へそう告げた。

「お、おふくろ食堂……?」

 そのネーミングにふさわしい佇まいの店構えで、少し昭和を感じる造りをしている定食屋だなと暁は思った。

(若い女性が好んで入るようなお店には見えないけれど、美鈴はこの店のどこに惹かれたのだろう……)

 そんなことを思いながら、無言でその定食屋を見つめる暁。

「お兄ちゃんさ、見た目で判断しようとしてる? 確かにちょっとオンボロな見た目だけど、味はちゃんとしてるんだからね!! じゃあ、さっそく行こう!」

 そう言って、美鈴は店の中へ入っていった。

「いや、オンボロって……俺はそこまでは言ってないからな! もう、ちょっと待てって、美鈴!」

 そんな美鈴に続き、暁も店内へ入った。

 店の中は外観から想像した通りの内装だった。

 カウンター席とテーブル席があり、ずっと買い替えていないからなのか、その机には傷やしみなどが残っていた。そして各席にはメニュー表と醤油さし、箸立てが設置されている。

「こんにちは!」

 美鈴はカウンターから、厨房の中に向かって元気よく声を掛けていた。しばらくすると、厨房の奥から割烹着を来た女性が姿を現す。

「あら、美鈴ちゃん。いらっしゃい」

 そう言って優しく微笑む割烹着の女性。

「今日はお兄ちゃんを連れてきました!」
「ど、どうも……」

 暁はその女性にぺこりと頭を下げる。

「うふ。いらっしゃい。ゆっくりしていってね」
「ありがとうございます」

 それから暁たちは、中央あたりにある席に座った。

「今日はまだお客さんがいないんですね」

 美鈴がそう言うと、割烹着の女性は俺たちのテーブルに水の入ったコップをおきながら、

「いつも通り、今日もまだ来ていないわよ」

 と笑顔で答える。

「あはは……そうだったんですね。ここのご飯、すごくおいしいのになあ。なんでなんだろう?」

 美鈴は首をかしげて、不思議そうな顔をしていた。

 それはたぶん、見た目の問題かもしれないな……と暁は心の中でひそかに思っていた。

「ありがとう、美鈴ちゃん。一人でもそう言ってくれると嬉しいわ。……今日は何にする?」

 そう言って、メニューを指す女性。

「私は生姜焼き定食で! お兄ちゃんはどうする?」
「じゃあ俺も同じものを」
「生姜焼きが2つね! ありがとう。じゃあ、少し待っていて」

 そう言って、女性は厨房の奥に入っていった。

「なんだか優しそうな人だな」

 暁がそう言うと、美鈴はうれしそうに笑った。


「私、高校生の時にここで働いていたんだよ」

「そうなのか」

「うん! なかなか条件に合うバイトが見つからなかったときに偶然このお店に入って、それでここのおかみさんの人柄と味が好きになってね……働かせてくださいって言ったら、さっきみたいな優しい笑顔でいいよって言ってくれたの」

「そうだったんだな」

「だからこのお店のおかみさんには感謝してて、何かあるたびにここでご飯を食べに来るようにしているんだよ」


 そう言って笑う美鈴。

 その笑顔を見た暁は、美鈴が本当にこの店とおかみさんのことを好きなんだなとそう思ったのだった。

 たくやから家族のこれまでの話を聞いていて、美鈴は辛いことばかりだったんじゃないかと思っていたが、そうでもなかったみたいだな――と暁はほっと胸をなでおろしたのだった。

(美鈴は美鈴なりの幸せを感じながらすごしていたんだな)

 楽しそうにバイト時代のことを話す美鈴を見ながら、暁はそんなことを思った。

 そしてそんな会話をしていると、生姜焼き定食を持ったおかみが厨房の奥から姿を現す。

「お待ちどうさま! 熱いから気をつけて召し上がって」

 そう言い残し、おかみはまた厨房の奥へと消えていった。

「じゃあ、冷めないうちに食べよう。いただきます!」

 そう言ってから美鈴は手を合わせ、割り箸を手に取ると湯気がもくもくと出ている生姜焼きに手を付ける。

 生姜と醤油がベースの生姜焼きのたれが薄めの豚肉に絡んでいるごく一般的な生姜焼きだったが、なぜがとてもおいしそうに見えた。美鈴が幸せそうに頬張る姿を見たからなんだろうか――。

 そんなことを思いつつ、暁も目の前にある生姜焼きに箸をつけて、それを口に運ぶ。

「!! これは!?」
「どう?」

 ニヤニヤとした顔を向けてくる美鈴。

「……うまいな」
「でしょ!」

 暁の一言を聞いた美鈴は嬉しそうな顔をしていた。

「なんだか、懐かしい味のような……」

 母さんの作ってくれた生姜焼きに似ている?

「おふくろの味ってやつだね! おふくろ食堂だもの」
「なるほど……」

 美鈴の言葉に、暁はなんだか妙な説得力を感じた。

 美鈴がこの味が好きなのは、無意識に母さんの味を感じているからなのかもしれないな――。

 暁はそんなことを思いつつ、生姜焼きを頬張ったのだった。
しおりを挟む

処理中です...