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第7章 それぞれのサイカイ

第50話ー⑤ おかえり

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 織姫の部屋にやってきた奏多は、その部屋を見て懐かしい気持ちになっているようだった。

「なんだかここへ来ると落ち着きますね。長い時間を過ごしたよく知る景色はやっぱり懐かしいです」
「奏多ちゃんはここへ来て、どんな生活をしていたんですか?」
「ふふふ。聞きたいですか? じゃあ少しだけお話しましょう」

 そして奏多はここで過ごした日々を織姫に話した。

 ここで出会った素敵な家族のような友人たちと最愛の人。そして再びバイオリンをみんなに聴いてもらいたくなったこと。他にもいろいろなことを話した。


「私にとってここで過ごした6年間はかけがえのない時間だったんですよ? 初めは自分の能力を恨んだこともありますが、それがなければなかった出会いばかりで。今の私があるのもここでの出来事のおかげなんです」

「そう、なんだ」

「織姫はここにきて、良かったと思っていますか?」


 奏多の問いに織姫は考え込む。

「……今は、まだわからない。でも家にいたときより息苦しさはないです。ここは跡取りのこととか私が女だからとかそういうこととは無縁でいられるから」
「そうですか」

 そう言って笑う奏多。

「それにあの人……暁先生が私のことをちゃんと見ていてくれるんです。今まで奏多ちゃんしか私のことを見てくれないって思っていたけど、でも暁先生やS級クラスのみんなが私を……『本星崎織姫』を見つけてくれたの」
「そうなんですね」

 奏多はそう呟きながら、少しだけ口元が緩んでいる織姫を見て微笑んだ。

「だからやっぱりここへ来てよかったって思っているのかもしれない、です」
「ふふふ」

 突然笑い声を出す奏多に、きょとんとする織姫。

「え、どうしたんですか?」
「織姫も私と一緒なんだなって思って」
「一緒?」
「ええ。先生に大切なことを教わっているようで安心しました」

 奏多のその言葉を聞いた織姫は頬を膨らませる。

「べ、別に何も教わっていないです! 私の方があの人より頭もいいですし、行動も言動も大人ですし!! 私が教えてあげているんです!!」

 織姫がプンプンしながらそう言うと奏多は笑いながら、「はいはい」と答えたのだった。

「その返事、絶対にわかっていないですよね!?」
「どうでしょうね! でも織姫。先生のことは取っちゃダメですよ? 私の未来の旦那様なんですから!」
「と、取らないから!!」

 そう言って顔を真っ赤にする織姫。

「あらら? 顔が真っ赤ですよー?」
「これは、違っ……別に気になるとかそんなんじゃ!」
「あら? 気になる?? ふふふ。私、織姫には負けませんからね!」
「だから違うって!!」

 それから織姫と奏多は、昔の思い出や今までのことを話しながら過ごしたのだった。


 * * *


 その日の夕食。弦太は、これ以上いると迷惑になりそうだからと夕食前に帰宅した。

 そして食堂には施設の生徒たちが勢ぞろいして、とてもにぎやかだった。

「あ! 神宮寺さん、お久しぶりです」

 食堂に入ってきたまゆおは、奏多を見つけると傍まで来てそう言ってぺこりと頭を下げた。

「あら、まゆお! お久しぶりですね。お元気そうで何よりです」
「そういう神宮寺さんもお元気そうですね」

 そう言って微笑むまゆお。

「ええ、おかげさまで!」
「あああ! 奏多殿! お久しぶりですなあ」

 今度は結衣がそう言って奏多に駆け寄った。

「結衣もお久しぶりです。マリアが卒業したと聞きましたが、さみしくはないですか?」
「ははは。少し寂しいですが、織姫ちゃんも他のクラスメイトもおりますので。御心配には及びませんぞ!」
「そうですか。それならばよかったです!」

 それから食堂にいた凛子が騒ぎを聞きつけてきて奏多の元へとやってきた。

「初めまして! 知立凛子でえす☆ 神宮寺さんってここの卒業生でしたよねえ! 当時のことを詳しく聞かせてもらってもいいですかあ?」

 凛子はそう言って、奏多の近くの椅子に座る。

「ええ。もちろんです!」

 そして奏多の周りには女子生徒たちが集まっていた。

「奏多、取られちゃったな……」

 そんなことを呟きながら、暁はその様子を遠くの席で見ていた。

 べ、別に奏多と話せなくて寂しい! とか思っていないんだからっ!

 なんて強がりを心の中で呟く暁。

「キリヤがいたらこの状況を茶化すんだろうな。はあ……とりあえず、から揚げ食べよう」

 そう言って暁は食事用のトレーに盛られているから揚げを頬張ったのだった。
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