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第8章 猫と娘と生徒たち

第62話ー② しおんの帰省

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 数日後、しおんの外出日がやってきた。
 
「さて、行くか! まずは駅まで歩かないとな」

 エントランスゲートを出たしおんは、施設の最寄り駅まで歩いて向かうことにした。

 暁はしおんのために研究所から車を出してもらおうとしたものの、しおんは自分の足で実家に帰りたいと告げて、暁の申し入れを断ったのだった。

「こうやって自然に触れてインスピレーションを得るって、なんかかっこいいな」

 そんなことを呟き、駅までの道のりでしおんは見たことのない景色を楽しんでいた。

 風で枝が揺れるたび葉の擦れる音がして、なんだか歌っているように聞こえるな――

「こういう優しい曲も作りたいな……」

 そんなことを呟きながら、しおんは駅まで歩いたのだった。



 電車を乗り継ぎ、しおんは地元の駅に到着した。

 無人駅の改札を通ってからしおんは駅周辺を見渡すと、

「ほんっとに何にもないとこだな……」

 そう呟いて苦笑いをした。

 凛子の言う事も一理あるのかも。本当にド田舎だったんだな。住んでいるときは気が付かなかったけど――

「とりあえず行こうか」

 それからしおんは田んぼ道を通り、実家を目指した。

「……やっぱりずっと持って歩くのは、しんどいな」

 しおんは右手に持つギターの重さが少し辛く感じ始めていた。

「なんで俺、ギターまで持ってきたんだろうな。……まあ今までずっと肌身離さず持っていたから、それがくせになっているってのはあるかもしれないな」

 真一だけじゃなくて、俺にとってはこいつも大事な仲間なんだよな――そう思いながら、しおんはギターケースを見て微笑んだ。

「そろそろか……父さんは仕事だろうし、あやめも家にはいないんだろうな。ってことはあの人だけか」

 そしてしおんの表情が曇る。

 俺の能力を発動したあの日から、ちゃんと話していなんだよな。今更、何を話せば――。

 そう思い、しおんの足取りが重くなる。そしてそのまましおんは実家の前にたどり着いた。

 きっといるんだろうな……あやめも伝えているだろうし――

 しおんはじっとインターホンを見つめて、ごくりと唾をのみ込んだ。

 そしてゆっくりと人差し指をそのインターホンのボタンに触れる。

 ――ピーンポーン。

 押した、押したぞ俺――!!

 そう思いながら、しおんは玄関の扉が開くのを静かに待った。

 そしてカチャリと扉が開くと、そこからエプロンをつけた女性が現れる。その女性はしおんの姿を見つけると、

「おかえりなさい」

 と小さな声でそう言った。

「た、ただいま……母さん」

 しおんは緊張した声で母にそう返した。

 久しぶりに見た母は依然と変わらず、冷たい顔をしているように見えたしおん。

 やっぱり俺の事をまだ――

「疲れたでしょ。中に入って」

 しおんはその言葉にはっとして、

「あ、うん」

 そう言って玄関に向かった。

 それからしおんは久々に実家の中に入ったのだった。



「はあ。何年ぶりだろう」

 そう言ってしおんは自分の部屋のベッドに寝転んだ。

 昔はよく、ばあちゃんのためにってギターを弾いていたっけ――

 そう思いながらしおんはぼーっと天井を眺めて、懐かしさに浸っていた。

 すると、トントンと扉を叩く音が部屋に響く。

 あの人、だよな。なんだ――?

「はい」

 しおんがそう返事をすると、

「入っても良い?」

 という母の声。

 しおんは少し考えてから、「いいよ」と母に答えた。

 そして部屋に入る母。

「ちょっと話そうか」

 そう言って扉に寄りかかって立つ母。

「わかった」

 しおんはそう言って女性の方を向く。

 いったい何を話すつもりなんだろう――そう思いながら、しおんは母を見つめたのだった。
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