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第9章 新たな希望と変わる世界

第70話ー④ 残された子供たち

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 ――暁の自室。

「水蓮、お待たせしました」

 そう言って部屋に入る奏多。

「奏多ちゃん! おかえりなさい! お風呂はどうでしたか?」

 水蓮はゴーグル越しの笑顔で奏多にそう告げる。

「ええ、気持ちよかったですよ。水蓮も織姫とのお風呂はどうでした?」
「楽しかったよ! 織姫ちゃんがね――」

 そして水蓮は楽しそうにお風呂での出来事を奏多に話した。

「うふふ。楽しかったんですね。じゃあ今夜はもう遅いので、そろそろ眠らないといけませんね?」
「はあい」

 それから奏多と水蓮はベッドに入る。

「今日は奏多ちゃんがいるから、寂しくないね」

 水蓮はそう言って笑った。

「うふふ。私も水蓮が隣で寝てくれると、寂しくなくていいですね」
「うん! じゃあ、おやすみなさあい」
「そうだ……これはもう、いらないですね」

 奏多はそう言いながら、水蓮のゴーグルをそっと外す。すると驚いた水蓮は大慌てで布団に潜り、

「つけなくていいの?」

 不安な声でそう言った。

「ええ、寝るときは邪魔になってしまいますからね」
「ありがとうございます、奏多ちゃん!」

 水蓮は布団で顔を隠したまま、嬉しそうな声でそう答えたのだった。

「はい! じゃあ、もうおやすみなさいの時間ですよ」
「はい、おやすみなさい……」
「おやすみなさい」

 そしてしばらくすると、すやすやと寝息を立てて眠る水蓮。

 それから奏多は水蓮の顔が見えるように、そっと被っていた布団を下げる。

「あらあら。疲れていたんですね」

 水蓮の寝顔を見ながら、そう言って微笑む奏多。

 それから奏多もそっと目を閉じた。

「……暁さんの匂いがしますね」

 そんなことを呟き、奏多は眠りについたのだった。



 翌朝――。

「ん……ああ、そうでした。私、施設に来ているんでしたね」

 それから奏多は身体を起こして背伸びをする。

「にゃーん」

 鳴きながら、ミケはベッドの飛び乗る。

「あら、ミケさん。おはようございます」
「にゃにゃーん」
「うふふ。話は暁さんから伺っておりますよ。猫の能力者さんだそうですね」
「にゃん!」

 暁さんの言う通り、本当に人間の言葉がわかるのですね――

 頷きながら、そう思う奏多。

 でも私にはミケさんのお言葉がわからないから、一方通行の会話になってしまうんですよね――

 そう思いながら、奏多は少し申し訳なさそうな顔をすると、

「せっかくお声がけいただいているのに、私はミケさんのお言葉がわからないので、会話をできないことがとても残念に思います。そして申し訳ございません」

 ミケにそう告げた。

「にゃにゃ」

 とりあえず、許してくれたのでしょうか? きっとミケさんはとても寛大な心をお持ちのお方なのですね――!

「ありがとうございます! それと、ミケさんは暁さんがいない間、ここでずっと水蓮のことを見守ってくださっていたんですよね。感謝いたします」
「にゃー!」

 自分が猫と会話をしてるなんて……そんなことを思いながら、奏多はクスッと笑う。

「――なんだか不思議な感じがします。暁さんとも普段はこんな感じで会話を?」
「にゃん!」
「そうだってことなんですよね。ふふふ。暁さんのこともいつもありがとうございます」
「にゃにゃ!」
「本当は私がそばにいて支えられたらいいのでしょうが、今は学校があるのでなかなか……」

 奏多は少しだけ悲しそうな顔をしながらそう言った。

 そしてそんな奏多を見たミケは、

「にゃーん、にゃん!」

 そう鳴いて奏多に何かを伝えようとしていた。

「励ましてくださっているのでしょうか? ふふふ。ありがとうございます」

 そう言って微笑む奏多。

「ううーん……」
「あら、そろそろ水蓮がお目覚めですかね」
「先生……早く起きないとだめだよ~。寝坊助さんなんだか、ら……すぅすぅ」
「うふふ、先生の夢を見ているんですね」

 まだ水蓮は目を覚ましそうにないですし、少しだけやりますか――!

 それから奏多は持ってきていたバイオリンケースからバイオリンを取り出し、隣の職員室へ移動する。

「あんまり大きな音だと、水蓮がびっくりしてしまいますよね。音量は抑えつつ――」

 それから奏多はゆっくりとバイオリンの弓を引く。

 やはりこの時間が、一番大好きな瞬間ですね――

 そう思いながら、幸せそうな顔でバイオリンを弾く奏多。そして大好きな時間を思う存分楽しむ奏多だった。



 奏多が1曲弾き終えると、職員室には小さな拍手が響いていた。

「あらら。小さなお客様がいらしたんですね」

 奏多はそう言って笑顔を向けた方には、ゴーグルをした水蓮とその傍らにいるミケだった。

「奏多ちゃん、すごい! すごくかっこいい!!」
「うふふ。ありがとう、水蓮。そしておはようございます」

 奏多が笑顔でそう告げると、

「おはようございます!」

 元気いっぱいにそう答える水蓮。

「それでは、食堂に――」
「もう少し聴きたい! 奏多ちゃんの音!!」

 水蓮は奏多の言葉を遮るようにそう言って懇願した。

 あらあら、困ったものですね。でも、ファンを大切にするのが私のポリシーですから――

「じゃあ、もう少しだけですよ?」

 それから奏多はもう1曲披露して、水蓮と共に食堂へ向かったのだった。
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