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第10章 未来へ繋ぐ想い

第78話ー⑤ 夜空にきらめく星を目指して

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 ――翌日。S級施設、食堂にて。

 暁はいつものように水蓮と共に朝食を摂っていた。

「先生、ご飯粒がほっぺについてるよ」
「え!? あ、ほんとだ。ありがとな、水蓮」

 暁がそう言って微笑むと、

「えっへん」と自慢げな顔をする水蓮。

 暁がそんなやり取りをしていると、織姫が食堂にやってきた。

 昨日、奏多が言っていたことを確認しないとな――

 それから暁は目の前を通り過ぎようとしている織姫を呼び止めた。

「……何ですか」

 織姫はそれだけ言って、暁を睨む。

 少し目が腫れているような気がする。もしかして昨日の夜、泣いていたのか――?

「あ、いや……昨日は調子が悪そうだったから、今日の調子はどうかなっと思ってさ!」

 暁が笑顔でそう尋ねると織姫は顔をそらして、

「問題ありません」

 そう言って食べ物の並ぶカウンターに向かっていった。

「本当にそうならいいんだけどさ……」

 織姫の背中を見ながら、暁はそう呟く。

「先生? しょんぼりしてるの?」

 水蓮はそう言って暁の顔を覗き込んだ。

「あはは。水蓮も俺のことをよくわかってきたみたいだな」
「スイが、一番先生と一緒にいますから!」
「おお、じゃあ俺に何かあったら、水蓮に頼むな!」
「任せて!!」

 水蓮はそう言って微笑んだのだった。

 それから、少し離れた机で食事を取り始めている織姫の方に視線を向ける暁。

 織姫にはそういう存在、いるんだろうか――

 暁はそんなことを思っていた。

 そしてしばらくすると、狂司が食堂にやってくる。

「おはようございます」
「ああ、おはよう」
「狂司君、おはようございます!」
「水蓮さんは今日もお利巧さんですね!」

 狂司がそう言うと嬉しそうな顔をする水蓮。

「あ、織姫さんもいたんですね。気が付きませんでした」

 そう言って織姫に視線を向ける狂司。

 そういえば狂司は昨日、織姫と何かを話していたよな……もしかしたら、何か知っているんじゃないか――

 それから暁は織姫に聞こえないように狂司の耳元で、

「昨日、何があったんだ?」

 と尋ねた。

「織姫さんから聞いてないですか?」
「さっき聞いたら、答えてくれなかったな」
「へえ……」

 狂司はそう言って顎に手を当てて考える素振りをしていた。

「狂司?」
「あ、すみません。うーん。僕の口から言っていいものかと思って」

 それから暁は再び狂司の耳元で、

「実は奏多から大体の話は聞いているんだよ。でも俺が知っているのはおかしいだろ? だから相談に乗ろうにも乗ってやれなくてさ……」

 そう言った。

「知ってしまったのなら、素直に話せはいいんじゃないですか? こそこそされているよりはずっとマシかと思いますけど」

 そうだった。狂司ってこういう性格だったよな。自分が正解だと思ったことは相手に直接伝えたほうがいい。そう思うことを忘れていたよ――


「まあ狂司の言う事も間違えではないと思うが……」

「ええ」

「ただそれで良いときと悪いときってあると思うんだよ。確かにこそこそとすることは良くないことかもしれないけれど、本当のことを伝えて傷つく人間だっているだろう? それに今回のことは結構繊細なことだし、直球で聞くことが織姫のためになるのかなって」


 それから狂司はため息を吐くと、

「……先生はたまに甘いときがありますよね。まあそれに生徒たちが救われてきたという事はあるんでしょうけど。でもそのやり方じゃ、本人の成長の妨げになりませんか?」

 暁の顔をまっすぐに見てそう言った。

「え……」
「成長するチャンスを奪うことになるんじゃないかって思っただけです。人は時に傷つき、もがきながら成長していくものではないでしょうか。先生もそう言う経験があるから、今の先生になったわけですよね?」

 狂司にそう言われた暁は、確かに――と思い頷く。

「納得してくれたみたいですね。じゃあ僕は朝ご飯にします。織姫さんの件は、先生に頼みました」
「あ、ああ」

 やっぱり修羅場をくぐってきただけのことはある。言葉に説得力があるんだよな――

 そう思いながらカウンターに向かっていく狂司の背中を見つめる暁。

「でも狂司の言う通りだな。何かあったとしても、それを何とかするのが俺の仕事だろう。だったら、やることは一つだな」
「先生、何かやるの?」

 水蓮はそう言って暁の顔を覗き込む。

「おう! 水蓮も応援してくれるか?」
「うん! スイ、先生を応援する!!」
「ありがとうな、水蓮!!」

 そう言って暁は水蓮の頭を撫でると、水蓮は嬉しそうに笑った。

 さて。じゃあさっそく今日の授業後、織姫と話そうか――

 それから水蓮と朝食を終えたあと、暁と水蓮は一度職員室に戻り、今度は教室へと向かったのだった。

 ――そして授業後。

 暁は織姫を職員室に呼び出した。

「話ってなんですか?」

 織姫は不機嫌そうに、暁を睨みながらそう言った。

「実は、さ。聞いたんだ奏多から。婚約のことを……」

 それを聞いた織姫はとても驚いたようで目を見開く。

 そんな顔をするのは無理もないよな――

「ごめんな……本当は黙っているつもりだったけど、狂司が真実を告げたうえで、本人の口から事実を聞いたほうが良いって言っててさ」
「烏丸君が、ですか……」

 そう言って俯く織姫。

「ああ。……それでさ。婚約のことは納得いっていないんだろう? じゃあ――」
「もういいんです。私は決めたんです。弦太と婚約するって」
「でも――!」
「話はそれだけですか? では、私はこれで……」

 織姫は俯いたまま職員室を出ようと踵を返す。

 そんな顔をしたままで、帰すわけにはいかないだろ。それに――

「織姫……お前は誰の人生を生きているんだ」

 その言葉を聞いた織姫は立ち止まる。

「別に親の言う通りに生きることが悪いことだというつもりはない。でもそれが本当の望みじゃないのに、自分のやりたいことに蓋をして諦めるなんて、そんなの織姫の人生じゃないんじゃないか」

 暁は織姫の背中にそう告げた。そして織姫はゆっくりと暁の方を向き、悲し気な表情をする。

「……じゃあ、私にどうしろと言うんです。親に逆らって、婚約を解消したとして……私の居場所はどうなりますか。ここを出た私の居場所は?」

 それから織姫は俯くと、

「私は1人じゃ輝けない。誰かの力を借りないと輝くことすらできない星なんです。居場所がなくなれば、私はもう輝く術を失って、ただの星屑になるだけです! だったら、嫌でも私は私でいるために与えられたものや場所を守っていくしかないじゃないですかっ!!」

 声を荒げてそう言った。

「織姫、俺は――!」

 暁がそう言って織姫に歩み寄ろうと一歩踏み出すと、

「言うのは簡単ですよね。だって他人ごとですから。ここを出て行った私のことなんて、もうどうでもいいって思っているくせに」

 織姫はそんな暁の言葉を遮り、そして睨む。


「それはない! 俺は卒業した生徒たちも、もちろん織姫だってずっとずっと俺の生徒であることに変わりはない!! だからこどうでもいいなんて思うわけないだろう!!」

「はっ……どうだか」

「なあ、織姫はどうしたいんだ?」

「言いたくありません」


 織姫は顔をそらして、そう答えた。

 俺の想いが届かない。なんでなんだよ、織姫。それじゃ――

「それこそ、俺のことなんてどうでもいいと思っている証じゃないか……」
「!?」
「あ、ごめん……俺」

 それから織姫は走って職員室を出て行ったのだった。

「ああああ……」

 頭を押さえて、しゃがみ込む暁。

「俺、なんて余計なことを……」

 こんなんじゃ、未来を守るとか心を育てるとかそんなことを言っている場合じゃないじゃないか――

「俺もまだまだってことだな……ってこんなことをしている場合じゃない! 早く織姫を追いかけないと!」

 それから暁も織姫を追って職員室を出たのだった。
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